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<関東大震災朝鮮人虐殺>の隠ぺい
<関東大震災>の朝鮮人虐殺を隠ぺいしようとする人々がいて、その手のサイトも乱立しています。
たとえばこのサイト http://ccce.web.fc2.com/sinnsai.html では、工藤美代子氏の『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』に依拠しつつ、当時の新聞記事を並べて、「震災時に朝鮮人の暴動が起こったので、自衛した」という妄想を並べ立てています。
こう書いています。
だそうです。
しかし、よく見ると新聞が「朝鮮人の暴動」を記事にしているのは、関東大震災が起ってから、3日間くらいに集中しています。
たとえば、こんな新聞報道です。
不逞鮮人1000人が徒党を組んで東京に向かっていて、歩兵一個小隊と戦闘した 小隊は全滅か・・・・だそうです。
まず、こんなことが本当に起こっていたら、その小隊の記録ぐらいありそうなものです。
しかしその手の記録がまったく存在しないのが、この暴動記事です。
(新愛知新聞 大正12年9月4日)
これはどういうことかというと、その頃までは、警察自体が「朝鮮人の暴動が起こった」というデマに惑わされていたのです。
そのためプレスも混乱の中でそのデマを流してしまった。
これについて震災当時警視庁官房主事の座にあった正力松太郎はこう書いています。
「いわゆる一犬虚に吠えて万犬実を伝うるに至ったもの」だそうです。
また徳富蘇峰も
と書いています。 10月21日の朝鮮人の犯罪記事
後は10月21日の朝鮮人の犯罪記事ですが、これは10月21日に集中しています。
なぜかというと10月20日に司法省が「震災に際し、一部不逞鮮人の輩があって幾多の犯罪を敢行」と発表したからです。(『国民新聞』1923,10、21)
これは当時の官憲の責任逃れのための発表でした。
官憲は、「朝鮮人暴動」のデマを流し、虐殺をあおったので、それがデマだと分かった9月5日に会議で、「風説を徹底的に取り調べ、これを事実としてできる限り肯定することを努むること」と決議しました。(『現代史資料6関東大震災と朝鮮人』p80)
つまり、自分たちの失態の隠ぺいを目指したわけです。
だから、司法省はまだ、裁判を終えていないいわば容疑者の段階で、「犯罪者だ」と決めつけるという理不尽な事をしています。さらに犯罪者とされた総員139名の内86%の120名が、氏名不明、所在不明、逃亡、死亡となっており、具体的な氏名と罪名がある者は16名にすぎない。
ところが、この震災後に、引き起こされた日本人による犯罪は窃盗だけで、4409件もあったのですから、研究者である山田昭次氏は、「政治性が無く」「衣食に窮した者が多かったためであろう」としています(『戦争責任研究』第79号、p34)。
それにしても、日本史は隠ぺいが多すぎる。
警察と言えば内務省による敗戦時の戦争資料の徹底破棄が有名ですが、
こうやって腐って行ったわけです。
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この記事に
kanさん、お久しぶりです。この記事は初めて知りました。保存させてもらいました。それにしても「関東大震災の朝鮮人」の記事は各新聞が「 ◆不逞鮮人益々広大
不逞鮮人300余名が手に手に爆弾を携え、之を投じ、或いは放火し…
◆全暴徒の一隊が爆弾を投じ放火せりを目撃
(庄内新報(号外) 九月三日)
報道規制が解かれた翌日
◆震災の混乱に乗じ鮮人の行った凶暴
◆略奪、放火、凶器、爆弾毒薬携帯、婦人略奪…
(読売新聞 大正12年10月21日)
>など、大手の新聞が報道しているのを見ると、「朝鮮人虐殺はデマ」というのを信じてしまいましね。そのあとの『その2誰も暴徒を見なかった―同時代人の常識だった「暴動は流言」』というブログを見なければ僕も「朝鮮人虐殺はなかったのではないか」と信じてしまう所でした。この記事を読んで思ったのは、読売などの大手が書くと嘘の出来事も真実だと思ってしまうんだな、と思いました。改めて新聞などのメディアの報道の影響の大きさを思い知らされました。
2015/2/1(日) 午後 0:54
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読売新聞は本当に懲りない新聞です。
「慰安婦」報道でまた風説に載せられている。
2015/2/2(月) 午前 1:44 [ kan ] <<コメントに返信する