まだまだあなどれない米国の力
こうして、アジアの戦後70年が世界の注目を浴びるのは、冒頭で述べたようにアジアを中心にして世界の大きなパワーシフトが起きているからだ(そして、それを引き起こしたのは、遡れば日本の明治維新なのである)。そのパワーシフトの台風の目は、中国だ。だが、中国はアメリカを超えることができるのか――。
この点について、リアリスト(現実主義)系の米外交専門誌『ナショナル・インタレスト』が、興味深い論考を載せている。筆者は豪シドニー大学のサルバトーレ・バボネス准教授。バボネスは、かつての世界覇権国である大英帝国との比較、中国の置かれた地政学的状況、人口動態の比較などから、アメリカの覇権は21世紀もずっと続くと見る。【American Hegemony Is Here to Stay, The National Interest, July/Aug】
アメリカ衰退論の根拠にされるのは経済、特に毎年破算騒動を起こす政府債務だ。だが、バボネスは覇権移動を論ずるのに年単位あるいは10年単位でなく、世紀(100年)単位の視点が必要だと言う。英国がワーテルローでナポレオンを打ち破り、世界覇権掌握へと歩み出した時、政府債務残高のGDP(国内総生産)比はなんと250%(今の日本と同じくらい)、米国の現在の政府債務残高のGDP比は80%だから、比較にならないほど借金まみれだった。しかも、当時の財政・金融では債務への対処法も限られていた。大英帝国の世界覇権への途はそこからスタートしたのだから、米国はまだこれからも有望だ。
しかも、米国には英豪加ニュージーランドという英語国の盟邦があり、世界の海空とサイバー空間で圧倒的な力を誇っている。大学・シンクタンク・言論を通じ、思想界も圧倒している。
それに比べ、中国は北にロシア、東に日韓、南にインド・ベトナムという有力な中堅国と対峙し、西に出れば弱体国家か失敗国家ばかり、自国の西部一帯でさえ不安定だ。中国はこれから人口減少に直面し、2050年までには約13億の人口が毎年0.5%ずつ減っていく状態となるのに対し、米国は約4億が毎年0.5%ずつ増加していく。英語国全体は移民と出生率で人口を着実に増やし、しかも世界のトップ級の才能は米国だけといわずとも、多くが英語国へ集まっていく。
バボネスは米国に古代ローマ帝国との類似を見るが、別に目新しいわけではない。ただ、その類似を英語圏5カ国というかたちで論じるところが面白い。最近の世界経済動向を見ると、米国の力はまだまだあなどれないし、中国は脆弱という感をあらためて持つ。
「米中対ソ連」から「米ロ対中国」へ
同じ号のナショナル・インタレストでもう1つ目を引いたのは、米外交問題評議会の名誉会長レスリー・ゲルブの論文「ロシアとアメリカ・新たな緊張緩和へ」だ。ゲルブは、これから再構築すべき米ロ関係を「デタント(緊張緩和)・プラス」と呼んで、論じている。【Russia and America: Toward a New Détente,ibid】
今日のウクライナをめぐる混乱と米欧対ロシアの緊張状態は、(ゲルブも引用しているが)いまとなっては有名な1997年2月の故ジョージ・ケナンの予言通りである。NATOをロシア国境まで西に拡大していけば、「ロシア世論の民族主義・反西欧・軍国主義傾向を煽り、ロシア民主主義の発展を阻害し、東西関係に冷戦ムードが復活し、ロシア外交を西側のまったく欲していない方向に向かわせる」。一字一句違わないかたちでケナンの指摘は的中している。冷戦期から苦労して結んだ核軍縮合意さえほころびだしている。
しかも、軍縮条約の枠外に置かれている戦術核の欧州での状況を見れば、米国はNATO5カ国に200発の爆撃機用核爆弾を配備するだけなのに対し、ロシア側は数千発を持ち、うち2000は陸海空ですぐにも実戦配備できるという。核兵器の世界で本当に米国と張り合えるのは、今もロシアだけだ。
冷戦時代もよく知るゲルブが、ロシアとの関係をリセットするための具体的提案をしているのがこの論文である。要は、米側は現実的な目を持って、ロシアを大国として処遇し、ロシアにも大国らしく責任ある態度を持ってもらう。相互尊重の中で、地域問題・テロ対策・核兵器拡散防止で共通利益や相互補完性を追求していこうというのが基本路線だ。
この論文で極めて興味深いのは、こうした方向で具体的に米ロ関係と協力が進めば、対中国で「好ましい影響」が出るとゲルブが論じているところだ。米国もロシアも中国の経済力伸張に伴う軍事力拡大には懸念を持っている。米ロが一緒にそれに対抗するのは「悪くない」。米ロ関係は米中・中ロ関係よりも利害が一致するところが多い、とゲルブは言う。ゲルブの提案する方向で事態がすすめば、かつての米ソ対立時代に、米中が結んでソ連を牽制した大戦略が、一巡りして、今度は米ロ対中国というゲームになる。米国の次期政権は果たしてそんな大戦略を仕掛けられるか。その時、日本はどう立ち回るかも考えておいた方がよさそうだ。単純な回答は日ロ接近路線を続けることだが、ワシントンと綿密に連絡しながら日中和解を進めていくという戦略もありえるだろう。
米国に託された使命
紙幅も尽きてきたので、手短にもう2点ほどの紹介にとどめる。米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の最新号は、編集長ギデオン・ローズによるオバマ外交総括(ちょっと早過ぎ?)を載せている。【What Obama Gets Right, Foreign Affairs, Sept./Oct.】
ローズの評価では、オバマ大統領はノーアウト満塁でピッチャーマウンドに立たされたが、難局をなんとか乗り切ったということになる。イラク・アフガン戦争にリーマン・ショックという大危機の中で、米外交の核心である「自由な国際秩序」の維持は果たした。この核心を守るために、危うい軍事関与は極力避けたから、周辺部は切り捨てた(ウクライナなど)。
守りの姿勢でオバマがなんとか危機から救い上げた自由民主主義世界を、再び拡大方向へ持って行けるか、日本や欧州も含めた「自由な国際秩序」側の課題だ。
ローズの論文は、米国という国家に託された使命について考えさせるようなところがある。
もう1点お勧めしたいのは、米大統領選予備選が始まる前から早くもヒートアップする中で、アメリカ政治文化についての独特の考察をした『アメリカン・インタレスト』誌最新号掲載の論文「政治的親密さの問題」。【The Problem with Political Intimacy, The American Interest, Sept./Oct.】
大統領選を見て気付くように、米国の選挙では、候補者は自分の家族生活や家族史をあらいざらい有権者に見せようとする。なぜなのか。論文筆者は、そこに潜む感性へのアピールの淵源を、ギリシャ・ローマ時代の古典的修辞学とは一線を画すスコットランド啓蒙の修辞学の伝統に遡って探るところからスタートして、アメリカ独特の政治文化を腑分けしていく。知的興奮を誘う小論だ。
米大統領選といえば、世論調査を使って競馬のようにいま誰が先頭かというような話ばかり溢れるが、こうした知的考察をもっともっと読みたいものである。
[画像をブログで見る]村山、小泉談話より分量は圧倒的に多かったが……(C)時事
執筆者プロフィール
会田弘継
青山学院大学地球社会共生学部教授、共同通信客員論説委員。1951年生れ。東京外国語大学英米科卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任。2015年4月より現職。著書に本誌連載をまとめた『追跡・アメリカの思想家たち』(新潮選書)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。
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