そんな折りに、読者の皆様には、あまりに典型的で面白くて仕方がない事例というか、まさに「積極的自由」を信奉する人の典型的なおかしな発言というものを発見したので、紹介しておこう。
昨日、国会議員が誰もいない国会を取り囲んで、多数の国民が参加するデモが開催された。デモに何人いたのかわからないし、こういう類の主催者発表はだいたいあてにならないので、多数、としておくのがいいだろう。
このデモに参加した政治学者の山口二郎氏が次のように述べていた。
「安倍に言いたい!お前は人間じゃない!叩き斬ってやる」動画で見る限り、物理的に叩き斬るとはいっておらず、「民主主義の仕組みで」と留保している点は、まあ、ほっとするが、それにしても穏やかな話ではない。
だが、良く考えてみると、「叩き切る」云々という部分よりも、前半の「安倍に言いたい!お前は人間じゃない!」という叫びの方が、危険な叫びだと思える。
山口二郎氏によれば、安保法案を推進する安倍総理は「人間じゃない」ということになるが、この論理に従えば、安保法案を支持する国民も「人間じゃない」ということになってくるだろう。
実際に、山口氏は、ツイッターで次のように呟いている。
「今日は、学者の会の会見、日弁連の会見、日比谷野音の集会とデモに参加し、一日中安保法制反対を叫んだ。日本政治の目下の対立軸は、文明対野蛮、道理対無理、知性対反知性である。日本に生きる人間が人間であり続けたいならば、安保法制に反対しなければならない。」2015年8月26日山口氏の論理に従えば、安保法案に反対する人間が「文明」であり、「道理」であり、「知性」である。その逆に安保法案に賛成する人間は「野蛮」であり、「無理」であり、「反知性」だという。そして、安保法案に反対する人間こそが、「人間が人間であり続けたい」と願う人だという。ここでは明らかにされていないが、安保法案に反対する人間は「人間が人間であり続けることを拒む」存在だということになる。
政治に関与する人間は、自らの「正義」に陶酔するあまり、敵対者を「悪魔化」する傾向がある。これは、古来からかわることのない「正義の狂気」だ。古来より、往々にして、正義が人を殺してきた。ロベスピエール、レーニンといった革命家は、自らの正義に酔い痴れ、敵対者を悪魔化し、大量虐殺を肯定した。
バーリンはこうした自らの理念を社会全体に強要しようとする「積極的自由」の危険を説いたのだが、バーリンの指摘から50年の歳月が過ぎても、自らの正義に陶酔する人間が存在し続けている。
私は安保法案に賛成する一人だが、勿論、人間だ。安保法案に賛成する人々も、反対する人々とおなじ人間だ。意見が異なるだけだろう。
安保法案に賛成するにせよ、反対するにせよ、敵対者を「悪魔化」、「非人間化」して攻撃するような愚かな真似はすべきでない。反対の声をあげるなら、頭を冷やして、冷静に反対の声をあげるべきだ。
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