これで適正な価格といえるだろうか。新国立競技場の工費は千五百五十億円までに抑えると、政府は言う。内訳を説明し、国民の理解を得る努力が欠かせない。“もったいない”の精神を忘れずに。
医療や介護、年金といった社会保障費の抑制圧力、対照的な防衛費の増大。働く人たちの賃金の伸び悩み、貧困層の広がり…。
華やかな東京五輪・パラリンピックに向けられる国民のまなざしには、さまざまな思いが込められている。政府は常にその点をわきまえるべきだ。
その意味でも、基本理念に東日本大震災からの復興が盛り込まれなかったのは残念である。今後の計画の具体化の過程で、そうした視点も生かしてもらいたい。
白紙に戻す前の旧計画の工費は、未公表だった必要経費を加えると二千六百五十一億円だったという。それと比べて千百億円余り削減したと、政府は言う。
三年前、英国在住の建築家ザハ・ハディド氏のデザインを選んだ国際コンペでは、競技場本体の工費の条件は千三百億円だった。今回決まった計画では、千三百五十億円となる見込みという。残る二百億円は周辺整備に充てる。
競技機能に絞り、屋根は開閉式をやめて観客席上部に限った。延べ床面積を一割余り削り、常設席も大幅に減らした。アスリートや国民の声を聞き、コスト圧縮に努力した跡はうかがえる。
とはいえ、結論までの過程が不透明だ。サッカー・ワールドカップ(W杯)の招致要件となる八万人の収容能力にこだわり、見積もりが膨らんだ面はないか。少子高齢社会に見合う規模なのか。政府は説明責任を果たすべきだ。
工費の上限を守ることができるのかも、気がかりである。
震災復興や五輪準備などに伴う資材や人手の需給は、いまだに逼迫(ひっぱく)気味だ。旧計画で工費の乱高下を招いた要因にもなった。二〇一七年四月からの消費税率10%への引き上げも加味されていない。
プレイベントやリハーサルを心配する国際オリンピック委員会(IOC)は二〇年一月の完成を望んでいる。その意向をくめば、三年間の突貫工事になる。
無理な工期の短縮が工費を押し上げたり、耐震性能を含めた安全性を損ねたりしては元も子もない。政府は設計や施工を厳しくチェックし、こまめに情報を公開し、丁寧に説明する必要がある。
景観や環境に配慮し、誰からも愛される競技場を目指したい。
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