隠された一面
人は誰しも隠された一面を持っている。とらドラ!は、そんな二面性がストーリーの重要な要素になっている。とりわけ川嶋亜美は、二面性というテーマを最初に、如実に、強烈に示したキャラクターだったと思う。
川嶋亜美は北村の幼馴染で、人気読者モデル。天然を装って可愛らしく振舞っているが、実は腹黒く、どうでもいい相手の前では横柄な態度になる。そんな二面性の奥に、白くも黒くもない本当の素顔を隠し持っているようでもある。
川嶋亜美
川嶋亜美は女優、川嶋安奈の娘で、ファッションモデルとして活躍していた。そんな亜美がなぜ大橋高校に転校してきたかと言えば、悪質なストーカーにつけまわされたせいだ。母親の事務所に「自宅付近を変な男にウロつかれたら困る」と言われ、親に迷惑をかけたくなかった亜美は、ほとぼりが冷めるまでモデルの仕事を休業し、親元を離れて親戚の家にお世話になることになった。引っ越しの理由を北村に聞かれた亜美は、
「モデルやるの疲れた。今の学校も合わない。親も自宅にはあんまり帰ってこない」
と答えた。ストーカーについて何も言わなかったのは、北村を心配させないためだったが、ストーカー以外の理由にも本音が混ざっていたように思う。話を聞いた北村は、亜美に本当の友達が必要だと考え、大河達に亜美の本性を見せ、本当の亜美を好いてほしいと話した。
亜美は自分の可愛さを自覚している。テレビや写真のように可愛く振舞っていれば、簡単に人に好かれることを知っている。そして、自分の性格の悪さも知っていて、最悪だと思っていて、素の自分を晒せば嫌われると思っている。そんなコンプレックスを持っている。
「本当に嫌なのはそれだけじゃないんだ。もっと前にね、あいつが隠し撮りした写真をうちのポストに入れていったことがあって・・・・・・それがもう、本当に嫌だったのよ。」亜美は、ふとした瞬間に素の顔が出てしまうのが嫌で嫌でたまらない。みんなに可愛く見られたいのに、素の顔がつい表に出てきてしまう。素の顔を見せれば嫌われると思っているので、亜美は外面を取り繕って、素の顔を隠し続ける。
「うちに来られるのも当然嫌だけど、それと同じぐらい、あたしにとってはその写真自体が問題。あたしが一人で仕事帰りに買い物してるところだったんだけどね、なんかもう・・・・・・いかにも性格悪そうな顔して、むすっとしてるの。見るからにもう、いじめっこ顔なんだよね。あれ見て、ほんとうんざりして・・・・・・あたしってこんな顔!? 素だとここまでやばい!? って」
「だめだめ、もう本当にやなの・・・・・・あの顔。本当に嫌い。大嫌い。・・・・・・あんなの、見せられたくなかった」 (とらドラ2!p227~228)
本当は「ほんとの自分」を好きになってもらいたいと思っている亜美だったが、それが難しいことも自覚していた。そうやって悩みを抱えていた時、亜美は大河と出会う。大河は自分勝手で、メチャクチャで、でも友達がいて、竜児もいて、そんな大河を亜美は羨ましく思った。 亜美が転校してきてからまもなく、ストーカーはまた亜美の前に現れた。亜美はストーカーが怖くて逃げていたが、大河がストーカーに反撃するのを見て、ついに怒りを爆発させる。
「この性格悪い面のまま生きてやるよ!あたしだってやられっぱなしじゃねぇっつうの」
亜美は、素の顔がバレてしまってもいいと開き直る。そして、鬼のような形相でストーカーに立ち向かっていく。それは、亜美が亜美自身を強く肯定した瞬間だった。
ほんとの自分
「ほんとの自分」とは何だろう。家族、友達、先生、好きな人、嫌いな人、どっちでもない人・・・相手によって自分の態度は変わる。人は多面的な生き物で、良い面も悪い面もある。とらドラ!のキャラも、このような多面性を持っている。北村は亜美のことを「横暴なお姫様」だと言う。木原や香椎は「大人」だと誉めるが、竜児は「子供」だと言う。大河は「ばかちー」と仇名をつける。ストーカーは「天使」と崇めていたが、豹変した亜美を見て「性格悪い」と言う。見る人によって、その人の見え方は変わってくる。その全てが亜美だ。
だったら「ほんとの自分」とは何だろう。それは本人にしかわからない。
亜美は普通の人とは少し違う環境で育った。有名女優を母に持ち、亜美自身もモデルとしてデビューし、世間の注目を浴びた。社会に足を踏み入れ、他の子よりも「大人」を知っている亜美だったが、本当はまだ「子供」のままでいたかったのかもしれない。大人のフリをしてる自分が嫌いで、それをみんなに受け入れられているのが歯痒かった。だから、竜児に「ホント子供だよな」と言われた時、見抜かれたように感じ、嬉しかったのだ。 人は多面的だから、わかってほしい一面をわかってもらえないことがよくある。本当に自分をわかってくれる人は、ほんの一握りだ。最終話、亜美は竜児に言う。
「わかってくれる人が一人でもいたら、きっと大丈夫なんだよね」
自分のことを理解してくれる人は少ない。でも、わかってくれる人が一人でもいれば大丈夫。それは、大河達を間近で見ていて、もどかしく思い、何とか関係を改善しようと努力する中で、亜美が気付いたことだった。 24話ラスト、亜美は実乃梨と雪合戦をする。実乃梨の「ソフトボール日本代表になる夢」と、亜美の「子供っぽさ」が同時に表現されている「雪合戦」。実乃梨と雪合戦する亜美はきっと誰も見たことがない最高の笑顔で、ほんとの自分を曝け出していたのだと思う。
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