夢の終わり
大河は大好きな親に捨てられた経験から「自分が望んだものは決して手に入らない」と思うようになった。だから何も望まず、誰にも縋らず、一人で生きていくと決めていた。「私、いい子にしてるんだ。サンタさんが見てるから」クリスマス間近になったある日、大河はサンタの名前で子供たちにプレゼントを贈る。そうすることで、「見てくれている誰かがいる」と子供達に伝えたいと言う。
「誰かが見てるって伝えたいのよ。クリスマスは格好の機会なの」
「育ててくれる親がいなくたって、神様なんか信じられなくたって、それでも誰かが見てるから、って、私は伝えたいの。どこかで気にかけてる誰かが、本当に存在してるんだって」
「わかってる。そうよ、自己満足よ。でも、それは私が信じたいから。誰かがどこかで私を見てくれているって。私の場合、サンタがね」
誰にも見られず生きてきた大河は、誰かが見てくれていると信じたかった。サンタなんていないとわかっていたが、夢だとわかっていたからこそ、夢の中で出会ったサンタを信じることを自分に許していた。現実の誰かに縋るわけじゃないからだ。
北村は失恋大明神として面白い生徒会長を演じていた。北村のことを「見ている人」は確かにいて、その人のために頑張っているのがわかった。北村と自分が付き合うシナリオが崩壊した以上、残るは竜児と実乃梨が付き合うシナリオだ。自分が幸せになれなくても、2人には幸せになってほしいと大河は思った。
大河はキューピッドとして竜児をサポートすると言い、幸せなクリスマスを迎えられるように頑張って実乃梨に告白しなさいと檄を飛ばした。 イヴの日、大河の元にクマのサンタが現れる。大河のことを見ていると伝えにきてくれたのだ。来てくれたのが本当に嬉しくて、大河はサンタに抱きついた。
「ああ・・・現実なんだね!すごい!! 夢が・・・夢が現実になった! ありがとう・・・」
こんな時間が永遠に続けばいいのに、と大河は思う。夢なら永遠を願ったっていい。しかしこれが現実だと知っていた大河は、そっとクマの頭をとった。
「本当に、ありがとうね。・・・・・・竜児」
そうして、自分はもう大丈夫だからと言い、竜児を実乃梨の元に送り出す。 竜児のいなくなったリビングで不意に溢れ出した涙に大河は驚く。少し考え、夢のような日々が今夜で終わりになったからだと納得する。
サンタと同じように竜児と過ごす日常は「夢」だった。いずれ終わってしまう夢だとわかっていて、竜児に縋っていた。北村と自分が付き合うことになれば、実乃梨と竜児が付き合うことになれば、どうせこのままではいられなくなると思いながら、竜児の優しさに甘えていた。
夢の中で父親のように慕っていた竜児は、父親ではなかった。父親への執着はそれとしてあって、竜児への執着もそれとしてあったのだ。終わりになって初めて、大河は本当の気持ちに気付いた。「誰にも縋らず、一人で強く生きていきたい」なんて嘘だ。失いたくなかった。
竜児のことが好きだった。 大河は裸足でマンションを飛び出す。しかし、右を見ても左を見ても、竜児はいない。
目で見えてることは本当なんかじゃない。あんなに傍にいたのに。傍に居続けると言ってくれたのに。本当は何もかも現実だったのに。
もう届くわけないと絶望しながら、大河は何度も何度も竜児の名前を呼び続けた。
どうしたって
夢から醒めた日、大河は強い大人になると決めた。竜児の応援がなくても、実乃梨の応援がなくても、一人で立ち上がると決めた。
(この気持ち、全部消して!私を強くして!)
そう願うたびに心は痛むが、強くなりたいのは真実だった。 イヴの夜、竜児は実乃梨にフラれた。
自分が傍にいたせいだと思った大河は、竜児から離れることを決意する。
竜児にも実乃梨にも幸せになってほしい。その気持ちに嘘はなかった。竜児には「逃げるんじゃない」と助言し、実乃梨には竜児がイヴの日に渡すはずだったヘアピンを渡し、亜美には「竜児の周りをうろつくな」と忠告した。生活面では竜児の力を借りず、一人で頑張った。
ママゴトのせいで大河が傷ついていることを知っている亜美は、実乃梨が本当の気持ちを見せてくれないことにムカついていた。修学旅行先のスキー場で、亜美は実乃梨を挑発し、ついに殴り合いの喧嘩になった。
亜美が実乃梨を殴った際、実乃梨のヘアピンが外れて飛ぶ。他の誰も気付かなかったが、「絶対になくしてはいけない大事なものだ」と思っていた大河だけは、そのことに気付いた。
大河は急いでヘアピンを拾いに行き、そして、不幸なことに崖から滑り落ちてしまう。
滑落事故を起こしてから数時間後、頭を打って倒れていた大河を誰かが背負った。大河の手に眼鏡らしきものが当たる。助けに来たのは北村だと思った大河は、朦朧とした意識の中で、竜児への思いを呟いた。
帰らなかった理由
事故の知らせを聞いて駆けつけたのは大河の実母だった。怪我は大したことなかったが、母は大事な話があると言って、大河を自分の家に連れ帰った。陸郎が裁判で負け、払い切れないほどの借金を負った。全財産を没収され、大河が住んでいるマンションも、もう陸郎の所有物ではないという。だから大河を引き取ると母は言った。
大河は断った。母親には新しい家庭があり、妊娠していることも知り、自分なんかがいたら家の中がギクシャクすると思ったのだ。大河は母親の説得に応じず、家を飛び出した。 住み慣れた街に帰ってきた大河だったが、鍵を母親に取られ、マンションに入れなかった。そこで、竜児の部屋を通って窓から入ることにした。
竜児は大河を見て驚き、帰らなかった理由を聞いた。
大河は「学校をサボって母親とのバカンスを楽しんできた」と嘘をついた。
隠していた気持ちを北村に話してしまったかもしれないと大河は焦っていたが、竜児から「おまえはずっと気を失っている状態だった」と聞いて安心する。誰にも気持ちを聞かれないで良かった、夢で良かった、と思う。
実乃梨の幸せ
バレンタインデーの放課後、大河は修学旅行で迷惑をかけてしまったお詫びと日頃の感謝を込めて、亜美、実乃梨、竜児、北村の4人に手作りチョコをプレゼントした。「北村くんには、一番よくできたのをあげます」
「だって北村くんは、私を崖から引き上げてくれたんだもん」
「ああ、もうやだやだ、白目むいてたりしてなかった?」
「もうほんっと、あのときはどうなるかと思った。ゴロゴロって転がって、頭打って、すーってなって、失神するってあんな感じなんだね。夢の中みたいな感じ」
「寝言みたいにとんでもないことパァーっと口走っちゃったような気がしてさ、
我に帰ってから、もうパニック状態で」
笑いながら事故当時を振り返っていると、実乃梨が急に怒り始めた。
戸惑う大河に実乃梨は告げる。あの日、大河を助けたのは竜児だと。大河が口走った言葉を竜児は聞いていて、だから自分が助けたと言えなくなったんだと。
「どうして一言が、たった一言が素直に言えないんだよ」
実乃梨は自分の心を隠し続ける親友を問い詰めた。
「私はただ、みのりんが幸せになるように!大好きなみのりんが、幸せに、」
その言葉を聞いて、実乃梨がブチ切れる。
「ふっざけんな!!私の幸せは、私がこの手で、この手だけで、掴み取るんだ!!私には何が幸せか、私以外の誰にも決めさせねぇ!!」
何も言えなくなった大河は、泣きながら教室を飛び出した。
ジンクス
大河には「望んだものが全て壊れてしまう」というジンクスがあった。期待しては裏切られ、期待しては弾かれ、それを繰り返すうちにそう思うようになった。だから何も望まず、誰にも縋らず、一人で生きていくと決めていた。これ以上、何も壊したくなかったのだ。竜児に気持ちを伝えることができなかったのも、ジンクスが怖かったからだ。望んだ瞬間に全てが壊れてしまう気がしたから、「竜児が好きなのは実乃梨だ」「実乃梨の幸せのためだ」と自分に言い聞かせて、本当の気持ちから逃げていた。
しかし実乃梨に余計なお世話だと突き放され「あんたの幸せもあんたしか決められない!」と言われたことで、ついに自分の気持ちを竜児に伝える覚悟を決める。
「バイトが終わったら話を聞いて。もしも私が逃げそうになったら、ちゃんと捕まえて」
バイト先に現れた大河は竜児にそう告げた。 バイトから帰ろうとした矢先、大河の母親が現れる。
強引に連れ帰ろうとする母親を大河は拒絶し、竜児の手を取ってその場から逃げ出した。
母親を撒いた2人は大橋の上で話をする。大河は生まれてこなければよかったと考えていたこと、竜児のおかげで今の自分があること、竜児のことが本当に大切で失いたくないこと、そんなずっと隠していた気持ちを語った。
気持ちをぶつけ合った2人は結婚を約束し、駆け落ちを計画する。
家族
しかし、竜児の選択したそれは駆け落ちではなかった。竜児は大河を泰子の実家へと連れて行き、泰子とその両親の再会を大河に見せた。逃げずに向き合うことを選んだのだ。「俺達はここから始めりゃいい。結婚だって駆け落ちなんかしなくても正々堂々とさ。みんなに祝福してもらえたら、それが一番じゃねぇか。時間がかかったっていい。どうせ幸せになるんなら俺達だけじゃなく、みんなで幸せになったほうが、きっと、ずっといい」
竜児は語り、その言葉に大河は頷いた。
自分の幸せは自分で決め、自分の力で、自分のやり方で掴まなければいけないということを、大河はとっくに知っていた。そして竜児を愛するために自分がしなければいけないこともわかっていた。マンションに帰宅した大河は置き手紙を残し、母親の元へと旅立つのだった。
竜児、私ね・・・ずっとずっと自分なんかがとらドラ!は、自己否定していた大河が、竜児との恋愛をきっかけに自己肯定できるようになるまでを描いたストーリーだ。誰にも愛されないことに絶望し、何も望まず生きていた大河が、自分に誇りを持って竜児を愛するために旅立つラストは、感動的で清々しい。 原作の1番最初のページにはこう書いてある。
誰かに愛されるはずがないと思ってた。
でもそれは逃げてただけなのかもしれない。
自信が持てないのを親のせいに・・・周りのせいにして・・・
でも竜児は私をそのまま愛してくれた・・・。
だからこそ私は もう逃げない。私は変わる。
すべてを受け入れて、自分に誇りを持って・・・・竜児を愛したいから。
「あなたにとって、手乗りタイガーってなんですか?」
大河はコンプレックスや、生まれつきの環境や、自分ではどうしようもないことに立ち向かうために虎になった。手乗りタイガーとは、そんな「見えない敵」と戦う強い心のことだと思う。
人は誰しも「見えない敵」と戦って生きている。時には辛かったり、苦しかったり、泣いたりもする。しかし、虎のような強い心を持って、逃げずに現実と向き合い、見えているものに走っていけば、誰も見たことのない自分だけの人生の宝物を得られるかもしれない。
だって、この世界はきっと、そういうふうにできているのだ。 「人生思いどおりにはなんねーぞ!」
原作者の魂が宿った三十路女は釘を刺す。人生は思い通りにならない。自分が決めたように生きていくしかないし、誰も責任をとってはくれない。
それでも、失敗を恐れずに立ち向かっていけ!と、とらドラ!は伝える。
「見えない敵」に立ち向かう姿を「見てくれている仲間」がいるから頑張れ!とエールを贈る。
この作品を見るとものすごく励まされる。心に残る名作だ。
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