社説:無戸籍の人 埋もれた存在の人にするな

毎日新聞 2015年08月28日 02時34分

 戸籍は自分の存在を社会で証明する基礎となる登録だ。だが、親の事情で出生届が出されず、戸籍がない生活をおくる人たちがいる。

 法務省が初めて行った実態調査では、6月時点で全国に626人確認された。その数字は氷山の一角との指摘がある。

 戸籍がなくても親の申し入れで、学校に通ったり、児童手当を受け取ったりといった一定の公的サービスは受けられる。だが、親が放置すればサービスの枠外に置かれる。

 無戸籍のまま成人する人もいる。選挙には行けず、携帯電話や銀行口座を持つといった契約行為も難しい。結婚や就職でも大きな壁になる。

 超党派の国会議員連盟が先月、その救済を法相に申し入れた。同じ社会に生きる人の人権を守るため、政府と国会は対応を急ぐべきだ。

 この問題の背景には、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定する民法の規定がある。

 夫の暴力などから逃れ、推定期間内に別の男性との間で子供ができた場合、出生届の提出をためらう母親が多い。家裁での手続きで父子関係は断てるが、そうした場での接触さえ嫌う場合も少なくないという。

 そもそも無戸籍は子供の責任ではない。離婚や再婚、家庭内暴力の増加といった今日的な事情に照らせば、法やその運用の見直しが必要なのは明らかだ。父親未定のまま出生届を受け付けることを提言する専門家もいる。真剣に検討すべきだろう。

 法の壁だけではない。貧困もこの問題の背景には横たわる。

 ある30代の女性は、両親が産婦人科に出産費用を払えず、出生証明書がもらえずに無戸籍になったという。両親が役所に相談しても高圧的な対応をされ、小学校や中学校にも通わなかった。

 文部科学省が調べたところ、全国142人の無戸籍の小中学生のうち約3分の1が就学援助を受ける経済困窮の家庭だった。未就学期間が7年半に及ぶ子供の存在も明らかになった。そうした子供はまだ埋もれているのではないか。そんな懸念を抱かざるを得ない。

 住民の生活と密接に関わる自治体の役割は大きい。無戸籍者に対して柔軟に住民票を作成するなど公的サービスの提供と救済に尽くしてほしい。教育や厚生など関係部門の連携を強め、子供をはじめとした無戸籍の人の掘り起こしも進めるべきだ。

 住民票のある人を共通番号で管理するマイナンバー制度が始まっても、無戸籍の人ははじかれる可能性がある。納税、年金など国民生活の重要事項が対象になるだけに心配だ。政府、自治体はこの問題の解決を最優先課題と位置づけてほしい。

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