新聞紙の上にいくつものニンニクが置かれている

菅野彰

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会津『呑んだくれ屋』開店準備中

第27回 ペペロンチーノにはいつも命をかけている

2枚の皿に盛られたペペロンチーノ、奥に日本酒「喜多の華」の瓶、2つの小鉢にラタトゥイユが入っている

 私にとって、ニンニクと言えば青森である。
 そしてニンニクと言えば、ペペロンチーノである。
 そんなに好きか? ペペロンチーノ。いや、正直そこはわからない。簡単だからよく作るのかもしれない。この塩と油と炭水化物のかたまりを。だが簡単な割に私はいつも、この一品に命をかけている。
 今回、「東北食べる通信」から、青森県田子町の種子宏典さんが育てた大蒜(以下ニンニクと表記)が届くとわかったとき、私はいつものように命をかけてペペロンチーノを作ろうと決めた。
 何故、そんなにも私は命がけになるのか。
 それは、塩加減が未だ掴めていないからだ。
 エッセイに度々登場する友人にも、担当鈴木にも、私はよくペペロンチーノを作る。
 その度に友人にも鈴木にも、
「塩加減どう? しょっぱくない? 足りなくない?」
 そう、尋ね続けて、ある時期などはその塩加減を吟味することに疲れ果てて、少なめに塩をしたら、皿に塩を乗せて、
「自分で好きなだけ掛けて……」
 と、食べる人に任せる程に投げやりにもなった。
「未だにペペロンチーノの塩加減に悩みまくるんだよね」
 料理上手の友人に漏らすと、
「イタリアンのシェフは、生涯ペペロンチーノの塩加減に悩むらしいよ」
 と、衝撃の事実を教えられた。
 イタリアンのシェフが生涯悩むのならば、私ごときなど、いつまでもこの悩みから解き放たれることはない。
 そんなに大袈裟になるようなことだろうか。
 なるようなことなのである。
 ペペロンチーノはうっかり塩を効かせ過ぎると、
「まるで塩!」
 という代物になって、とても食べられたものではなくなってしまう。
 それを恐れて塩を少なめに少なめにすると、
「なんだこのなまぬるい味は!」
 という中途半端な代物になる。
 だから私は作る度にいつも渾身の味見を繰り返しながら、塩を加減しているのだ。
 私のペペロンチーノへの思いを熱すぎるほど語ってしまったが、そんな私がとうとうこの連載でその品を作る日が来てしまったわけである。
 さて、ペペロンチーノとは基本、ニンニクと鷹の爪、オリーブオイルとパスタがあればその名を名乗れる。
 だがやはり何か、具を入れたい。
 実は私の手元には、絶対に間違いなく美味しいパスタが作れるオイルサーディンの缶詰があった。だがそのオイルサーディンはちょっと高いし、この連載はもっと気軽に手に入るものでトライしたい。
「桃か、鰯か……」
 私は去年から、桃のペペロンチーノを作ることに凝っていた。
 ペペロンチーノを作って、ルッコラ、生ハム、一センチ角に切った桃を散らす。それだけだ。とても美味しい。
 しかし丁度、冷蔵庫に飲みたい日本酒が冷えていた。日本酒に合わせようと思ったら、やはりそこは鰯ではないだろうか。この季節の鰯を、たっぷりと使いたい。
 個人的に鰯が大好きなので、時々鰯のペペロンチーノを作る。鰯の何が好きって、姿が好きだ。青光りする皮にきれいな点々。見ているだけで楽しいし、もちろんちょっと癖のある味もとても好きだ。
 店先で新鮮な鰯を見かけると、連れて帰りたい衝動に駆られる。その鰯を大量消費するのに、私はペペロンチーノにするのである。一人で三尾食べてしまうこともある。
「だがしかし、私の鰯レシピは、いつも超適当……」
 適当に作っても、鰯が美味しければちゃんと美味しくなる。
 だが、今回はレシピも追いながら作ろうと、まずはスーパーで、きれいな鰯を五尾購入した。友人の分も含めて、五尾だ。ちょっと多い。
 そして毎回登場する「妖怪野菜を食べなきゃ駄目だ」が、野菜売り場を物色する。
 この夏にはまってずっと食べていた、夏野菜のグリル焼きにしようかとも思ったが、食べに来てくれる友人が好きなのでラタトゥイユにした。
 パプリカ、セロリ、エリンギなどを購入。茄子やピーマンは、叔父が丹精して作ったものを使用した。

3枚組写真:左 新聞紙の上に10個程のニンニク/右上 まな板の上にトマト2つ、パプリカ1つ、ピーマン2つ、茄子2つ、セロリ1本、ニンジン2本、タマネギ1つ、エリンギ2本/まな板の上に頭を取った鰯5尾、青いチューブ、ニンニク2片

 さて、スーパーから帰ると、丁度ニンニクが届いた。
 開けて、見慣れないその迫力にびびる。
「泥付き! 大きい!」
 大迫力のニンニクから一つを選んで、泥を払い皮を剥いた。
 とりあえずラタトゥイユを作って置こうと、ニンニクをみじん切りにすることにした。

まな板の上にみじん切りのニンニク

「うわ」
 包丁を入れて、そのみずみずしさに驚いた。
 こんな風に切ったときに、「シャキ!」という音を立てるニンニクに出会ったことがない。
「強いな! なんかおまえめっちゃ強そうだな!!」
 音だけではなく匂いのみずみずしさにも若干戦きながら、ニンニクを二つみじん切りにした。
 それを鍋に敷いたオリーブオイルの中に投入して、弱火で香りを立てる。
 ラタトゥイユこそ、作り方は適当である。好きな夏野菜を、火の通りにくいものから順番に入れていく。切り方もお好みで。最後にトマト缶を入れて、塩とバルサミコ酢で味を整える。
 こういう煮物は一旦冷めてから温め直すときに味がよく染みるので、できあがったら火を冷めて放置する。
 友人が到着するころ、私はペペロンチーノのためのニンニクをみじん切りにし始めた。
「やー、大丈夫かな。友達、明日会社なのにこいつ強すぎないかな」
 心配しつつも、オリーブオイルにみじん切りを投入した。
 本当に強く、食欲をそそりすぎる香りが立ち上る。
「来たよー。すごい! すごいねニンニクの匂い!! 駐車場まで届いてたよ!」
 ニンニクに圧倒されながら、友人は到着した
「明日会社大丈夫?」
「どうかな!?」
「だよねー」
 しかし今更、帰しはしないと、私は作り始めたペペロンチーノの塩加減を見ることに没頭した。素材を炒めながら味を見て、パスタを投入してまた味を見て。
 味見に味見を重ねながら鰯のペペロンチーノを仕上げて、ディルとレモンを添えた。
 もう一度あたためたラタトゥイユとともに、食卓に並べる。
 珍しく食卓は、ちょっとすっきりした印象だ。
「すごい、すごいニンニクの香り。勝てる気がしない……! ビビる!!」
 立ち上るニンニクの香りの前に、友人は怯み切っている。
 さて、飲みたかった冷蔵庫に冷えていた日本酒は、喜多の華酒造の「純米吟醸 喜多の華」だ。この酒は、喜多の華酒造の新しい跡継ぎ夫婦が造った。喜多の華酒造では「蔵太鼓」という銘柄が主流なのだが、そもそもの「喜多の華」という名前も残したいという跡継ぎたちの思いも込められている。
 実は私は、若い彼らの造る酒を呑むのは初めてではない。この前に造られた、濁りを一度飲んでいる。そのときは濁りということもあって、正直よくわからなかった。
 だからこれが、ほとんど最初の次世代の喜多の華の酒との出会いとなる。
「うん、美味しい!」
 一口呑んで、私は嬉しくなって頷いた。
 すっきり辛口だが、酒の旨味も強く感じる「純米吟醸 喜多の華」は、喜多の華酒造の確かな未来を感じさせる味わいだった。
「長いおつきあいになるね」
 喜多の華酒造に、私は乾杯した。
 さあ、酒に合わせて鰯のペペロンチーノだ。
「菅野彰、ペペロンチーノの歴史集大成だね!」
 私のペペロンチーノとの戦いをよく知っている友人が、笑った。
「しかもこんな強そうなニンニクで……もう匂いにジャブを打たれてるけど、行くわ!」
 友人は思いきって、それを口に入れてくれた。
「塩加減どう?」
 これは私が本当にいつも、くどくしつこく友人に尋ねることだ。
「丁度いい! そしてニンニクは……口に入れると意外に、そんなに強烈でも……」
 ん? そんなに強くないか? と、友人はニンニクと折り合いそうになった。
「いやそんなことない! すごい強い味! すごく美味しい!! 美味しいからこそ明日の私が心配……!!」
 うんうん、と何故か唸りながら、友人はニンニクと戦い続けた。
 私もペペロンチーノを、思い切りよく食べた。
 香りの通りニンニクはかなり強く、もちろん美味しさもとても強い。
 明日のことなど、もう考えない。
 そして鰯は、「純米吟醸 喜多の華」ととてもよく合った。
「なんか最高のペペロンチーノになったね!!」
 戦い終えて友人は、今夜の一品に賛辞をくれた。
 私も、いつでも悩み抜いて作り続けたペペロンチーノが、青森から届いた力強いニンニクのお陰で素晴らしい出来になってとても満足だった。
「ニンニクの感想は?」
 いつものように、私は友人に尋ねた。
「ちょっと喧嘩したけど、仲直りできた。肩を組んで帰るわ」
「そうしてちょうだい」
 私は泥付きの強いニンニクをいくつか新聞紙に包んで、友人に持たせた。
 戦友ニンニクと、友人は肩を組んで帰って行った。
 大迫力のニンニクに助けられて、この日のペペロンチーノは特別なものになった。
 だがしかし次にペペロンチーノを作るときに私は、また死ぬほど塩加減に葛藤するのである。
 その呪縛からは生涯きっと、逃れられる日は来ない。

【次回はぶどう。初めて、果物がやってきます。果物でもお酒を呑むかどうか、お楽しみに!】

●今回のレシピ

皿の上に鰯のペペロンチーノ、レモンが添えられている

材料(三人分 二人分に鰯五尾は多すぎました)
鰯 五尾
玉ねぎ 一個
ニンニク 二欠片
鷹の爪 お好みで
オリーブオイル 大匙二杯
パスタ 300g(お好みで)
塩 適宜
黒胡椒 適宜
醤油 適宜
アンチョビペースト(あれば)
ディル(あれば)
レモン(お好みで)

作り方
ニンニクをみじん切りにします。
鷹の爪は二つに割って、種を取ります。
玉ねぎもみじん切りにしておきましょう。
鰯は一口大くらいにぶつ切りにしますが、炒めるうちに勝手に粉々になってくれるので適当で大丈夫です。
フライパンに敷いたオリーブオイルに、ニンニクのみじん切りと鷹の爪を投入します。
超弱火で、じっくりとニンニクの香りをオリーブオイルに移します。ここで少し根気がいりますが、決して目を離さないように。
ニンニクが色づきそうになったら、玉ねぎのみじん切りを入れてしんなりするまで炒めます。
一方で湯を沸かして、パスタを茹でる準備もしましょう。
玉ねぎがしんなりしたら、ぶつ切りにした鰯を入れます。乱暴に炒めましょう。
身が粉々になります。
塩を少しします。少しです。
鰯に火が通る頃、パスタも茹でていたいです。
パスタのゆで汁を、お玉一つ分入れます。
火が通った鰯に、あればアンチョビペーストを少し入れます。なければ入れなくても大丈夫です。
茹で上がって湯を切ったパスタを、鰯の中に入れて混ぜ合わせましょう。
このとき、慎重に慎重に、味を見ながら塩を入れます。
少し足りないかもというところで、今回は鰯なので醤油を回し掛けましょう。
最後に黒胡椒で味を整えます。
あれば盛り付けのときに、ディルを散らして、お好みでレモンを添えてできあがりです。

●今回のお酒

日本酒「純米吟醸 喜多の華」

純米吟醸 喜多の華

喜多の華酒造の新しい味になるだろう日本酒です。今までの米の味が強い、どっしりとしたお酒と違い、涼やかな喉越しのキレを感じさせるお酒です。とはいえ、飲み込んだあとに感じるのは、やはりしっかりとした米の味。クセの強い味をすっきり洗い流してくれるお酒です。

問合せ先:喜多の華酒造
住所:福島県喜多方市字前田4924
TEL:0241-22-0268
FAX:0241-22-0268
http://sky.geocities.jp/kitanohana87/
ツイッターID  @kitanohana87

注文はお電話かFAXになります。

東北食べる通信7月号

東北食べる通信
http://taberu.me/
東北の生産者にクローズアップし、特集記事とともに、彼らが収穫した季節の食がセットで届く。農山漁村と都市をつないで食の常識を変えていく新しい試みである。