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悪役令息だけど、大魔王になりたくない 作者:大沢 雅紀
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前世の記憶

ドンクルの意識は深い「闇」に落ちていく。
気がついたときは、奇妙な服を着ていた。
「あれ?」
妙に首を締め付ける紐と、白い清潔なシャツ。手触りのいい紺色の上着とズボン。
そして目の前には、鬼のような顔をした中年がいた。
「土来君! 聞いているのかね?」
「は、はい。課長! 」
思わず反射的に返事をしてしまう。どうやら目の前の男は課長という名前らしい。
「わかっているなら、がんばって成果を挙げるんだ! 」
「は、はい」
あわててドンクルはかばんをつかんで走り出す。
外に出ると、急に意識がはっきりしてきた。
自分の名前は土来隆。しがない下っ端銀行員で、趣味はアニメとライトノベルというオタク。
なかなか仕事が覚えられず、今日もノルマ未達を上司から責められたところである。
「面倒くさいなぁ……」
そのままバイクにのって走り出す。
憂鬱な思いで町を走っていると、取引先の喫茶店が目に入った。
「いいや。さぼってしまおう」
そのまま喫茶店に入り、コーラを注文して、かばんから本を取り出す。
それは『ダークサンダー物語」というファンタジー小説だった。

「面白いな……これからどうなるんだろう」
ワクワクしながら読みふける。
キャビテーションと呼ばれる世界を舞台にした、一風変わった戦記物である。
大魔王ダクネスの出現による世界から魔法の消滅。
それにより、今まで魔法で押さえつけられていた平民が反乱を起こす。
世界に魔法を取り戻すため、異世界から召還された五人の勇者と、主人公である闇の勇者ダークサンダーが協力して魔族に戦いを挑む。
勇者の中にちらつく裏切り者の影。葛藤を乗り越えて戦う主人公。
すでに読み始めて三時間が経過し、クライマックスの場面に差し掛かっていた。
闇の勇者ダークサンダーが、涙を流しながら大魔王に通じる扉を開く場面を呼んだときー
かばんの中に入れていた携帯がなる。
「はい、もしもし! 」
「土来君! 今どこにいるんだ! 」
携帯から上司の怒鳴り声が聞こえてくる。
「え、えっとですね。お客さんの所にいます……」
あわてて弁解する。この喫茶店も一応取引先なので、嘘ではない。
「そうか。少しでも成果が上がっているんだろうね。さもなければ」
「は、はい。がんばります」
そういって電話を切り、小説をかばんに突っ込む。
「マスター、またくるよ」
「はい。いってらっしゃい」
喫茶店のマスターに苦笑で送られ、暑い中外に飛び出す。
「暑いなぁ……」
スクーターを走らせていると、前方からバイクの集団が暴走してくるのが見えた。
編隊を気取っているのか、黄・赤・茶・緑・青の派手なヘルメットをかぶっている。
「ヒヤッハー」
そんな奇声を上げながら、緑と青が正面から突っ込んできた。
「あっ! 」
不意をつかれたものの、隆はスクーターを操作してその間をすり抜ける。
「危ないじゃ……え?」
今度は赤と茶が腕を伸ばし、顧客から預かった金や通帳がはいったかばんを奪おうとした。
「うっ!」
銀行員はかばんをひったくられることを警戒して、常にかばんを守ろうと教えられている。
隆も本能的にかばんを守り、二人の腕を払いのけた。
「こいつら、引ったくり集団か!?」
そう思って警戒したのも束の間、最後に突っ込んできた金色のバイクにのった奴言ったときに、すれ違いざまスクーターを蹴られる。
隆はなすすべもなくバランスを崩し、次の瞬間、激しくアスファルトにたたきつけられた。
「く、くそ……」
「やったぜ! 」
引ったくり集団は、床に転がったかばんの中から現金を拾い上げ、そのまま逃走する。
なすすべもなく自らが流した血だまりの中で倒れていた隆。道路に落ちているさっき読んだ小説が目に入った。
「死ぬ前に、ラストが知りたい……」
小説に伸ばした手が、力なくたれさがる。土来隆は、24歳の生涯を終えるのだった。

「ドンクル! しっかりしろ」
アレクサンダーは必死にドンクルに抱きつく。
三つの魔器から染み出た闇はドンクルに取り付き、その体を支配しようとしていた。
「よせ! 奴は闇に取り込まれた。もう無理だ! 」
闇の外から、父ゴーマンのあせった声が響く。
「嫌です! ドンクルは僕の大事な弟です」
アレクサンダーは必死になってドンクル体から三つの魔器を外し、闇の力を制御しようとうる。
「おおっ? こ、これは?」
呆然と見ていたゴーマンは驚く。
アレクサンダーによって闇は押さえ込まれ、次第に闇は小さくなり、鏡の中に吸い込まれていった。
ドンクルの真っ黒になっていた体が、元にもどる。
「ドンクル! ドンクル! 」
アレクサンダーは必死に弟の体を揺さぶる。
すると、ドンクルはうっすらと目をあけた。
「あれ……ここは? 」
「この野郎! 心配させて! 」
アレクサンダーはほっとして、ドンクルを力いっぱい抱きしめる。
「あれ? 俺は確か死んだはずじゃ? え?」
ドンクルはわけがわからなくなって、ひたすら困惑していた。
二人の様子を見ていたゴーマンも、安心してほっと息を吐く。
「うむ……見事じゃ。良くぞここまで「闇」を制御した。跡継ぎはやはりアレクサンダーじゃ! 。二人ともよいな! 」
二人を見て高らかに宣言するのだった。

その頃、ダクネス領から遠く離れた光の領の大神殿で、一人の少女が神に祈りをささげていた。
「光の神ソレイユよ。我らに永久なる恩寵を与えてくださって、感謝いたします」
金髪の美女は、経験に祈り続ける。
しかし、その時彼女の脳裏に何かが浮かんだ。
「これは……まさか……」
限りなくまがまがしく、暗い闇のイメージが浮かぶ。
大神殿に何百年も伝わる伝説が思い出される。
「……魔王が、生まれるというのでしょうか……?」
大神殿に祭られている、五人の神の巨大な像に問いかける。
しかし、彼女の祈りに神々は沈黙したままで、何も語りかけてはこなかった。
少女は立ち上がり、神域の間を出ると侍女に呼びかける。
「父上に警告に上がります」
衣服を整え、王宮に向かう。
ソレイユ王国第一王女、マリア・ソレイユの顔には、恐怖と不安が浮かんでいた。
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