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三種の魔器
アレクサンダーとドンクルは馬車に揺られて、このダクネス男爵領にある唯一の教会にくる。
そこには二人の父であるゴーマン・ダクネスがいらいらした様子で待っていた。
「遅いぞ!」
馬車から降りてきた二人に、いきなり怒鳴りつける。
「父上、申し訳ありませんでした」
二人はそろって頭を下げる。
「ふん。まあよい。今日は神聖なる『審判の日』だ。二人とも心して光の神ソレイユの審判を受けるがいい。我ら黒髪の一族は、光の神の情けをもって生かされておるのだからな」
そういって、さっさと教会の中に入っていく。
アレクサンダーとドンクルは、あわててついていった。
「よろしいですかな。お二方。それでは、我らが住まう「キャビテーション」世界に伝わる神話をお話いたします。我々に課せられた崇高な使命を果たすために、よく理解することが重要で-」
年をとって白髪になった大神官が、二人の令息に向かって説教をする。
アレクサンターはまじめに聞いていたが、ドンクルはあくびをして退屈そうに貧乏ゆすりしていた。
この世界、キャビテーションができる前は、もともと混沌の闇しかなかったといわれる。
混沌の闇を光輝神ソレイユが切り裂き、実体と虚体に分かれる。
実体は大地神タイタンに、虚無は空風神ヘルメスに変わる。
大地神タイタンと空風神ヘルメスが光の神ソレイユの寵愛を求めて激しく争った結果、その戦いの摩擦熱から火炎神ボルケーノが生まれ、両者を焼こうとした。
二神の火傷の苦しみを光の神ソレイユが優しく癒し、その感謝の涙から水美神ビーナスが現れた。
五人の神は和解し、手を取り合って新たな世界キャビテーションを作る。
世界の中心となる『世界木』を育て、闇の世界に光をもたらすのだった。
神々はその後、あらゆる生き物を異世界から召還して育て、キャビテーションは楽園となった。
しかし、神として生まれることがなかった残りカスである、「闇」が世界を憎み、破壊しようとする。
それを憂えた神々は、己の依身となることができる「人間」という生き物を召還し、その身に宿る。
そして『闇』もまた人間に宿り、両陣営はすさまじい戦いを繰り広げたといわれた。
神々が宿った人間の中で、特に強いものを「勇者」と呼ぶ。
神になれなかった「闇」が宿った人間の中で、特に強いものを「魔王」と呼ぶ。
長い戦いが過ぎ、ついに「勇者」によって「魔王」は倒された。
しかし、倒された魔王の『闇』は再び多くの人間の身に宿り、黒い髪の一族が生まれる。
いつか再び、黒い髪の一族から「魔王」が生まれた時、「勇者」を召還して倒すべしー
「よいですか? 我々黒い髪の一族の中から、いつか魔王が生まれるかもしれないのです。だから我々は己の心の中にある『闇』と戦わなければなりません。だから己を律してー」
幼いころから何回も何回も聞かされた話に、ドンクルは退屈していた。
「はいはい。だから俺たちの一族って常に馬鹿にされて、辺境の地にしか住むことをゆるされないんでしょ。不公平だよなー」
ドンクルは思わず不平を漏らす。彼らが住むダクネス領とは、この世界で常に差別されている黒髪の一族が住む辺境の地である。はっきり言えば、流刑地も同然であった。
ドンクルのぼやきを聞いて、大神官の顔に悲しみが浮かぶ。
「仕方ありますまい。しかし、いつかは我々の中の『闇』も消えるといわれています」
「いつかって、いつだよ」
ドンクルが口を尖らせる。
「さあ……光の神ソレイユの予言に従えば、いつか『闇』をすべて封じることができる英雄が黒い髪の一族から現れると聞きます。我らはずっとその伝説の「闇の救世主」を待っておるのです」
大神官は厳かに言い放った。
「その辺が胡散臭いんだよな。俺たちの中から魔王が生まれるとか、救世主が生まれるとか、いったいどっちなんだよ」
「ふふ。ドンクル。それくらいにしておけよ。要は魔王より先に救世主が生まれればいいんだよ。いつか僕たちの中からね」
不満そうなドンクルを、アレクサンダーは優しくなだめた。
今まで黙っていた彼らの父、ゴーマンも初めて口を開く。
「アレクの言うとおりだ。だから、これから行う儀式を我々は続けねばならぬ」
ゴーマンが合図すると、神官が奥から恭しく三つの道具を持ってくる。
それは禍々しい闇をまとった、『剣』『鏡』『玉』だった。
「へえ……これが『三種の魔器』ですか。初めて見ました」
アレクサンダーは興味深そうに、ドンクルはつまらなさそうにみる。
「そうだ。我が家に伝わる、神々が闇を封じ込めたといわれる『腐凪の剣』『厄多の鏡』『禍玉』だ。これらの力を引き出すことができる者が、我らの救世主である『闇の救世主』だ。だが、次代の黒髪の一族の長になるものは、力を引き出せなくても制御はできなければならぬ」
ゴーマンが重々しく言い放つ。
「さあ、ではアレクから試してみるのだ」
父親の言葉に従い、まずアレクサンダーが身に着けてみた・
「こ、これは……すこい……闇の力が伝わってくる……」
アレクサンダーの端正な顔が苦痛にゆがむ。
しかし、徐々に三つの魔器から発せられていた禍々しい闇のオーラは静まっていった。
「ほう……ここまて制御できるとはな。見事だ。さすがアレクだ。正しい心をもっておる」
ゴーマンは自慢の息子が完璧に制御してみせたので、満足の表情を浮かべる。
アレクサンダーはそれを聞いて、照れくさそうに笑った。
「よし。次はドンクルの番だ」
そういわれて、ドンクルは面倒臭そうな顔になる。
「俺はいいよ。どうせ兄さんが跡をつぐんだし。なんかそれってヤバそうだし……」
三つの魔器からもれる闇の力を見て。完全にビビッている。
「馬鹿者! もしアレクに何かあったときは、貴様がダクネス家を継いで民を導かねばならないのだ!」
「でも……」
それでも躊躇するドンクルに向かって、アレクサンターは勇気づける。
「大丈夫だよ。僕にもできたんだから、ドンクルにもきっとできる。僕の弟なんだから」
兄に励まされ、ドンクルはしぶしぶ同意した。
「わ、わかったよ。だけど一度にするのは怖いから、一つずつな」
おそるおそる『腐凪の剣』を右手で受け取る。
「うわっ! 」
いきなり闇の力が全身を駆け巡り、激痛をもたらしたが、何とか耐えることができた。
「よくがんばったな。それじゃ……」
アレクサンダーはゆっくりと、『禍玉』をドンクルの首にかける。
「ぐっ……」
ドンクルは耐えられなくなって、その場にひざをついた。
「も、もういいだろ。俺はこれで限界で……」
必死に父親に頼み込むが、彼は無情にも首を振った。
「アレク、やれ! 」
「ですが……」
弟思いの彼は困惑している。
「かまわぬ。我々の存在価値は、魔器の制御ができることだ。だからこそ、我らは貴族として存在が許されている。それができぬものなど、ダクネス家には必要ない。勘当だ!」
父親は冷酷に言い放った。勘当と聞いて、ドンクルの顔色が変わる。
「わ、わかった。兄さん。頼む」
「い、いいのか?」
「あ、ああ。かまわない。勘当なんかされたら、この厳しいダクネス領でいきていけなくなる。だから、一思いに……」
「わかった。頑張れ! 」
ついに「厄多の鏡」がドンクルの左手に渡される。
「ぎわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
鏡の裏側についている取っ手に手を通した瞬間、すさまじい痛みが全身を駆け巡り、ドンクルは絶叫した。同時に魔器の中から大量の『闇』が発生し、ドンクルの全身を包み込む。
ドンクルの体は黒く染まっていった。
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