SUNDAY LIBRARY:岡崎 武志・評『ミステリ編集道』『映画の戦後』ほか

2015年06月09日

 ◇作家と作品を輝かす立役者

◆『ミステリ編集道』新保博久・著(本の雑誌社/税抜き2000円)

 どんなに優れた資質を持った作家でも、名編集者がいなければ世に出ないことを痛感。新保博久『ミステリ編集道』はその草創期から現代までを知り、乱歩、正史を知る博覧強記の著者が、13人のミステリ編集者にインタビューする。

 「今の編集者は夜、寝るでしょ?」と、不敵な発言は乱歩編集の『宝石』を支えた大坪直行。一回の原稿に三日徹夜するという。『ミステリー倶楽部』(新潮社)シリーズの佐藤誠一郎は、逢坂剛、佐々木譲、東野圭吾、高村薫などをサポート。船戸与一の原稿から「ボンカレー」の匂いをかぎ出し「不健康な生活」を案じた。

 『幻影城』島崎博、光文社・北村一男、東京創元社・戸川安宣、早川書房・染田屋茂など、いずれ劣らぬ強者(つわもの)で、この人たちがいたからこそ戦後ミステリが輝いた。

 国書刊行会で異端文学を手がけた藤原義也は「みんな、新作や新人を追いかけすぎ」と現行の出版界に苦言を呈す。黒衣(くろこ)のベールに隠された顔は、みなふてぶてしく、古武士のようであった。

◆『映画の戦後』川本三郎・著(七つ森書館/税抜き2200円)

 川本三郎『映画の戦後』は日米の映画を鑑賞、分析して、戦後70年の変遷を考察する。たとえば、高倉健とクリント・イーストウッド。ともにベトナム戦争が激化する時代にヒーローとなった。そこに「汚れ、屈折した」ヒーロー像と時代相を浮かび上がらせる。あるいは、黒澤明「素晴らしき日曜日」の旧新宿駅舎、千葉泰樹「東京の恋人」で銀座や勝鬨(かちどき)橋を走る都電に目を凝らし、嘆賞する。観るキャリアが、そのまま批評に結びついた幸福な論集。

◆『ヒポクラテスの誓い』中山七里・著(祥伝社/税抜き1600円)

 中山七里『ヒポクラテスの誓い』は法医学ミステリー。浦和医大の法医学教室に送られた研修医・真琴(まこと)がヒロイン。彼女を待ち受けるのは、傲岸な権威・光崎(みつざき)教授と、死体フリークのキャシー准教授だった。教室の入り口に掲げられたプレートには、生者と死者の区別はない、という「ヒポクラテスの誓い」が。凍死、事故死、病死など、警察が事件性なしと判断した遺体から、解剖医チームが真実を導き出す。法医学に魅せられるヒロインの成長小説でもある。

◆『満洲難民 三八度線に阻まれた命』井上卓弥・著(幻冬舎/税抜き1900円)

 太平洋戦争末期、ソ連軍の侵攻により、制圧された満洲国・新京。そこから朝鮮北部の町に逃げ延びた日本人たちがいた。井上卓弥『満洲難民 三八度線に阻まれた命』は、知られざる決死の脱出行を描くノンフィクション。飢えと寒さ、それに伝染病で次々と命を落とす子どもたち。国からも歴史からも黙殺された悲劇を、生き延びた人たちの証言、手記などから掘り起こす。その一人は著者の伯母であった。「当事者」の重みが全編に息づいている。

◆『昭和「娯楽の殿堂」の時代』三浦展・著(柏書房/税抜き1900円)

 三浦展(あつし)『昭和「娯楽の殿堂」の時代』が取り上げるのは、船橋ヘルスセンター、江東楽天地、府中・中山競馬場、そして各地にあったボウリング場やレジャービルなど。著者は、戦後にゼロから生み出された、これら「娯楽の殿堂」に、現代の無機質な都市再開発にない「泥臭く、汗臭く、人間臭い」パワフルさを発見する。錦糸町駅前にあった「楽天地」は、雑多でキッチュでアナーキー。戦後東京を「娯楽都市」という視点から見なおす。

◆『抗う島のシュプレヒコール』山城博明・著(岩波書店/税抜き2200円)

 戦後70年、日本復帰して43年。今もなお、基地の存在がもたらす理不尽な仕打ちを受ける沖縄は、集い、抗(あらが)い、闘い続けている。大学在学中から沖縄を撮り続けている山城博明の写真が、『抗う島のシュプレヒコール』として一冊にまとまった。炎上して黒焦げになった戦闘機、11万6千人が参加した県民大会、1970年のコザ暴動でひっくり返された外車、今も首や胸に残る「集団自決」の深い傷痕。見えない傷は、70年たった今も癒えてはいない。

◆『またやぶけの夕焼け』高野秀行・著(集英社文庫/税抜き520円)

 高野秀行は、辺境を独自の視点でルポする人気ノンフィクション作家。『またやぶけの夕焼け』で、1966年生まれの著者が、懐かしきワンパクの日々を小説にした。「ヒデユキ」は、八王子市の小学校に通う4年生。「またやぶけの冒険」「弟をスパルタする」「マタンキ野球場」「サルになりたい」というタイトル通り、毎日が冒険だった。魔球に挑戦、プロレスごっこ、クワガタ捕り、胸躍る少年らしき少年の姿は、お伽話(とぎ ばなし)のようで、どこか懐かしい。

◆『O・ヘンリー ニューヨーク小説集』O・ヘンリー/著(ちくま文庫/税抜き950円)

 短編の名手、O・ヘンリーの作品は各種文庫で手軽に読める。それをわざわざ『O・ヘンリー ニューヨーク小説集』(青山南+戸山翻訳農場訳)で出す意味とは? O・ヘンリーの作品からニューヨークを舞台にしたものだけを選ぶ。たとえば「春のアラカルト」「あさましい恋人」「ハーレムの悲劇」など。そこに当時の写真や絵をふんだんに織り込み、約100年前のニューヨークを現出させる。なるほど「まったく新しいO・ヘンリー体験」だ。

◆『代官の日常生活』西沢淳男・著(角川ソフィア文庫/税抜き920円)

 「水戸黄門」などの時代劇で「悪」の代表といえば「お代官さま」。賄賂を取り、農民から搾取する。しかし、本当に無能で悪政を続けていたなら、江戸300年の平安はなかった。西沢淳男『代官の日常生活』がそのことを証明してみせる。1200人を超える代官たちの経歴と生活をつぶさに調べあげ、悲喜こもごもの実態を示す。部下の不始末、頻繁な転勤、多額の借金、大地震の際の危機管理など、現在の「中間管理職」を彷彿(ほうふつ)させる。代官はつらいよ。

◆『小林カツ代と栗原はるみ』阿古真理・著(新潮新書/税抜き780円)

 料理研究家のレシピ本は数々あれど、阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ』は、彼女たちの存在そのものに着目する。手抜き、時短 料理で働く女性の時代に支持を得た小林カツ代。カリスマ化した栗原はるみの本は、実生活と家族をさらけ出し、共働き世代に「生活という裏づけのあるノンフィクション」として読まれた。そのほか、江上トミ、土井勝、辰巳芳子、高山なおみ、ケンタロウまで、料理研究家の仕事から、家庭の歴史の変遷を読み解く。

◆『従属国家論 日米戦後史の欺瞞』佐伯啓思・著(PHP新書/税抜き780円)

 佐伯啓思『従属国家論 日米戦後史の欺瞞(ぎまん)』は、タイトルこそ難解だが、「です・ます」調で、戦後日本が今に至って抱える問題点をわかりやすく整理した好著。自由と民主、平和を掲げた戦後日本のレジームは、二つのジレンマから機能しなくなっている。冷戦体制という「状況」下で、アメリカに従属してごまかし続けたが、今や平和憲法を謳(うた)いながら日米同盟を結ぶという「自己矛盾」を抱えている。その打開策を含め、必読の戦後日本論。

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 ◇おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年6月21日号より>

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