――長年高校野球を撮影されていますが、入局前の野球との関わりは?
梶谷:野球経験は小さいころに遊びでやっていた程度です。高校野球もテレビで見るぐらいでしたね。自分も通った高校が甲子園に出場したので、それをテレビ画面越しに応援していました。
横山:僕は野球が好きで甲子園に憧れていて、高校で野球部に入りました。当時はかなわなかった甲子園という目標を仕事で達成したいと夢見て、今の仕事についた部分もあります。
後藤:僕自身も小、中学校と野球をやっていましたが、高校で断念しました。小学校のとき、少年野球チームの先輩が甲子園出場を果たし、初めて甲子園へ応援に行ったことは思い出深いです。子どもながらに「すごい球場やなぁ…」と感じました。あとは祖父母の家で見た、1979年の延長18回まであった箕島対星稜の試合! 点数表に0がずらっと並んでいた様子を漠然と覚えています。
梶谷:僕の場合、初甲子園は仕事です。大阪局に異動してくると、すでに高校野球の撮影班が動いていて、球場を案内してもらいました。場内をぐるりとまわり、外野のカメラポジションに立ったときの両アルプスがすごい印象的で。わっと鳥肌立つぐらい、圧倒的なパワーを感じましたね。
横山:僕は親戚が大阪に住んでいました。だから甲子園には遊びに来たついでに、2、3回ぐらい連れていってもらったかな?
梶谷:野球経験は小さいころに遊びでやっていた程度です。高校野球もテレビで見るぐらいでしたね。自分も通った高校が甲子園に出場したので、それをテレビ画面越しに応援していました。
横山:僕は野球が好きで甲子園に憧れていて、高校で野球部に入りました。当時はかなわなかった甲子園という目標を仕事で達成したいと夢見て、今の仕事についた部分もあります。
後藤:僕自身も小、中学校と野球をやっていましたが、高校で断念しました。小学校のとき、少年野球チームの先輩が甲子園出場を果たし、初めて甲子園へ応援に行ったことは思い出深いです。子どもながらに「すごい球場やなぁ…」と感じました。あとは祖父母の家で見た、1979年の延長18回まであった箕島対星稜の試合! 点数表に0がずらっと並んでいた様子を漠然と覚えています。
梶谷:僕の場合、初甲子園は仕事です。大阪局に異動してくると、すでに高校野球の撮影班が動いていて、球場を案内してもらいました。場内をぐるりとまわり、外野のカメラポジションに立ったときの両アルプスがすごい印象的で。わっと鳥肌立つぐらい、圧倒的なパワーを感じましたね。
横山:僕は親戚が大阪に住んでいました。だから甲子園には遊びに来たついでに、2、3回ぐらい連れていってもらったかな?
――甲子園での記念すべき初仕事はいかがでしたか。
横山:甲子園で初めて3塁ベンチ横の4カメを担当したことは覚えているんですけど、不思議と試合中のことは記憶にないんですよ。憧れの甲子園での初仕事に、緊張と感動が混ざり合って頭が真っ白になってしまって…(苦笑)。
梶谷:両校の応援も含めて、場内の独特の雰囲気に飲まれちゃう人も多いよね。僕も初試合はいっぱいいっぱいになりながら、アルプススタンドのカメラを担当しました。アルプスのカメラって、初心者でも入りやすいんです。
後藤:梶谷さんと同じく、僕も最初はアルプススタンドだったと思います。ただ一生懸命必死にやっていたからか、全然記憶がないというのが正直なところです。
横山:甲子園で初めて3塁ベンチ横の4カメを担当したことは覚えているんですけど、不思議と試合中のことは記憶にないんですよ。憧れの甲子園での初仕事に、緊張と感動が混ざり合って頭が真っ白になってしまって…(苦笑)。
梶谷:両校の応援も含めて、場内の独特の雰囲気に飲まれちゃう人も多いよね。僕も初試合はいっぱいいっぱいになりながら、アルプススタンドのカメラを担当しました。アルプスのカメラって、初心者でも入りやすいんです。
後藤:梶谷さんと同じく、僕も最初はアルプススタンドだったと思います。ただ一生懸命必死にやっていたからか、全然記憶がないというのが正直なところです。
――その後、撮影を重ねるなかで経験した、特に思い出深い試合は?
後藤:初めてチーフをやらせてもらった2006年夏の駒大苫小牧対早稲田実業の決勝戦ですね。田中将大投手と斎藤佑樹投手の投げ合いが白熱し、延長15回の末、引き分け再試合にもなりました。
横山:この試合、僕は正面バックネット裏にある1カメ横のスロー専用カメラ担当でした。後藤さんが決勝戦用のスロー専用カメラを1カメの横に置くことを事前に使用申請しており、これがすごく良かった! 1カメ横だとピッチャーや野手の様子を押さえることが出来るので、田中投手と斎藤投手の表情がバンバン撮れてスロー映像もたくさん出せたんですよね。スロー専用カメラの位置が生きた試合でもあったと思います。カメラの申請は大会前ですから、まるで決勝の投手戦を予想したようでした。すごい直感です!
後藤:その翌年(2007)の決勝、佐賀北対広陵戦もすごかったですよね。
梶谷:佐賀北が僕らの目から見ていても「おいおい、どれだけ強うなんねん!」って思ってしまうほど、あれよあれよと大会期間中に強くなっていった。高校野球ではたまにこうしたチームに出会います。
後藤:逆転満塁ホームランもあの時でした。甲子園全体、なかでも佐賀北のアルプスは何か特別な雰囲気に包まれていたことを思い出します。
後藤:初めてチーフをやらせてもらった2006年夏の駒大苫小牧対早稲田実業の決勝戦ですね。田中将大投手と斎藤佑樹投手の投げ合いが白熱し、延長15回の末、引き分け再試合にもなりました。
横山:この試合、僕は正面バックネット裏にある1カメ横のスロー専用カメラ担当でした。後藤さんが決勝戦用のスロー専用カメラを1カメの横に置くことを事前に使用申請しており、これがすごく良かった! 1カメ横だとピッチャーや野手の様子を押さえることが出来るので、田中投手と斎藤投手の表情がバンバン撮れてスロー映像もたくさん出せたんですよね。スロー専用カメラの位置が生きた試合でもあったと思います。カメラの申請は大会前ですから、まるで決勝の投手戦を予想したようでした。すごい直感です!
後藤:その翌年(2007)の決勝、佐賀北対広陵戦もすごかったですよね。
梶谷:佐賀北が僕らの目から見ていても「おいおい、どれだけ強うなんねん!」って思ってしまうほど、あれよあれよと大会期間中に強くなっていった。高校野球ではたまにこうしたチームに出会います。
後藤:逆転満塁ホームランもあの時でした。甲子園全体、なかでも佐賀北のアルプスは何か特別な雰囲気に包まれていたことを思い出します。
――劇的なシーンも多い高校野球中継。どんな思いで撮影されていますか?
梶谷:僕らはレンズを通して、球児たちの表情を目の当たりにしてしまうんで、ポロっともらい泣きすることもありますよ。
後藤:アルプスのカメラを担当すると、必死に応援するお客さんたちの表情や、負けて泣き崩れた選手がチームメートに支えられながら挨拶する姿を目にします。そういう様子を見ると、やっぱり、ちょっとうるっとしますね。
梶谷:逆に言うと、現場で何かを感じることが出来ないと、良い画は作れないのではと思いますね。
横山:高校野球は負けたら最後ですから、こちらも一つ一つを大事に見せていきたいという思いでやっていますし、その分ぐっと来る場面もあります。
後藤:高校生たちが一生懸命頑張っている様子をどういうふうに撮影して、見ている人たちに届けたらよいのか。正解がない分、いつも「次はこうしたろ!」という気持ちをずっと持ち続けながら、撮影に臨んでいます。
梶谷:僕らはレンズを通して、球児たちの表情を目の当たりにしてしまうんで、ポロっともらい泣きすることもありますよ。
後藤:アルプスのカメラを担当すると、必死に応援するお客さんたちの表情や、負けて泣き崩れた選手がチームメートに支えられながら挨拶する姿を目にします。そういう様子を見ると、やっぱり、ちょっとうるっとしますね。
梶谷:逆に言うと、現場で何かを感じることが出来ないと、良い画は作れないのではと思いますね。
横山:高校野球は負けたら最後ですから、こちらも一つ一つを大事に見せていきたいという思いでやっていますし、その分ぐっと来る場面もあります。
後藤:高校生たちが一生懸命頑張っている様子をどういうふうに撮影して、見ている人たちに届けたらよいのか。正解がない分、いつも「次はこうしたろ!」という気持ちをずっと持ち続けながら、撮影に臨んでいます。