BEHIND THE SCENE - アナウンサー、技術陣などが、高校野球中継の裏側や、面白エピソードを披露。

放送の舞台裏

中継技術・映像対談 前編「お茶の間にきれいな映像を」

2015年7月16日

カメラから届く映像の色を調整して送り出す

町田 我々は映像業務に携わっています。ビデオエンジニア(Video Engineer)と言われていて、略して「VE(ブイイー)」さんなんて呼ばれています。
 仕事の内容は、映像にまつわること全般ですね。システムの設計と設置、撮影機材の調整、映像の色調調整など、いろいろあります。
 甲子園中継の場合は、まず、映像のシステムを組み上げるという仕事があります。システムとは、放送局のスタジオにある、副調整室の機能のことと思っていただければわかりやすいんじゃないかと思います。
 
鈴木 通常、中継をする場合、その副調整室の役割を果たすのが中継車です。そこから全国に映像を送り出すのですが、甲子園の中継だと中継車だけでは全然足りない。そこで、その中継車の機能を拡張するシステムを甲子園球場の脇に作ってしまうんです。プレハブ小屋を建ててその中に。我々はそれをスイッチングセンターと呼んでいます。

町田 それがシステムを組み上げるという仕事。中継の前段階の仕事です。そうしてシステムができあがったら、次は中継となるわけですが、僕らは、映像に関するオペレーションの仕事を担当します。簡単に言うと、プレハブや中継車の中で、カメラから届く映像の明るさを調整する仕事です。最近では、甲子園中継の場合、球場内では16台くらいのカメラを使うのですが、そのすべての映像の調整をするんです。

鈴木 映像の調整とはどういう仕事かと言いますと……人間の目は優秀なので、どんな明かりの下でも白い紙はちゃんと白とわかりますよね。でも、カメラはそうはいかなくて、本当は白い紙なのに光の加減で赤く見えたり青く見えたりします。それを、自然な色に見えるように、モニターを見ながら整えて、きれいな映像にしてお茶の間にお届けするんです。

町田 カメラも一台一台違うので、同じ色あいの映像になるわけではないんです。カメラによって赤かったり、青かったり、黄色かったりする。それを統一するんです。画面が切り替わるたび(撮影するカメラが変わるたび)違う色だったら困りますからね。つまり、すべて映像の色の調整は我々VEが担当しているということです。

鈴木 そういった映像の調整以外に、画面に出す文字なども我々の仕事です。野球でいえば、選手の名前や得点、BSO(ボール・ストライク・アウト)の表示などです。今ではそれらの仕事は専門の会社に担当していただいていますが、以前は自分たちでソフトを作ってやっていました。
 そうそう、そのBSOの周りに、ランナー表示がありますよね。ダイヤモンド型の図があって、ランナーの出塁状況を示すものです。あれは実はNHK大阪が始めたものなんですよ。

町田 今でこそ当たり前に、民放さんもアメリカの大リーグ中継でもやっていますけど、一番最初は大阪の技術部が開発したんです。
甲子園球場の敷地内に建てられたプレハブ内の映像システム(の一部)。ここでVE(映像担当)は、カメラから送られてくる映像の色をそろえ、全国のお茶の間に送り出す

ケーブルはかつて1000本。配線が間違っていたら、大変なことに…

ーーそれにしても、たった2週間前後の中継のためにわざわざプレハブを建て、そこにシステムをひとそろえ作ってしまうとは。ものすごく大がかりなんですね。

町田 それを2、3日で作り上げるんです。大会前日のリハーサルまでに完璧に準備しなければならないので。
 どのくらいの種類の機材があるのかなぁ……。わかりやすいところで言えば、例えばモニターは、周辺機材分も入れると100台くらいはありますね。カメラの台数分プラス、VTRとか、スロー再生用などいろいろありますから。 
 でも、最近は技術の進化に伴い、ケーブルの本数が減ってきています。ちょっと前までは、1000本くらいはあったんじゃないかなぁ。正確な本数はわからないけど、まぁ、それでも数百本はある。

鈴木 球場と中継車をつなぐケーブルも、以前はこんなふうにして(写真)大量のケーブルを直接張っていたんですが、安全面とか美観上のこともあって埋設されるようになりました。最近はどの球場や競技場でも、中継用のケーブルが埋設されていることが多いです。
ーーそれでも数百本。1本でも配線を間違ったら……。

町田 すごく大変なんですよ。配線には設計図(映像図面)があって、映像担当チーフというリーダー的役割の人間が作成します。その図面が間違っていると、大変なことになるわけです。だからこそ、きちんと設計しなければいけません。

 僕は20代半ばでチーフをやらせてもらいましたが、ものすごい勉強になりました。当時は、ハイビジョン中継への移行準備期で、民放さんと共同で番組を作っていましたし、のちにオリンピックにも行かせてもらったりしましたが、すべて甲子園での経験が生きた。甲子園は勉強する場所ではなく、最高の仕事をするための場所ですが、それでも僕は甲子園中継に育ててもらったと思っています。
かつて甲子園球場で使用していたケーブルは1000本以上あったとか。カメラと映像システムとをつなぐ生命線だ

朝はレフト方向から日が昇り……。すべて経験と技術で調整する

ーー映像の色をそろえるのが大事なお仕事の一つとのことですが、そもそもどうやってそろえるのでしょうか。目安となる数値などはあるのですか?

鈴木 数値化はできないんですよ。すべて経験と技術です。

町田 甲子園中継は、1試合につき、VE1人でだいたい3台のカメラを担当します。カメラが16台とするとVEは4~5人になりますが、その4~5人に、チーフという立場の人間が、その試合の流れを読みながら指示を出します。もうちょっと明るくして、とか暗くして、とか。

鈴木 色をそろえるといっても、その瞬間だけそろっていればいいわけではありません。その試合を通して、1日を通して、なおかつ大会を通してそろえ、さらには毎年その同じ色を再現しなければなりません。チーフという立場の人間は、それができるような技術とセンスが必要になります。当然、各VEも、その指示に対応できる技術が必要です。試合が変わるたびに色がコロコロ変わっていたらおかしいですからね。

町田 しかも、甲子園中継は朝から晩まで、屋外で1日中放送を続けるわけです。朝はレフト方向から、お日さんが昇り、そしてライト方向に降りていき……と太陽の位置だけでも刻々と変化する。夕方になったらナイター照明も付きますしね。それだけじゃなくて、1日の中でも晴れたり曇ったり、雨降ったりと天気も変わります。なので、1日の中でのトーンを合わせるというところもまた大事なんですね。
 もっと言うなら……甲子園の雰囲気を再現できていなければだめ。甲子園に来たことがある人が中継を観たときに「甲子園の土の色はこんなやったっけ?」と思わせてもいけないんです。
ーー甲子園の雰囲気?

町田 甲子園の土の色であったり、芝の色であったり。甲子園の雰囲気を作っている色があります。そういう色から醸し出されてできているあの場の雰囲気を、できるかぎり忠実に再現するのです。
 だけど、その土の色も時間の経過とともに変化します。試合前に水まきをしますが、暑さでどんどん水分が飛んでいって、色が変わっていき、それでまた試合中に水をまくからまた変わって、と。それも、その変化に合わせて色を調整していくんです。土の色の印象ってすごく強いんですよ。映る面積が大きいですからね。
バックネット裏から見る開会式の様子。開会式ではカメラの故障が多いというのも意外な事実だ。映像担当は球場の芝や土の色を忠実に再現し、甲子園の雰囲気を伝える
鈴木 試合の流れを読んだり、ディレクターの指示やアナウンサーのコメントを聞いたりして、先の先を読んで画を作るのもまた面白いんです。カメラマンってね、試合が盛り上がってきたり熱くなってくると、いろんなものを撮りたいから、映像的に厳しいところにもガンガン行く。でも、我々VEとしては何とかそれを生かしたい。だから、こっちも最大の力を使って最高の調整をする。

町田 いくら技術が進化したからと言って、映像を明るくするのにも限度があるんです。でも、せっかくカメラマンが撮りに行ってるんだから、なんとか僕たちもがんばって、ほんのちょっと画質が悪くなっても、放送に足るものにするために努力する。

鈴木 カメラマンがそこまで行って撮りたいと思っているのは、やっぱりその場面に必要だから。その気持ちを理解して、カメラマンと呼吸が合って、きれいな映像にしてお茶の間に送り出せたら、やっぱり最高に気持ちいいです。だから、僕は自分の仕事をカメラマンの相棒やと思ってるんです。

町田 相棒ですか……。僕は同志、いや戦友かな。お互いに良い中継にするために戦ってるという感じかなぁ。

(後編へつづく)

※NHKサイトを離れます