2015-08-26

現代文講師が「共産党キモ増田」の醜悪さを読解する。

http://anond.hatelabo.jp/20150824225306

この炎上した増田、後半にいくにつれどんどんポエミーになっていき意味がとれず気持ち悪かったので読解してみた。

おおまかなストーリー

増田大学時代、「美人で"誰にでも優しい"」女の子を好きになる。無謀にも二度も告白してふられるが、女の子(以下、共子)の優しさから関係を切られることなく今に至る。しかし、最近になって共子は共産党投票していたことがわかる。増田は共子との関係を切ろうとするが、そこには様々な精神葛藤があった。

以下、読解

大学時代勇気を出して二度も告白したがダメだった。無謀というか、距離の詰め方を知らなかった当時の自分の当然の帰結だ。

増田は本人も自覚している通りコミュ障のようで、それゆえ女友達も「数少ない」。だから、そんな自分に対しても優しいというだけで共子に一方的な恋心を抱いてしまう。

ここで面白いのは、「"誰にでも優しい"」と敢えて強調しているように、その優しさがみんなに向けたもので、自分だけに向いているものではないことがわかっている点である

自分の数少ない女友達の中では、断トツで顔も性格も体も良かったのは確かだ。

この「体も良かった」に初見では違和感を覚えた。体の関係があったことを匂わせる表現からだ。だが、本文から増田と共子の間にそのような関係があったとは考えにくい。

増田の歪んだ自尊心が書かせた「強がってみた」表現だろう。

日本には信教の自由がある

この部分から増田共産党公明党を間違えているのではないか?というコメントもあったが、のちほど増田は「自分思想で人を差別」しないと書いていることから信教の自由」の方がミスで、共産党で合っていると思う。

しかし、今思うと、天使に見えていた彼女はただ単に周りに上から施しを与えていただけで、彼女人間所以ではなかったということだ。

その偽善的な優越感に今は憎しみすら感じている。

この壮絶な逆恨みは一昔前のインテリ左翼に対するイメージに通じるものがある。個人的には宮崎駿の「風立ちぬ」の中の、エリート主人公が道で出会った貧しい姉弟にシベリアというお菓子を恵んでやろうして拒否されるシーンを思い出した。

まあ、増田にとってみれば、彼女の優しさは恵まれない人間に対する上から目線の施しであり、それが増田の膨れ上がった自尊心を傷つけたということだろう。

仕方ない。

二度も恥をかかされたのだから。騙されていたのだから

「二度も恥をかかされた」は二度の告白を指していて、「騙されていた」は上で述べたように、増田が共子を好きになった理由である優しさが本物ではなかったということを指している。

しかし、自分という人間の卑小さに嫌々するが、自分の中に打算的な考えが湧いてきて、彼女との関係性の今後についての切断処理に躊躇がある。

早く縁を切るべきなのに、「数少ない女友達の中では、断トツで顔も性格も体も断トツで顔も性格も体も良い」共子との関係を切ることに躊躇している。ようするに下心を捨てられないということだ。

ある意味ですっきりした部分もある。少しばかり自分の見る目のなさを反省すればいいだけの話なのだから自分責任というのは、人に責任押し付けるよりも前に進みやすい。

そもそも共子は100%悪くない=増田100%逆恨みなのに、それを自分責任と捉えて前に進む俺カッケーというアクロバティックな自己愛が炸裂している。ここがキモさのクライマックスかと思いきや、まだまだ続く。

現実的なところでは、彼女のためにも、いきなり関係性を切るのはやめて、ゆるくその時がくるまで付き合っていくんだろう。自分もそれぐらいの大人ではある。

彼女のためにも」「自分もそれぐらいの大人」あたりの勘違いっぷりが輝いている。「その時」とは自然関係性が切れる時のことだろう。

しろ、変な期待感を持っているよりも、欲望に忠実になれていいかもしれない。

自分思想で人を差別するほどクズではないのだから

「変な期待感」とはなんのことだろうか?「欲望」とは共子に対する肉欲だろう。それと対比させると、「変な期待感」はようするに三度目の正直ということではないだろうか。

まり、この文章は「もう一度告白して付き合うとかもういいし、一回ぐらいヤリたい」という意味だろう。

この後に「思想で人を差別しない」と続くことは、驚くべきことに「俺は共産党の女だって抱けるぜ偉いだろ」というアピールなのである

誠実さとは期待感であり、欲望とは諦念である、といったところか。

”変な期待感”と、”未来の供養”のために書いてみた。

最後の二文、増田ポエムが最高潮に達し意味不明になっているところだが、これまでの読みから、「誠実さ」は「告白し付き合うこと」であり、欲望は「共子に対する肉欲」である

増田は二度ふられながらも共子とまだ付き合えると思っていたから、告白するという誠実さ(!)を持っていたが、もういいやとなったら「ヤリたい」しか残らなくなった。ということだろう。

あえて改行された最後の文、「変な期待感」は前述の「もう一度告白し付き合うこと」であり、「未来の供養」ははたせなかった未来

まりそれは、増田夢想した共子との輝かしい未来なのだろう。

増田ってただのストーカーじゃないの?

増田は共子と友達のつもりだが、距離感をつめずに告白したと本人が認識しているあたり、まず間違いなく二人で遊んだことはない。ゼミが同じだった、ぐらいの距離感じゃないだろうか。政治に関心の高い共子だが、増田は今までその政治信条に気づかなかったことからも大して仲良くないことがわかる。

で、告白に失敗したあとも友達だったと増田はのたまうが、ゼミの知り合い程度の付き合いで大学卒業後に会うことはなかなかない。

ここから100%想像だが、FacebookTwitter一方的コメントしたり返信したりするぐらいの関係だったんじゃないだろうか。それでも共子が一回でも返信すれば友人関係増田の中で続いていることになる。で、昨今の安保法制関連、例えばシールズなんかの話題で共子が何かをつぶやいたんじゃないだろうか。

それぐらいがありえそうな話だ。

釣り

何件か釣りかというコメントがあったけど、読むかぎり確かな証拠はない。

左翼の多いはてなにはこんなネトウヨはいない、だから釣りだ」というトラバがあったが、最近はてなでも(右翼ではない)ネトウヨを沢山見る。Google+でログインできるようにもなったし、ユーザー層が変わってきてるんじゃないだろうか。

また、この増田に似ている文体増田ではみたことがないし、その点でも釣りかどうか断定することはできない。

結局のところ、釣り釣りでないか、どちらにしろ憶測しかないということだ。(現代文でもしそんな選択肢があったらどっちも不正解だよ)

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