どうなる庶民派昭和グルメ 閉店・移転の決断相次ぐ 福岡市・天神再開発 [福岡県]
うまくて、安くて、ボリューム満点-。昭和、平成とサラリーマンの胃袋を満たしてきた福岡市・天神1丁目地区の老舗名物飲食店が、存亡の機を迎えている。老朽化が進むビル群の再開発計画に伴いテナント料の値上がりが確実視されており、廃業や移転を検討している店が少なくないからだ。カツ丼、天ぷら、皿うどん…。古き良き時代の味をこよなく愛する常連客は気もそぞろだ。
1杯700円。香ばしい揚げ油としょうゆの甘い香りが食欲をかき立てる。カツ丼店「友楽」は男性客に圧倒的な人気を誇る。終戦直後にすし店として開店し、15年ほど前にカツ丼専門店に衣替えした。おかみの江頭恵子さん(63)は「都心から離れ、家賃の安い郊外に行くしかないよね」。
友楽が構える福神ビルには7店が入居。築40年を超えており、地場デベロッパーの福岡地所が地権者と新たな借地契約を結んだ上でビルの建て替えを決定。全店が年末までに店じまいするという。
「そのまま引退します」。天ぷら定食を500円で提供する「寿」店主の木下博義さん(71)は打ち明けた。先代から継いだ店は創業60年超。バラックが並ぶ戦後間もない時代から街の移ろいを見てきた。「寂しさ半分、ほっとした気持ちも半分ですね」と、複雑な胸の内を語った。
喫茶店「コービン」の黒田浩敏さん(63)も閉店を決意した。商談、密談、暇つぶし…。約40年間、さまざまな人が集ってきた。公衆電話があるから待ち合わせに欠かせなかった店も、携帯電話の普及で雰囲気が一変。黒田さんは「時代が変われば街も変わる。しょうがないよね」とぽつり。
グラタンとドリアが自慢の「アントン」は女性客が9割。「常連さんはやめないで言ってくれたり移転先を尋ねてくれたり。ありがたい」と店主の古賀昭さん(66)。移転先は決まっていないが、店は続けるという。
福神ビルに隣接する5階建てビルの中華料理店「新生飯店」も古くからの常連でにぎわう。名物の皿うどん、チャンポンはともに580円。再開発に伴って取り壊される可能性が高いという。店主の足立楽友さん(62)は「新ビルに出店する資金力はない。取り壊しが決まったら店を畳むか…」と言葉少な。60代の常連客は「昔から変わらず期待を裏切らない味。なくなったら困る」と肩を落とす。
再開発は、市が指定を受けた創業と雇用創出を促す国家戦略特区のプロジェクトの一つ。高島宗一郎市長は「天神ビッグバン」と名付け、アジアの拠点都市としての役割と機能を高めたいと意気込む。その“志”はいいとしても、懐かしの味が天神から消えゆくのは寂しい。「昭和庶民派グルメ特区」。そんな発想があってもいいと思う。
=2015/08/18 西日本新聞=