怪異と信仰に向き合う医師――『魔法医師の診療記録』

今回取り上げるライトノベルはこちら、ガガガ文庫の新作です。



作者の手代木正太郎氏は『王子降臨』で第7回小学館ライトノベル大賞「優秀賞」を受賞してデビューした作家で、映画『楽園追放』のスピンオフノベライズも手がけていた作家ですが、今回ふたたび新作をひっさげての登場となりました。

本作の舞台はヨーロッパ風世界(詳細については後述)ですが、吸血鬼や狼男といった「妖物(モンストル)が存在している世界。
そしてこの世界においては、そうした妖物は実は「ドゥン」という不可視の存在に感染することによって起こる病気であり、魔法を用いてそれを治療するのが「魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)です(ちなみに、そうした「妖病(ダミナス・ミナトゥム)に限らず、一般の傷病を治療する技術も魔法医師は備えています)。
主人公のクリミアは16歳の少女にして、腕の立つ魔法医師。相棒のヴィクターは看護師(アンフィルミエ)の青年です。
二人はヴィクターが冒されている難病を治療するために必要なものを求めて、各地の患者を診療しながら旅を続けているのでした。

ただ、この世界において権勢を振るっている教会は妖物を呪詛(マレフィキア)の仕業を見なし、魔法医師を妖術師(ソルシエ)と同一視して異端と認定し、攻撃しています。
そして、この度クリミアとヴィクターが診ることになった患者は、他でもないその教会関係者――サミュエル・アスカリド神父でした。
魔法医師を拒絶するに決まっている患者を引き受けるという困難なミッション。加えて、サミュエル神父と生き別れの妹の事情、その地で圧政を敷いているキュルヴァル教区長の陰謀、異端者狩りを任とする教会所属の異能の武装集団「鉄槌(マルテル)なども関わり、話は一大活劇に……

吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるという伝承はいかにも感染症を連想させますし、これが感染による病気だという設定は納得しやすいのではないでしょうか。

話は中盤からは一気に山田風太郎の忍法帖的なノリのバトル物になります。たとえば「鉄槌」の一人ガロットの使う、体内に隠し持った縄を口から射出する「鉄槌聖法(マルテルミラコロ)〈腸車(はらわたぐるま)〉」といった一例を挙げればお分かりでしょうか。そうした異形の技の分かったような分からないような(しかし妙に細かく仰々しい)説明も同様です(山田風太郎の忍法帖の場合、疑似科学的な説明は初期のものに多く次第に見られなくなりますが)。
はたまた、

 看護流柔術(アンフィバーリツ)――と言えば、二十数年前の戦で従軍看護師であったフレデリーク・ナイチンゲールなる一人の女傑が、医師と患者とを守護するため編み出した護身術である。
 (手代木正太郎『魔法医師の診療記録』、小学館、2015、p. 120)


と『魁!!男塾』の民明書房ばりのトンデモ設定を披露してみたり。

そうしたぶっ飛んだ要素もあり、また登場人物が容赦なく死に、主要人物についてすら必ずしも幸せにはならないハードな部分もありで、活劇として、普通にまずまずの読み応えのある作品です。

医術に関しても、魔法医師がやるのはいわゆる手かざしで治療する治癒魔法の類ではなく、患部のスキャン、麻酔、消毒といった作業に魔法を使って行う手術であって、冒頭から開頭手術で始まるなどその描写もなかなか念入りです。
さらに、「信仰上の理由で治療を拒否する患者」という問題を描いているのもポイント。
クリミアは、いかなる障害があろうと一度受け持った患者は決して見放さない、という医師としての信念を持っていますが、他方で患者の意に染まぬ治療を無理矢理行ってはならないとも考えており、魔法医療の正当さをきちんと理解してもらおうとします。
しかし、たとえ魔法医師が呪詛を行う妖術師や詐欺師の類ではないと理解してもらえたところで、魔法の理論が教会にとって「異端的」であることまで変わるわけではありません。
それは頑迷と言えば頑迷なのでしょうけれど、そうして信念を貫くサミュエルの姿にも立派なものがあるのを(むしろ過剰なくらいに)描いており、単に「正しい知識が迷妄に勝利する」という話になっていないのも好印象です。

ただ、やや気にかかるのは世界観です。
最初の方で

 前世紀に比べ、科学や医術が格段に発達した今でも、妖異な事件がたびたび起こる。(……)
 (同書、p. 24)


とあり、さらに乗合バスや無線の登場、医学知識(魔法医師のではなく、作中世界での公式医学の)などを見るに、文明レベルは19世紀~20世紀初頭くらいの水準に達しているようです。
しかし他方で、中世めいた異端審問官が権勢を振るっているという世界。また教会の腐敗を批判するサミュエルはいかにもルネサンスから宗教改革期の宗教改革者のイメージです。

別に私は、「この世界は中世なのか近代なのか」ということを問いたいのではありません。
歴史とは1回きりのものであり、古代・中世・近世・近代というのはその中の西洋史を基準にした区分です。全ての世界がそれに当て嵌まらねばならない理由などありません。ですから、上述の点の共存は、それ自体としておかしいのではないのですし、作品の味の内と言っても良いでしょう。

ただし、引っ掛かるのは、教会があくまで魔法医師の知識と技術一切を「異端」として退けているという点です。
ことは「宇宙はどういうふうにできているのか」という類の話ではなく、人の生死と実生活に関わる事柄です。
そこにおいて魔法医師による治療は確かな実効性を持っているのに、それを退け続けることができるものでしょうか。そこまで頑迷では、教会の権威も保たないのではありますまいか。民衆は、実生活に関係のあることについてこそ敏感です。

これは上述のサミュエルのエピソードとは少し次元を異にすることでして、現代でも信仰上の理由から特定の治療を拒否する人はいます。しかしそれと、世間全体がその知識を拒絶することは、おそらく別問題でしょう。

多分、この世界では魔法医師というのは決して数の多い存在ではなく、魔法医師に自らや周辺の人々の生死を左右されたという人は多くはないのだと思われます。
だからその社会的影響力は大きくない……のかも知れませんが、それで済むものなのかどうか、疑問は残ります。


後は、漢字にカタカナのルビを振った用語でしょうか。
タイトルにもなっている「メディサン・ドゥ・マージ」を初めとして、作中世界の基本的な用語はフランス語のようです。
しかしこれが魔法医術の用語となると、現実の西洋でもありそうなラテン語・ギリシア語由来の単語はもちろん、生体兆候(バイタル・サイン)と現代医学用語っぽい英語になったり、ヘブライ語のようなものだったり(ちなみに「経穴」に「セフィラ」とルビを振ったりしていますが、ヘブライ語の「セフィラ」は普通なら「数えること」「暦」を指す単語なので、合っているようなそうでもないような微妙なところ。その他、ヘブライ語に関してはほとんど漢字の意味と合ってはいません)、はたまた「性の火」と書いて「シャクティ」とサンスクリット語だったりと自由自在です。

通例なら、こういう用語は分野によってある程度の統一を図るものなのかも知れませんが、しかしこのカオス具合も味でしょうか。
(ちなみにもっとこだわり始めると、タイトルで medecin du mage と表記しているならフランス語での発音はむしろ「メドゥサン・デュ・マージ(ュ)」じゃないかとか――まあこれは、作中世界の言語は現代標準フランス語とは違うと言われればそれまでですが――、そもそも mage = 魔術師、magie = 魔法なのだから、「魔法医師」ならむしろ medecin de magie の方が適切じゃないかといった疑問も生じてきますが、まあいいでしょう)


文章的には、特定人物の視点にあまり縛られない三人称の語りながら、時にナレーションそのものが演出がかっているのがこの作者の特徴でしょうか。
たとえば、敵キャラであるキュルヴァル教区長が一人でいる場面で、その独り言の内容に不穏なものがあるのを指摘した上で「果たして、この教区長、何者なのか!?」(p. 145)と地の文で語っていたりします。
確かに、敵キャラの私室や独り言を描くことでその不気味さや正体を示唆する、という技法は存在します。ただ、そういう演出は往々にして映像を意識したものになりがちで、ともすれば単に映像をそのまま伝えているような味気なさに陥ることもあります。
もちろん、そうではなく優れた演出を行える作家もいますが、こういう調子でナレーターが盛り上げるのは、ライトノベルでは少数派のように思います。講談調とでも言いましょうか。







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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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