「戦争体験を聞く」ということについてのまとめが話題になっています。
「戦争体験を聞いてきなさい」と課題をだす教員は、戦争の悲惨さを生徒が学んできてくれればよい、と考えるのではないでしょうか。でも、戦争といっても太平洋戦争だけではないし、いろいろな戦争があります。また、特定の戦争の中でも、どのような立場でそれに参加したかによって、体験するものはまるで異なります。
戦争はいろいろな顔をもち、矛盾に満ちたものです。
ジョン・キーガンらの「戦いの世界史」は、このような序文から始まっています。
奇妙な存在、戦争。その流血と残虐、苦痛悲嘆と涙ゆえに、まっとうな人間なら、最大級、絶対的な嫌悪を覚えるはずだ。そうに決まっている。おおむね、そうだ。しかし、しかしである・・・。
今回は「戦いの世界史」の中で「戦争体験」の章から、人が戦場で出会う、戦争のさまざまな横顔を垣間見てみましょう。本書は戦争が「どのようであった」かを、各兵科や戦争のさまざまな要素別に記述した大著です。
尊敬すべきサディスト
太平洋戦争という特定の戦争についてさえ、体験した人の立場によって、経験したことはさまざまでしょう。いや、特定の個人においてさえ、矛盾した感情を抱いたりもします。本書では当時の日本兵についてこう述べられています。
第二次世界大戦中、日本人はサムライの倫理を近代軍隊と継ぎ合わせ、恐るべき結果をもたらした。…捕虜は虐待され、日本軍が進んだところでは、身の毛もよだつ蛮行が生起した。…
強姦や大量虐殺、拷問を生み出したその同じ価値規範により、日本軍を憎む理由に事欠かないような多くのひとびとにまで感銘を与えるヒロイズムが鼓吹された。
…マレーでオーストラリア軍の下士官として戦ったケン・ハリソンは、戦闘、そして捕虜収容所において、日本兵をよく知ることとなった。
「顔かたちや体格はさまざまだが、ほとんどの連中は野蛮でサディストだった…だが、良いか悪いか、優しいか嗜虐的かに関係なく、やつらは優れた美徳を持っていた。…あの時代、比類し得るものがない勇ましさだったと確信する。ほかの資質はさておき、やつらは、私にとっては、うらやむべき勇敢な日本兵だった」(p62)
敵に対して、兵士は矛盾した感情をいだくようです。戦友を殺した敵を憎悪する者もいれば、健気に敢闘した敵兵の死骸に「大したやつだ」と賞賛の声をかける者もいます。
時として有能な敵兵に尊敬を覚え、足手まといの味方を敵よりも憎む者もいます。そのどちらも、味方を多く殺すという点では何の違いもないはずなのですが。
戦場における人の感情は、単純ではないようです。
人を殺す楽しさ。人を殺す恐怖。
前線の兵士は、敵と殺し合いをします。殺人を犯したときの罪の意識は、戦後までその人を苦しめる例がまま見られます。
あるイスラエルの空挺部隊員は、1967年のイェルサレム旧市街奪取に際して、ヨルダン人の大男と対し、それを味わった。
「一瞬、俺たちは互いに見つめ合っていた。やつを殺すかどうかは、俺に、俺だけにかかっている。ここには、他に誰もいないのだ。すべてが終わるのに、一秒ほどもかからなかったに違いない。
が、それは、スローモーション動画のように、俺の心に刷り込まれた。あわててウージー短機関銃を撃つと、やつの左1メートルほどの壁に銃弾がぶちまけられるのがわかった。のろのろと、そう、実にのろいぞと感じながら、ウージーを動かし、やつの身体に命中させた。
滑り落ち、膝をついた男は、頭をあげた。恐ろしい、苦痛と憎悪にゆがんだ顔だった。ああ、なんて憎しみだったろう。もう一度撃つと、何発かが頭に当たった。たくさんの血が流れ…俺は、残った仲間が来るまで吐き続けていた」(p348-349)
その一方で、殺人の歓びを感じていた人もいます。
「ちょうど鹿撃ちのように、ある人物、生きている何ものかを追うには達成感があるのだ」と、ヴェトナム戦争に従軍した、あるグリーンベレーは語る。
「射撃と殺しを楽しんだ」と、別のベトナム従軍者も断言する。「東洋人野郎が撃たれたのを見たときには、本当に興奮した」(p349-350)
人は人を殺すことを楽しむことができます。同時に、人は殺人を嫌がる生き物です。この2つの性質は矛盾しているようですが、どちらも人間の備えた性質であるようです。
兵士は愛国心のために戦う?
バートランド・ラッセルは「愛国心とは、とるにたらない理由のために殺したり殺されたりする意志のことである(Patriotism is the willingness to kill and be killed for trivial reasons)」という警句を残しています。しかし、戦場で兵士たちを動かすのは、必ずしも愛国心やイデオロギーへの信奉といった思想信条ではないようです。
戦争が進むにつれ、愛国心やイデオロギーの重要性は薄れる。「愛国心は、塹壕においてはあまりに現実ばなれした情緒であり、民間人や捕虜にのみふさわしいものとして、すぐに拒絶された」と、ロバート・グレイヴス大尉はみなしている。
第二次世界大戦末期に捕虜になった、あるドイツ軍の軍曹は、尋問で部下たちの政治的信条について問われた際、笑い出して、こう言った。
「そんな質問をするようじゃ、なぜ兵隊が戦うのか、あんたはちっともわかってないというのがお見通しになっちまうぜ。兵隊は穴ぐらに這いつくばって、つぎの日も生き延びられれば、それで幸せ。考えているのは、戦争が終わって家に帰ることばかりだ」(p60)
それでは、兵士は無事に生きて帰ることだけを考え、自分たちの命を惜しむものなのでしょうか? そうとも言えません。
兵士は生きて帰るために戦う?
古今の戦場は、自ら死にむかって突撃し、ついに勝利した兵たちの死骸と英雄譚に満ちています。
「ダイハード」はブルース・ウィルス主演のハリウッド映画ですが、かつてイギリス軍中にも「die hard(なかなか死なない)」と呼ばれた部隊がありました。殺されても、殺されても、前進を続けた兵士たちの部隊。1811年、イベリア半島でナポレオン軍と戦ったイギリス軍の第57連隊です。
第57連隊のイングルズ大佐は、ブドウ弾に肺をつらぬかれ、地面に倒れ伏しながらも「くたばるな(die hard)、第57連隊、くたばってたまるか」と繰り返していた。さらに銃兵旅団が到着し、階級が少佐以上の将校すべてが命中弾を受けつつも着実に前進した結果、ついに戦勢は逆転し、フランス軍は退却をはじめた。
だが、不屈の戦いぶりを見せたイギリス軍歩兵の損害は甚大だった。…第57連隊のほうは、600名中160名が残るのみで、新しくついたニックネーム「ダイ・ハード連隊」にふさわしいありさまだった。
…フランス軍司令官スルート元帥は、自らの敗北の原因を、こうした将兵の死に物狂いの勇武に帰した。「これらの部隊に壊滅ということはない」と、元帥はぼやいている。「彼らは完全に壊滅しており、勝利は我が手にあった。だのに、あのものたちはそれを認めず、逃げ出そうともしなかったのだ」(p58)
兵士が生還を望んでいるだけだとすれば、このような部隊はあらわれないはずです。 「くたばるな」と言いつつ、味方が次々と殺されて、次は自分も死ぬに違いないと思えても、人は前進することができます。死にたくないはずなのに、死にむかって突撃していくのです。
人と戦争のパラドクス
戦争は、それ自体、矛盾に満ちた営みです。なにせたいていの戦争は、生存のために行われる殺し合いなのですから。馬鹿げているといえば、これほど馬鹿げたことはないでしょう。ですが人の戦争への感情は、それ以上に複雑かもしれません。
人は戦争を嫌がりながら、自らその中に進んで行くことができます。人を殺すことを嫌がりながら、虐殺を楽しむことができます。戦いを嫌悪しながら、戦いの中に美徳を見出します。
人は、個人としてはともかく、社会や種族としてみたとき、人類は戦争を憎みながら愛し、嫌がりながら楽しむことができるのです。人が戦争を単に嫌がるだけの生き物であれば、戦争などとっくに根絶されているでしょう。
あるアメリカ人は、この人間の戦争体験にまつわる二律背反を総括して、このように述べた。「狂気じみているかもしれない。けれども、たまにヴェトナムのことを考えると、ほんの一時間だけ、あそこに戻れたらと願ってしまう。たぶん、そこに連れて行かれたら、今度は帰してくれと望むのだろうが」(p360)
冒頭に紹介した「戦争体験を聞いてきなさい」というような課題を平和学習のために出すとすれば、おそらく「戦争はいけない、平和は大事だと思った」という「模範感想」が暗に期待されているのかもしれません。
でも、そのような感想を引き出しても、戦争はなくならないでしょう。第二次世界大戦を引き起こした人々は、この上なく悲惨だった第一次世界大戦の戦争体験を持っていました。聞きかじりではなく、実体験として。それでも、戦争への道を歩んだのです。
戦争体験を聞いたり、読んだりするならば「戦争は悲惨だ」「平和は尊い」という点を学ぶのはもちろんですが、もう一歩踏み込んで「戦争がそんなに嫌なものならば、なぜ人は時に戦争に熱狂したり、戦場に美徳を見出したりするのか?」と疑問をもち、戦争と人間の複雑さを考えることが必要なのではないでしょうか。
そうではなく、仮に暗に期待される「模範感想」をなぞらせるだけの教育で終わってしまったら、国策に反対できない「空気」の力で反対意見を封殺した社会の意思決定と、あまり違わないように思えます。
- 作者: ジョンキーガン,ジョンガウ,リチャードホームズ,John Keegan,John Gau,Richard Holmes,大木毅
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2014/07/04
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