問題は障害云々ではなく捨て扶持論
ネット上で結構騒ぎになっているようですが、
http://news.i-cybernet.com/news-id73678.html (ホリエモン「障害者は働くな。無駄」「多くは社会的にはプラスにはならないよ。したいならやり方を考えよう」)
http://yasuyukiarakawa.hatenablog.com/entry/2015/08/24/100929 (【検証】障害者差別発言とされているホリエモンのツイッターを順番に読んでみた(解説付き))
話が障害者差別か否かという方向にねじれてしまっているようですが、いうまでもなくホリエモン氏の昔からの持論は、障害者であるか否かを問わず、生産性の低い人間は下手に働いて人に迷惑をかけるんじゃなく、黙って捨て扶持をもらって引っ込んでろ、という点にあります。
わたしが、『日本の論点2010』の「ベーシックインカム論の落とし穴」で指摘したのも、まさにその点でした。
・・・・・上述でも垣間見えるように、BI論とネオリベラリズムとは極めて親和性が高い。例えば現代日本でBIを唱道する一人に金融専門家の山崎元がいるが、彼はブログで「私がベーシックインカムを支持する大きな理由の一つは、これが『小さな政府』を実現する手段として有効だからだ」、「賃金が安くてもベーシックインカムと合わせると生活が成立するので、安い賃金を受け入れるようになる効果もある」、と述べ、「政府を小さくして、資源配分を私的選択に任せるという意味では、ベーシックインカムはリバタリアンの考え方と相性がいい」と明言している*1。またホリエモンこと堀江貴文はそのブログでよりあからさまに、「働くのが得意ではない人間に働かせるよりは、働くのが好きで新しい発明や事業を考えるのが大好きなワーカホリック人間にどんどん働かせたほうが効率が良い。そいつが納める税収で働かない人間を養えばよい。それがベーシックインカムだ」、「給料払うために社会全体で無駄な仕事を作っているだけなんじゃないか」「ベーシックインカムがあれば、解雇もやりやすいだろう」と述べている*2。なるほど、BIとは働いてもお荷物になるような生産性の低い人間に対する「捨て扶持」である。人を使う立場からは一定の合理性があるように見えるかも知れないが、ここに欠けているのは、働くことが人間の尊厳であり、社会とのつながりであり、認知であり、生活の基礎であるという認識であろう。この考え方からすれば、就労能力の劣る障害者の雇用など愚劣の極みということになるに違いない。・・・・・
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