不妊治療:「出自知る権利」先送り 特例法案、自民了承
毎日新聞 2015年08月05日 21時50分(最終更新 08月05日 22時10分)
第三者が関わる不妊治療について「子どもを産んだ女性が母親」と定める民法の特例法案を、自民党の法務、厚生労働合同部会が5日了承した。今国会提出を目指している。成立すれば、不妊治療で生まれた子と親の法的関係がはっきりする。専門家は「必要最低限の法整備だ」と早期の審議入りを期待するが、生まれた子の「出自を知る権利」など重要な課題は先送りされた形だ。
1898(明治31)年制定の民法は第三者が関わる不妊治療で生まれる子を想定していない。法案は、卵子提供や代理出産で妊娠・出産した場合、「産んだ女性を母」と規定。夫の同意を得た妻が夫以外の精子提供を受け妊娠した子については「同意した夫は子の父であることを否認できない」と定める。
国内では第三者の精子を使った人工授精で既に1万人以上が生まれている。近年は米国やタイ、台湾などで卵子提供を受ける女性も多く、国籍や相続を巡るトラブルが訴訟に発展する事態も懸念される。日本産科婦人科学会で法制化を議論してきた石原理(おさむ)・埼玉医科大教授(産婦人科)は「現に生まれた子の法的地位の確立は喫緊の課題だ。産んだ女性を母とすることで代理出産を依頼した女性が養子縁組の利用に踏み切りやすくなる効果も期待できる」と歓迎する。
ただし、残る課題もある。自民党プロジェクトチーム(PT)は卵子提供や代理出産を認める場合の条件や、生まれた子が出自を知る権利を定める法案も、親子法案とセットで提出する検討をした。だが、特に代理出産に関し、限定的でも認めることに党内の慎重論は強く、意見集約できなかった。代わりに国会に審査会を設置し、2年以内の議員立法を目指すことを法案に盛り込んだが、共通ルールのない状態は当面続く。
※島(ぬでしま)次郎・東京財団研究員(生命倫理)は「第三者が関わる生殖補助医療を全て禁止することが非現実的である以上、最低限のルールとして実施施設の公的登録制度と、人の精子、卵子、受精卵の売買を禁止する法律が必要だ。与野党で公開の議論を深めてほしい」と注文する。【阿部周一、下桐実雅子】(※は木へんに勝)
◇精子・卵子提供、代理出産をめぐる出来事
1948年 慶応大が日本で初めて第三者からの精子提供による人工授精を実施
98年 長野県の諏訪マタニティークリニックで、妹から卵子提供を受けた女性が体外受精で出産と発表
2001年 同クリニックで、妻に子宮がなく妊娠できない夫婦の受精卵を使い、妻の妹が代理出産
03年 厚生労働省の生殖補助医療部会が、第三者による精子や卵子、受精卵の提供について匿名で無償などを条件に容認、実施には法整備が必要とする報告書をまとめる。代理出産は禁じた
07年 タレントの向井亜紀さん夫妻が米国での代理出産でもうけた双子の男児について、夫妻の子とする出生届を受理するように求めた家事審判で、最高裁は申し立てを退け、不受理が確定
08年 日本学術会議は代理出産を新法で原則禁止し、臨床試験などによる試行の道を残す報告書を厚労相らに提出
09年 日本生殖補助医療標準化機関が、友人や姉妹からの卵子提供による治療を2件実施し、出産したと発表
11年 米国で卵子提供を受けた野田聖子衆院議員が男児を出産
13年 「卵子提供登録支援団体(OD−NET)」が卵子提供者の募集開始
同 性別を女性から変更した兵庫県の男性が、第三者の精子を使った人工授精で妻が産んだ次男との親子関係の確認を求めた訴訟で、大阪家裁は「生物学的な血縁関係がない」として、請求を棄却。長男については最高裁が嫡出子と認める決定