- 作者: 貴志祐介
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 1999/04/09
- メディア: 文庫
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普段本を読まない男性に「最近読書してるんだ」と言われたとき、何を読んでるのか聞くと2人に一人は東野圭吾って答える気がする。(世代的なものかも)
私はジャンルも時代も問わず、かなり満遍なく本は読んでいる方だと思うけれどミステリーだけが苦手だ。
湊かなえと恩田陸だけは好きなんだけど、東野圭吾もダメだし貴志裕介もなんか受け付けなかった(『クリムゾンの迷宮』だけはめっちゃおもしろかった)。
シャーロックホームズもアガサクリスティもいまひとつ心に留まらない・・・。あ、西尾維新はほんとダメ。
なんだか、いつも結末部分でうーん、ってなってしまうのだ。あと単に怖いのが苦手。
私がミステリーを苦手な理由は、ひとえに頭が文系だからだと思っている。
言い換えると、特に推理系ミステリーって理系科目っぽい。
高校時代、数学は偏差値28~35を漂っていた私だ。しかし国語は勉強しなくても70は越してた。ド文系である。ゆえに、ミステリーが苦手である。
ミステリーの理系科目っぽさ
ミステリーの基本的な筋って基本一緒だと思う。(だからこそミステリーなのだが)
つまり、
①事件・謎解き発生
↓
②不可能・相反する状況の発覚
↓
(この辺で連続して起こることも)
↓
③条件の調査・提示
↓
④方法の解明
↓
⑤犯人発覚
↓
⑥動機・目的の解明
②~⑤は順不同。
まず、話の筋が、事件の犯人と方法を解く以外ない。
出発地点と終着地点が決められている。
数学は基本この流れですね。
①設問
↓
②公式・条件
↓
③解
②のところにのみ、ある程度の自由がある。
で、これが、文系的には、話の想像する余地や話の広がりが限定されることに萎える。たとえば恋愛小説なら、終わり方は誰とくっつくか、どこまでいくか、なんなら結末を読者に想像させるような、あえて結果を書かないはっきりしない終わり方もある。(例:辻仁成『冷静と情熱のあいだ』より。最後の一行、主人公が「大きく深呼吸をしてからユーロスターのタラップに足をかける」)
正解が、本当の終わりがないのだ。
しかし、ミステリーはほぼ正解(事件の解決)に向かって話が進むので、なんだかみんな同じに思えてくる。
解決に向けて、条件を当てはめてその理由と方法を証明していく作業。たまにひっかけが出てきたりして。
なんていうか、二等辺三角形の証明とかみたいに思えてきてしまう。
こんな感じで、ミステリーは理系っぽいので苦手です。
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苦手意識ゆえにあまりミステリーを読んでいない。
文系でも没頭できるミステリーって、どっかに落ちてないかなぁ。