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魔法使いの歩き方 作者:きーち

魔法使いの学び方

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魔法使いの学び方

 山道を歩く。獣道と大差無く、申し訳程度に設置された柵だけが人工の道である事を教えてくれる。そんな道を。
「魔法の才能に関しては色々あるが、基本的に使えるか使えないかのみ絞って言えば、人は皆使えると言って良い」
 山道で学ぶ。魔法の知識を。
「はぁ……はぁ…。人が生来持っている能力って事ですか?」
 ただでさえ歩き辛い道を話しながら進むので、少年クルトは息を切らしていた。
「概ねその通りだが、手足を動かしたり、言葉を話したりする事とは少し違うのう」
 質問に、自分の師が答えてくる。その背中はクルトの前で振り向きもせず前進して行く。
 魔法大学教師オーゼ。先日魔法大学に入学したクルトが学ぶことになった教室の先生である。
 彼は年齢が六十代とは思えぬ壮健さで山道を進んでいる。それも、クルトに教師として授業をしながらだ。
「魔法を使うには、体にそれを使う感覚を無理矢理覚えさせなければならぬ。手足の動きや、言葉を話す能力は、普通に暮らしていけば自然と覚える物だが、魔法は意識的に覚えようとしなければ、一生使う事が出来ん」
 何故こうも長々と話しながら息が絶えないのだろう。体力の問題だと言うのなら、若い自分の方がまだ有る様に思えるのだが。
「じゃあ…ふぅ……。魔法大学に入って……最初に学ぶ事って……魔法を使う…感覚を…覚える事ですか?」
 話すのが辛くなって来る。足だって鉛の様に思い。それでも止まらないのは、これが授業で、自分が魔法大学の生徒だからだろうか。
「勿体ぶった教師なら、なかなか教えん奴も居るが、殆どの教師はそうだろうな。なにせ新入生と言えども魔法大学生。魔法を使えなければ話にならんしのう」
 カッカッカと元気そうに笑う。つまりそれだけ体力があるのだ。
「じゃあ……。この山を登るのも……ぜぇ…僕に……魔法を教えるため…とか」
 そうであれば、最初の授業でこんな山を登る事になった理由にも納得できそうだった。
 今クルトは、オーゼと共に魔法大学が有る都市、アシュルより南、サバと呼ばれる山へと来ていた。それ程標高は高く無いのだが、道が整備されていないせいで非常に体力を使う。
「この山に登るのはわしの趣味じゃな。授業はついで」
「……」
 文句は言わない。話す余裕が無いのも有るが、そもそも言いたい事は既に言い尽くしていたから。

「授業をする時間が無い!?」
 オーゼ教室の生徒となり、さっそく授業を受けたいと研究室に出向いたクルトに対して、オーゼの返事はそんな言葉だった。
「うーむ。わしがする魔法研究は、フィールドワークが基本でのう。あまり大学内には居らんのだよ。新入生歓迎の講義が遅れたのも、それが原因でな」
 研究室に机は有るのだが、座らず荷物を纏めている。すぐに魔法大学を出発するつもりの様だ。
「じゃあ、いったい僕は誰に魔法を教われば良いんですか!」
「教室に入った生徒は、その教師が基本的に教える事となっておる。つまり、わしが教えるしか無い訳だが」
 しかし出掛ける様があるから、直ぐに講義は出来ない。どうしたものかとオーゼは考える。
「良ければ着いて来るか? 歩きながらでも講義は出来る。今回は目的地が近いから、準備もそれ程必要ではあるまい」
 そう言われて断れる立場にクルトは居なかった。当然、その場は抗議の言葉を繰り返したが、結局、共に山を登る事となった。

 ただただ足を動かすために、言葉を止める。余計な体力を使う余裕がクルトにはもう無かった。
 見つめるのは師の背中のみ。山道を進めるのはこの老人のお蔭なのだが、山を登る事になったのもこの老人のせいなので、どう思えば良いか複雑な所である。
「人が魔力を使う才能を、魔法使いは門と呼ぶ。強い魔力を持つ者は門が大きいとか、魔法の覚えが良い者を門の開きやすいなどとな」
 恐らく、重要な事を話しているのだろう。クルトもなんとかその講義を聞き取っているが、このまま歩き続ければ、それも不可能になるだろう。
「何故門と呼ぶかについては、魔法を使う時の感覚が、何かを開き、そこから魔力を取り出すような物だからと言う説や、魔力の源泉がこの世界では無く、別世界に存在しており、そこから魔法使いは魔力を取り出していると言う説がある。わしがどちらの信奉者かと言えば―――ふむ、着いたのう」
 そろそろ歩く事自体が困難になって来た頃、漸く目的地に着いたらしい。場所は山の山頂では無い。山頂に向かうなら、もっとまともな道があるのだ。
「小屋ですね」
 小さく狭い山道を進んだ先に、拓いた土地があった。と言ってもその大きさは、平屋を一件建てれば埋まるくらいである。つまり、道の先に突然この小屋が現れた様に見える。
「なんなんですか、ここ」
 講義を山登りに代えてまで来た場所だ。この廃屋が何なのかくらいは知りたい。
「ここは魔法使いの研究所だったところだ」
「だった?」
「うむ。ローエンカとか言う魔法使いじゃったか。大学外の魔法使いでありながら、面白い研究成果を残すと評判な魔法使いでな、だが寿命か事故かは分からぬが、つい先日死体で発見された。それもこの家の近くで」
 それは、この小屋の主はもうこの世に居ないと言う事か。
「なんか怖い話でもするつもりなんですか?」
「怖い話? もっと即物的なもんじゃ」
 オーゼは小屋の扉を開けようとする。
「ちょ、ちょっと、いきなり入るなんて、不法侵入ですよ!」
「不法? この小屋にわしらが入る事で誰が咎める。主も居らん、土地の領主は魔法使いの屋敷だと言う事で怖がって近づこうとすらせん。わしらが入らんでだれが入る」
 かなり強引な理論である。しかし止めた所で止まる人では無いらしく、構わず小屋の中へと入って行った。
「ま、待って下さい! 僕も行きます」
 自分の魔法使いだと言うのに、死んだ魔法使いの研究所に恐怖を感じてしまうクルト。まあ、魔法も使えない大学新入生なので、仕方ないと言えば仕方ない。
「へえ、ここが魔法使いの研究所。って、なんだか結構狭いですね」
 小屋の中は、幾つかの本棚とベッド。そしてそこそこの大きさのある机とで既に殆どが埋まっていた。
 机の上には何やらゴチャゴチャとした物が雑に並んでいた。恐らく何らかの実験器具なのだろうが、クルトにはそれが何であるかを判断できない。
「山の中にある訳だからの。まあ、そんなもんじゃ。ほう、これはこれは」
 机の上にある物へオーゼは興味を持ったのか、持ち上げて様々な角度から観察する。
「もしかして、この小屋へ向かった理由って、ここの研究資料を回収するためですか」
 人の家に有る物をしげしげと見つめる自身の教師を見て、そんな気がしてくるクルト。
「そうじゃ。このまま放って置けば、小屋と共に朽ちるか、領主に取り壊されかねん。そうなる前に、死んでしまった者の研究成果を大学へ持ち帰る必要がある」
 事後処理として領主には小屋をきっちり調べた後、調査の結果、別に怪しい物は無かったと報告することで、向こうも納得してくれる。上手い事を考えた物だ。
「でも、人の物を盗ってるみたいで、あんまり良い気はしませんね」
「盗ってるみたいなどと、これは正真正銘盗みじゃよ。自分で研究した訳では無い物を、無断で収得しとるんじゃから」
 そこは否定して欲しかった。魔法使いになる前に墓場泥棒になろうとは。
「良いんですか? それ」
「わしらにとっては、失われるはずの知識を魔法社会に還元するんじゃから良い事じゃが、一般人がどう思うか……。一応、新入生勧誘用の講義でも説明せんかったか?」
 そう、新入生勧誘講義にて、オーゼから彼の教室がしている事については既に聞いていた。
「魔法大学がしている活動については魔法の研究と収集があって、先生がしているのは後者なんでしたっけ」
「研究についても一応しておるが、もっぱら回収の仕事じゃな。言って置くが、死んだ者から盗むだけじゃないぞ? 生きた魔法使いから、交渉で知識を得る場合もある」
 魔法使いはそれを学ぶ人の数だけ知識が存在すると言って良い。そうしてその多くは、その知識を他者に知らせず、自分の物だけにして居る場合が多いらしい。
「魔法大学所属者なら資料も魔法大学に残るが、それ以外じゃと勝手に生まれて、勝手に無くなる知識が殆どじゃ。だからこうして、集める者を必要とする」
 ある意味汚れ仕事だ。だからオーゼ教室はあまり人気も無い。必要な仕事ではあるので、無くなる心配も無いらしいのだが。
「なあんで、この教室に入ろうと思ったんだろう」
 自分の現状を確認して、ついそんな言葉をクルトは呟いてしまう。
「それはわしも気になったの。こう言えばなんじゃが、わしの講義を聞いて、教室に入りたいなどと言ったのは、おぬしが初めてかもしれん」
 教師にまでそう言われては仕方ない。だが、本人にも理由が分からないのだ。
「不思議なんですよね。講義を聞いた時は、ここだ! って思ったんだすけれど」
 考えても仕方ない事かもしれない。クルトは取りあえず、小屋の中の本棚を探る事にする。見た所でそれが重要な物かどうかを判断できる知識は無いが、とりあえず手持ち無沙汰である。
「そう言えば、さっきまでの授業の続きなんですが、魔法を使うのはその門を開く感覚が重要なんですよね」
 本棚から本を取り出しページを捲る、内容はあまり理解できないので飛ばし読みだ。
「本当に門を開いているのか、それとも感覚だけの話なのかは分からんがの。その感覚を知れば、とりあえず魔法は使える様にはなる」
「その感覚の知り方ってのはあるんですか? 特別な訓練が必要だとか」
 手に持つ本をチラリと見る。意味の分からない文章が並ぶ。クルトの知る文字では無いのかもしれない。まるで絵だ。
「そう言う方法もある。人から感覚を言葉で聞いて、自分の心中で再現するやり方じゃな。だがてっとり早い方法が別にあるから、主流では無いの」
 オーゼは今まで持っていた道具を机に置き、別の物をまた手に取る。
「てっとり早い方法があるのなら、早く教えて欲しい気もします」
 そもそも魔法を使えなければ、魔法大学に入る意味は無い。
「今回の授業が終わってからしようと思ったんじゃが、そんなに魔法を使いたいか?」
「まあ、できるなら」
 使うには、その前に相応の知識が必要などと言われれば、どうしようかと思ったが、案外軽い方法らしい。
「しかし、ここは魔法使いの研究室じゃからのう。迂闊な事をして、何が起こるか分からんし」
「ああ、だったら後で良いですよ」
 何もそこまで焦っている訳でも無い。後から教えてくれるのであれば、それで納得する。
「助かる。ローエンカが研究していた魔法は、少々厄介な物じゃったから……」
「厄介!? 何か危ない物って事ですか?」
 知らずに危険地帯へ侵入していたのかと思い、ゾッとする。
「魔力を使うと危険かもしれん。何せローエンカの研究は―――。いかん、その本から手を離せ!」
 本? 言われて手に持った本を見る。
「なんだこれ、文字が光って―――」
 光が視界を染め上げる。眩しくて目を開けて居られない。咄嗟に目蓋を閉じるも、その上からも白さが浸食してくる様だ。
 クルトはその光が落ち着くのを待って目を開けた。
「いやあ、驚きましたよ。一体何が……」
 言葉を止める。話し相手が居なくなったから。いや、どうやら居なくなったのは自分らしい。
 クルトは木で出来た小屋で無く、いつのまにか石造りの部屋に立っていた。

 生徒が目の前で消えたオーゼが取った行動は、消えた原因であろう生徒が持っていた本を見る事であった。
「これは……。文字では無いな。魔力が宿っていた事を見ると、意味のある絵と言った所だが……」
 魔法使いローエンカがして居た研究とは、物に魔力を宿らせると言う物だった。マジックアイテムや魔法陣など、何かに魔力を宿らせる魔法は既に色々とある。ローエンカの研究とは、むしろ宿らせる側への工夫であったらしい。つまり、一見何の変哲も無い物に魔力を込めると、限定された魔法が発動するとか。
「本に魔力が残ったままだったのかもしれん」
 そして自分の生徒が本を開いた瞬間、それが発動した。跡形も無く消えた事から、特定の場所への転送だろうか。そうであるならば、自分もこの本に魔力を込めて、生徒を追うべきかもしれない。
「問題は、もし肉体を消し去ると言った類の魔法の場合か」
 その場合、ここで犠牲者が二名出て、麓の町に、魔法使いの研究室へ足を運んだ物が、帰って来なくなったと言う噂が立つだろう。
「込められた魔力はそう多くはあるまい。使用者が既に死んでおるから」
 魔力を物に込めた場合、時間が経てば経つ程、その魔力は空気中に発散して行く。特別な物ならともかく、本自体は特別な細工はされていない。ローエンカが以前使った際の魔力が残っていたのだと考えられる。
「となれば、やはり転移の魔法の可能性があるか」
 先日死んだ魔法使いの魔力が残って居る事から言って、頻繁に使っていた物だろうし、頻繁に使うなら、そう物騒な物でも無いはずだった。
「転移するにしても、それ程大きな魔力で無い以上、案外近くの場所かもしれん」
 本に魔力を込めるより先に、小屋の周囲を探索してみるべきだろう。オーゼは本を取りあえず机に置く、周囲を探索し始めるのだった。

 一方のクルトは、石作りの部屋を探索する。どうやら天井には穴が開いており、そこから光が差し込み、光源の心配は今の所無い。
「問題は、出口がどこにも無いって事だよ。どうしよ、ここで飢え死にとかはさすがに無いよなあ」
 日が暮れる事も心配だった。こんな場所で暗闇に一人残される事を想像するのは、少々抵抗がある。
「おーい! 誰かいませんかー! オーゼせんせーい!」
 天井の穴に向かって叫ぶ。返答はあまり期待して居なかったが、なんと声が返って来た。
「クルト君! どこかに居るのか! 聞こえているならもう一度叫んでくれ!」
 オーゼの声だった。天井の穴から聞こえてくる。どうやら、あまり心配する様な状況でも無かったらしい。
「ここです! オーゼ先生! なにか、穴の中みたいです!」
「む、おお、ここか! クルト君、上を見ろ」
 言われなくとも天井を向いている。穴から自分の師が顔を出したのも見えた。
「はい、見えます先生。いきなりこんな所に移動しちゃったみたいで、驚きましたよ。なにか、そっちに登れる道具なんかはありまか?」
 こちらに出口が無い以上、この石部屋から出るには天井の穴からしか無さそうだ。
「ちょっと待っておれ、ロープくらいなら持ってきておる」
 師が小屋に戻る。暫くはまた一人のままだろうが、助けがあると知ればここもそれ程怖くない。少し辺りを見渡す余裕も出てくる。
「それにしても、この部屋はいったいなんなんだろう」
 広さは小屋よりも大きく、作るにはかなりの労力が必要なはずだ。
「大層な作りになってるけど、特に変わった物は……」
 あった。部屋の隅に丸い石が置いてある。角ばった作りの部屋なので、丸みを帯びた型は否応に目立つ。
「なんだろ、これ」
 先程の事もあり、触る事はしないが目には映る。丸い石には小屋で見た本と同じ物が書かれていた。もしかしたら、これも魔法を使った何かかもしれない。
「また可笑しな事になったら嫌だし、じっとして置こう……」
 余計な事をして厄介な事に巻き込まれるよりも、ここで助けを待った方が良い。すぐに師がロープを持ってきてくれるだろうし。
「……先生、まだかな」
 もうこちらに来ても良い頃だ。荷物を探すのに手間取っているのだろうか。不安になれば、周りを確認したくなる。部屋には丸石の他に、大きな人型の影。
「って、人型!?」
 人型の影は丸石の反対側。別の隅に存在する。目を凝らして、そこを見れば、それが石で出来た人形である事が知れた。
「なんでこんな人形が……。それもかなり大きい」
 身長はクルトの二倍はあるだろうか。直立したまま、部屋の石と同化した様に動く気配は無い。
「うーん。なんだっけな。こんなのをどこかで見た事がある様な」
 確か魔法関連の物だったはずだ。大学試験のために呼んだ本に載っていた。
「そうだ、ゴーレムだよゴーレム。泥や石で作った人型を、魔力で動かすって言う」
 余計な行動をしないと言うのは正解だったかもしれない。ゴーレムを動かすには複雑な魔法が必要であり、素人の自分が触れれば、どんな事故が起こるか分かった物では無い。
「おーい、クルト君。ロープの用意が出来た。これからそこへ降ろすが、登って来れるかの?」
 師が再び天井から顔を出した。漸く、ここから出られるらしい。
「とりあえず試してみます。ここから早く出たいんで。ゴーレムまで居るんですよ?」
「ゴーレムじゃと!」
 離れて良く見えないが、恐らく驚きの表情を浮かべているのだろうオーゼが想像出来た。
「そんなに驚く事なんですか?」
「良いか? 魔法使いローエンカは物に魔力を宿す事を研究しておった。それも、おぬしが本を持った時に魔法が発動した様に、長時間物に魔力を維持し続ける様にだ」
 師の言葉に焦りが混じっている。急いでロープをこちらに降ろしているらしく、クルトの目の前にはすぐにロープが垂れてくる。
「これで登れば良いんですよね?」
 垂れたロープを握る。どこかに結び付けているのか、クルトが持ってもそれ以上落ちてくる気配は無かった。
「そうじゃ、早く登れ。もし、ローエンカが最近までゴーレムを動かしていたのだとすれば―――。いかん! 後ろを見ろ!」
 クルトの背後から何かが動く気配がした。見なくとも、その動く影がクルトの背中を越えて、目の前に映った。
「えっ! うわ、危ない!」
 後ろを振り向いた瞬間、巨人が腕をこちらに振り降ろそうとしていた。先程見たゴーレムである。とっさにクルトは体を横に転がして難を逃れる。
 地面が少しだけ揺れたのを確認した。ゴーレムの振り降ろした腕が、石部屋の床に触れたのだ。石で出来ているはずのその床は、ゴーレムの一撃によってヒビが入っていた。
「は、はは」
 乾いた笑いが漏れる。あんな物を生身で食らえば、自分の体なぞ一溜りも無い。
「逃げろ、クルト君! ゴーレムは鈍重じゃ、距離さえ開ければなんとかなる!」
 師の言葉に従い、ゴーレムから距離を取る。確かにゴーレムは動きが鈍く、逃げ切る事が出来た。
「でも、部屋に逃げ場な無いから、どうしようも……」
 距離さえあれば、殴られる事は無いだろうが、いつまでもこうやって逃げていては、自分の体力が先に無くなりそうである。
「隙を見て、ロープを登る訳にはいかんか?」
「無理ですよ! そんなに早くロープ一本でこの部屋を登るなんて」
 ゆっくり登っている内に、ゴーレムの腕に叩き付けられる姿が、容易に想像出来た。
「となれば、ゴーレムの魔力が尽きるのを待つしか……魔力? そうじゃ、小屋にここへ転送する本があった以上、そこから小屋へ転送できる何かがあるはず。クルト君! 部屋にはゴーレムの他に、何か怪しい物はあったか?」
「丸い石がありました! 小屋の本と同じ様な物が書かれた」
 ゴーレムがこちらに近寄ってくる。やはり鈍い動きだが、その大きさには威圧感があった。
「……それじゃ。それは恐らくそこから小屋への転送装置じゃ! 丸石に魔力を込めれば、その機能を発揮してくれる!」
「でも、魔力の使い方自体を知らないんですよ!? どうすれば!」
 まだ始めての授業ですら終わっていないクルト。魔力を込めろと言われて、何をすれば良いのか。
「感覚自体は、さっき理解したはずじゃ! 魔力を使う感覚の手っ取り早い覚え方、それは自分の体に魔法を使用して貰い、その時の感覚を覚えて置く事にある!」
 いきなりその様な事を言われて、すぐに思い出す事は出来ない。そもそも、ゴーレムがすぐ傍まで近づいて来ているのだ。
「ええい、こうならば一か八かだ!」
 だがこのままで居て、事態が好転する訳も無く、クルトは丸石まで向かう事にした。
「まずは、ゴーレムの横を通らないと」
 丸石があったのは、最初にクルトが居た場所だ。そこからゴーレムを避けて、今の場所に居る以上、もう一度ゴーレムに接近する必要があった。
「この!」
 ゴーレムに向かい走る。ゴーレムもこちらに近づいて来ているので、ゴーレムがこちらを捉える瞬間より早くクルトはゴーレムと接敵した。
「っ!」
 そこから歯を食いしばり、ゴーレムの斜め後ろへと跳んだ。受け身も取らない無防備な行動だったが、鈍い動きのゴーレムよりは俊敏に動けたらしい。ゴーレムは今更、クルトが居なくなった地面を叩いた。
 すぐにクルトは立ち上がって丸石へと向かい、それに触れる。
「先生、丸石に触りました! それで、魔力を込めるにはどうしたら!」
「門を開けると言ったじゃろ! その言葉で想像できる感覚と、さっき転移した時の感覚を、自分の中で擦り合せるんじゃ!」
 心の中で、門を開けると言う言葉を想像する。そして、さっき感じた転移の出来事を思い出す。
 光が眩しくて、目も開けられなかったが、それ以上に心中から何かが跳び出そうだった。
「これかな? これで良いのか?」
 想像の中で転送の際の感覚を思い出していると、それが想像の中から飛び出し、今の自分にまで起こっていた。それと同時に、丸石が光り始める。
「先生、丸石が光りました!」
「よし、そのまま―――」
 師の声が遮られる。光が視界を包み、地面の感覚すらも消えそうになった。
 そして再び光が途切れた頃、クルトは石部屋では無く、小屋の中に居た。
「……た、助かった」
 腰が砕け、その場に座り込む。その振動で埃が舞うが、気にしている余裕はまだ無かった。

「どうやらあのゴーレムは、ローエンカ秘蔵の研究品だったようだのう。門番が兵士の代用品として使える様に調整されて居たのじゃろう。だが発表する前に本人が死んでしまい、
その機能だけが残された魔力を使って動き出した」
 山を降りる道で、オーゼが小屋で調べた事を話す。
 ゴーレムとの一騒動の後、この教師は小屋で魔法使いの資料をまとめるだけまとめると、下山を始めた。今はその道中である。
「本当に命の危険を感じましたよ。先生はこんな危ない事をしているんですか?」
「まあの。他人の魔法を回収するんじゃ。危険だってそこにはある」
 正直、このままこの教師の生徒として暮らしていく事に不安を感じ始めていた。
「じゃがの、いくら危険だと言っても止められんのじゃ」
「なんでですか?」
 仕事だからだろうか。誰かがやらなければならない仕事だから、自分がやると言う使命感からとか。
「面白いからじゃな。自分の知識の外にある魔法を、どんどん回収して行く。その際に起こる苦難や災難も、それが達成できた時の快感には敵わんから」
 自分の趣味のために仕事をしていると言って居る様な物だ。本来なら、呆れて文句の一つでも言うのだろうが。
「なんだか、分かる気がします。ゴーレムに襲われて大変だったんですけど、今はそれよりも、魔法を使える様になった事にわくわくしてる自分が居ると言うか」
 このわくわくをもう一度楽しむためには、また新しい知識を得る必要があるだろう。そのためには、自分の師と同じ研究をしなければならない。
 つまり、魔法知識の回収だ。
「わしとおぬしは似た者同士かもしれんのう。正直言って、わしの講義や研究を聞きながら、それでも教室に留まる生徒なぞ、今まで居らんかった」
 そうかもしれない。オーゼの勧誘講義を受けた時、何故かこの教室に惹かれた理由。案外、この教師に共感したからと言うのが正解なのかも。
「まあ、これからもお願いしますよ。これでも、一人前の魔法使いになるのが目標ですから」
「保障はできんの。なにせ、ちゃんと生徒を育てた事はこれまであまりなかったし」
 それでも別に構わないと思う自分が居た。この可笑しな教師の元で学び、魔法使いを目指すのも悪く無い。それがクルトの魔法使いの学び方だ。
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