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魔法使いの始め方
人が居れば社会が出来て、社会が有れば文明が出来る。文明がある場所には人が集まる場所が、町が、国が出来る。
このフォース大陸にも人が存在し、国も同じく存在していた。大陸に不思議な物があるとすれば、それは魔法である。大陸には何時からかは分からないが魔法と言う物が存在し、これもどれだけ昔からかも分からぬが、それを使う魔法使いと言う人種も居た。
魔法使いはその力によって、当初こそ忌諱の目で見られていたが、その力が社会のとって有益な物が多く、何より、学べば使いこなせる物である事が知られると、たちまち社会全体に浸透する様になった。
物語は、とある国家が魔法使い達を養成する学校を作り、さらにそれから百年程経った時代に始まる。
フォース大陸の東、マジクト国は一人の王と、その配下である貴族達が治める国である。内陸より海側に存在するこの国は、海運業が盛んであり、様々な物品がこの国へと集まっていた。
そして集まるのは物だけでは無い。知識もまた、その盛んな交流によって集まるのである。
魔法の知識もそれに漏れず収集される。多種の魔法、その使い方、制御方法、使い手、マジクト国は溢れかえるそれらの知識を有用に扱うために、一つの施設と組織を作った。魔法知識を集めて、整理し、研究を繰り返し、国にその能力を還元する。
いつしかその施設と組織は一言でこう呼ばれる様になった。魔法大学と。
マジクト国の中心都市、アシュル。この国を治める王の居城と共に、魔法大学が存在していた。
大学はその知識の流出を防ぐために、高い塀と、外界とを繋ぐ門によって外側を遮られている。しかし今はその門が開かれていた。そしてそこへと入って行く人通りの中に、一人の少年が立っている。
少年の名前はクルト。この魔術大学への入学を望む者の一人であった。
「さすがに国の中心都市の、さらに重要な施設だけあって、大きくて高い建物だなあ」
まるで余所から来た様に話すクルトは、その通りに、都市アシュルの外からやって来た。一応外国人な訳で無く、マジクト国内にある一つの集落出身である。
言ってみれば、田舎者が都会で出て来た訳であり、その御多分に漏れず、アシュルの風景に目をくらくらさせている。
そんな田舎者であるクルトが、何故、この魔術大学へとやって来たのかと言えば、ここで魔法大学入学への試験が行われるからである。
クルトは、この魔法大学の試験に挑むにあたり、何故、この大学に入学したいと考えたのかを思い出していた。
クルトはマジクト国の南側にある、とある村に生を受けた。森林地帯に囲まれながら、ある程度の平地を持つその場所は、平穏と言う言葉を絵に描いたような雰囲気が溢れる村であった。
クルトはその村を構成する村民の一人であり、両親はその場所の領主に土地を借りて、畑を耕す農家を営んでいた。
変わった事と言えば、彼には姉が一人居て、姉の遊び友達に、同年代の領主の息子が居た事だろうか。
「いつか君を迎えに来る」
そんな言葉を恥ずかしがらず姉に向かって言える人物である。そしてそれは案外直ぐに達成された。
クルト達の両親が亡くなったのだ。畑仕事の最中、村に侵入した獣に襲われたと聞いている。
その時、クルトと姉は家に居て、知らせが届いたのはすべてが終わった後であった。話を聞いてから後の記憶はあまり残って居ない。茫然として、泣いて、叫んで、途方に暮れていた事だけを覚えているが、恐らくそれだけで全ての記憶と言っても差支えは無いのだろう。
暫くして感情の動きが収まれば、次に今後、どうやって暮らしていくかと言う事であった。姉は一応、もう一人で働ける年頃であった。だが、クルト自身は親に仕事を本格的に教えてもらう前であり、姉一人で家族を養い、教育しなければならないのは酷であった。
そんな時に颯爽と現れたのが、姉とクルトの幼馴染である領主の息子である。彼は約束通り、姉を迎えに来たのだ。
クルトが住む村を所有する領主は、それ程大きな地位と権力を持っていなかった事が幸いし、姉と領主の息子は、将来的な伴侶として領主宅へ引き取られる事となった。
これで済めば美談として終わるのだろうが、問題になったのはクルト自身である。個人で独り立ちするまでは、まだ領主宅で育てれば良い。だがその後は? 領主宅で養うと言っても、家とは直接血縁関係の無い人物であり、特別な仕事を任せる訳には行かない。かと言って、元の土地へ戻した所で、両親が仕事をしていた農場には、別の者が仕事の就いて居る事だろう。空いた土地を遊ばせている余裕は、正直無いのだから。
とにかく、今後の展望を考えた場合、どれもしっくりとこない将来が待っている。この事にはクルトはもちろん、領主の家に住む多くの者が心配していた。
それを解決したのは、やはり領主の息子であった。
「彼は魔法に興味を持っているらしい」
かつてまだ両親が健在で、幼馴染として遊んでいた頃、都会を知る領主の息子からの情報で、魔法についての知識を聞かされており、それに憧れの言葉を漏らした事を覚えていたらしい。
それは領主の家にとって良い案として受け入れらてた。魔法とは知識が必要な技術であると社会では認識されており、もし家から魔法使いを輩出できれば、血筋に関係無く、その手際を評価される事になるだろう。さらに一旦魔法を覚えれば、その能力で食うに困る事は無くなり、領主宅に穀潰しを一人養う事も無い。
そんなこんなでクルトは魔法使いを目指す事となった。本人へのプレッシャーとは関係無くであるが。
そうしてクルトは魔法大学の玄関口へとやって来た。魔法使いのための勉強を、領主宅で始めてから二年の月日を経ての事である。
「大丈夫かな。正直、不安だなあ」
故郷には無い巨大な建築物に威圧されて、心まで臆病になる。魔法大学への入学試験は、血筋、地位を問わず行われており、そのため敷居も高い。千人が試験に挑み、その十分の一が通れば、その年の試験は簡単だと言われるくらいであった。
「落ちれば、晴れて家なし子かな……。今更、領主様の家にも、実家にも帰れないし」
その事実が、尚更クルトを弱気にさせる。もう後が無い。そんな状況で嘆かない者は、余程の豪胆者か、単なる考えなしだ。クルトはそのどちらでも無い。
「試験希望者は、早く門に入ってくださーい。もう少しで門を締切まーす」
いくら悩んでいても、時間は否応無く過ぎて行く。大学関係者らしき人物が門の近くで叫ぶ声を聞いて、クルトは仕方なく足を踏み出した。
魔法大学の試験は二種類ある。筆記と実技だ。筆記は魔法に対する知識を問う物で、どれだけ勉学を繰り返したかによって、その差は決まる。一方で実技は魔法を使えるかどうかを試す物である。
この二種類の内、一般の者が受けるのはもっぱら前者であり、クルトも同じく筆記を受ける。実技試験は、魔法が十分に使える者を、名目上大学関係者にするための物ともっぱら有名で、魔法使いに成りたいと考えて大学を入学する者には大凡関係の無い物だからだ。
「試験は丸一日掛けて行います。午前は短答式、午後からは与えられた課題に対してレポートを書いて貰います。資料の持ち込みは原則認めていませんので、お持ちの方は今すぐ係の者に預ける様に」
試験に申し込んだ際、大学内の教室を指定されている。そこで一日筆記試験を行い、結果の合否を決めるのだ。
クルトは今、その教室内で試験官に試験の説明を受けている。落ち着いて聞ければ良かったのだが、どうしても先に事を考えてしまい、心がここに無いと言った様子で、辺りをキョロキョロと見渡してしまう。
試験は一年に一回しか無いが、何度でも受けられる。ただ筆記試験を受ける際には幾ばくかの金銭を払う必要があるため、そう何回も受ける者は少ない。クルトにとってみれば、その金銭は領主が持つべき物であり、自身の物では無く、その事が一層、クルトを不安にされていた。
ちなみに、複数回受ける者が少ない以上、大半の者が試験に慣れていない。だから皆、実はクルトと同じ様子であるが、自身が不安な場合は、他人の不安は目に付かない物だ。
そうして映るのは、自信満々と言った様子で、余裕の姿を見せる者であった。クルトの目には、とある男性と女性の姿が映っている。男性、女性、共にクルトと同年代に見えるが、試験に臨む雰囲気が、クルトとは違って落ち着いている。
男性は試験官の話を聞きながらも、何故か頬が緩んでいた。一応、緊張をしている風だが、まるで試験を楽しんでいるかの様でもある。
女性は目を閉じて集中している様だった。顔立ちが妙に整っているので、試験中でなければ、見惚れていたかもしれない。
それらの姿を見ていると、どうにも自分自身が平凡に見えてしまう気がした。
「ああ、でも、余裕が有るとか無いとかより、先が有るか無いかで考えれば、僕の方が必死かもしれないから、それでも良いか……」
何が良いのかは分からないが、自分で言って自分の気を落ち着かせる。先の無さは、土壇場になって度胸を据わらせる。
結果だけを言えば、クルトは試験に合格した。魔法使いとしての第一歩を踏み出した訳である。
考えてみれば、魔法大学の試験のために二年も勉強に集中できる環境とは、かなり恵まれた物である。
世間一般の者は基本的に生活に追われているし、勉強のための道具も無い。だが領主宅で魔法使いになる様にと、安定した環境を与えられたクルトは、周囲よりも合格する可能性は高かったのだろう。
「そんな考えも、合格したから言える事かもしれないけどね」
クルトは魔法大学内を歩く。都市アシュルにて試験結果を待ち、故郷にその結果報告の手紙出した彼は、故郷に帰る間もなく、魔法大学の入学式へと出席する事となった。
入学式と言っても、皆で集まって訓示を聞くと言った事は無い。そんな事をする時間があるなら、魔法の研究をしろと言う校風が、教師にも生徒にもあるらしい。
では入学式に何をするのかと言えば、新入生の教師探しである。
魔法の知識は体系化された部分もあるが、その多くが、幾つもの独自性を持っている。道が多数あると言っても良い。
それをすべて修学するのは、才能が有る者でも難しい。一生掛かって出来るかどうかである。それも、新たな知識が見つからない限り。
だから魔法大学に入学した者は、まず自身が何を学んで行くかを選ばなければならない。とは言っても、入学したての生徒にこの技術を学びたいなどと言った判断が出来るはずも無く、相性が合いそうな教師を選ぶと言うのがせいぜいであった。
「今日はあちこちで、魔法の実演が行われているんだっけ?」
この入学式が特別なイベントが無いと言うのにそう呼ばれるのは、今日この日は、教師達やその生徒が行う、魔法の実演講義が開かれているからだ。
実演講義は新たな生徒を得ようとする教師達の作戦と言える。自身が教える生徒が増えれば、それだけ大学内での発言力が増えるし、国から研究費の予算が下りるからだ。
この時期の大学は、新入生を自分の教え子にしようと躍起になる教師達によって賑わっている訳だ。
「僕も早くどこかの教室を見つけないと」
教師達が生徒を得ようとするのと同じく、生徒達も教師を探している。無事大学に入学したとしても、魔法使いにならなければ意味が無い。そうして、魔法使いになるためには、どこかの教室で、魔法を学ぶ必要があるのだから。
「きみきみ、手を使わず物を動かしてみないかい? ペイリントン教室は、小さな物から大きな物まで、なんだって空を飛ばして見せるよ」
「炎は魔法、魔法は炎。物語の魔法使いは、いつも炎と共にある! 炎を学びたいならヘリスラー教室へ!」
「闇と混沌が世界を支配する……。光の世は終わった……。暗黒こそがこの世の真実だ!」
魔法大学敷地内の中央通りを歩くクルトに、教室勧誘の宣伝が聞こえて来る。声の質はどれも若い。教師自らで無く、生徒達が声を張り上げているのだろう。
まあ、教師自身がこんな勧誘をしていれば、むしろ教室の印象が悪くなるだろう。
「あー、どれもしっくりと来ないんだよなあ。なんでだろう」
どこかの教室で講義を受けた所で、直ぐにその教室の生徒になる訳で無く、試しにどこかの教室に入って見ても良かったのだが、何故か迷って足を止めてしまうクルト。
好みに合わないと言えば、それが一番自身の感想に合っていると思う。
「魔法使いはこうだって感じの人が居ないのが問題かもしれない」
自分の魔法使い像が偏見混じりなのが原因かもしれないとさらに悩むクルトであるが、それでもどこかの教室を決めなければ、何にも勉強せずに大学生活を過ごしてしまう可能性があった。それでは故郷に顔向けが出来ない。
「君も教室で悩んでいるのかい?」
顔を下に向けて色々と考えていたからか、周りからもクルトが教室に迷っている事が分かってしまったらしい。横から声を掛けられた。
「うん? えっと、あなたは?」
クルトが声に振り向くと、自分の言葉が間違っていた事に気付く。あなたは、では無く、あなた達はと聞くべきだった。
「多分、あなたと同じ新入生。私たちも教室を探しているの。良ければ、一緒に探しません?」
クルトに話し掛けて来たのは男と女の二人。男は短く切った黒髪が似合うさわやかな笑顔を浮かべており、女は長い亜麻色を三つ編みにし、上品そうな服を着ているからか、その雰囲気も落ち着いている。クルトはその二人の共通点として、どこかで見た顔だと言う印象を受けた。
「あー、その、そうだね。このままじゃあ決まりそうに無いし、一緒に探してくれるなら嬉しいな。そっちは大丈夫なの?」
二人とも新入生と言う事で、それ程深い知り合いな訳では無いのだろうが、どこかバランスの良い雰囲気しており、美形の部類に入るだろう見た目も相まって、二人の間に入る事にクルトは気後れしてしまう。
何せクルトはチビなのだ。自分と同年代の男性とを比べれば、頭一つ小さく見える事だろう。
「誘ったのはこっちさ。不満なんて無い。それよりも、三人で面白い教室を探すことに集中したいね」
見る目が増えれば、良い教室に出会える可能性は高くなる。そう言って、短髪の青年は道を歩き出す。その目は鋭く、自身の選択肢を見逃しはしないと言う確固たる意思を感じる。
「それよりもまず、せっかくここで出会えたんですもの、お互いに自己紹介でもしません?」
女性は青年につられて歩きながらも、そう話を続ける。
「そう言えば、名前も知らなかったっけ。僕の名前はクルト。この国の南方から、魔法使いになるために大学へ入ったんだけど」
クルトが話すと、女性はクスクスと笑い出した。
「ウフフ、魔法使いになるために来たのは、皆同じですね。だって、そのために大学に入ったのですから?」
言われて気付く。わざわざ試験を受けてまで魔法大学の生徒になったのだ、魔法使いに成りたくない人物など居る方が珍しい。
クルトが少し恥ずかし気な顔をしているのに気づいたらしく、女性は笑うのを止める。
「あ、ごめんなさい。まだ自分の名前も話していないのに……。私はシーリア。あなたと同じ、マジクト国出身。それもアシェル育ち」
つまり、いつも身近にこの魔法大学があったと言う事か。
「じゃあ最後に俺か。俺はナイツ。君はこの国の南方出身と言ったが、俺はもっと南、イーチ国から来た」
イーチ国はフォース大陸の南部にある国で、かなり温かい国だと聞く。そのせいだろうか、良く見ればナイツの肌は日に焼かれた様に浅黒さがある。
「へえ他国出身者が他国まで来て、良く魔法大学で学ぼうと思ったね。イーチ国にだって、この大学程じゃ無いにしろ、魔法使いの団体はあると思うんだけど」
魔法使いは、どんな社会でも貴重な能力者だ。何人も働かせなければ出来ない結果を、個人が指先一つで行ってしまうのだから。
だから、どこの国だろうとも、魔法使いを育てる機関と言うのは存在しているはずなのだ。
「ああ、俺の国にも、魔法使い同士が互助し合うギルドってのがあるんだが、それでも大陸で魔法を学ぼうと思えば、マジクト国の魔法大学が一番さ」
この後も、如何に優れた魔法使いになりたいのかをナイツは語る。そんな話声が聞こえたからだろう。
彼らに興味を持った人物が近づいてきた。
「随分と強い向上心を持っている様だな。なかなか面白そうな生徒だ。一度、うちの講義を受けてみないか?」
話しかけて来た人物は、黒いフードを着込んだ中年の男性だった。辺りで声を張り上げる教室の生徒とは違う様子なのがすぐに分かる。
「私はヘックス。これでも教室を持つ教師だ。少し講義を受ける人数が足りなくてな」
どうにもフードの男は教師だった様だ。そして、これも新手の勧誘と言えば良いのか。ただ教師から直接と言うのは珍しかったので、クルト達は誘われるまま、ヘックスの講義を受ける事にした。
教室にはクルト達を含めて九人程。それ程大きな教室では無いが、余裕の有る数だ。席も空いているので、クルト達は並んで座った。
彼らを誘ったヘックスと言う教師は、さっそく教壇に立ち、講義を始める。
「私の教室はあまり宣伝をしていなくてね。教室を埋める程では無いが、この数は多く集まった方だ。来てくれて礼を言わせて貰う」
少しだが頭を下げるヘックス。これから教えを乞うのはこちらの方だと言うのに、可笑しな気分になる。
「では講義を始めようか。新入生の多くは、魔法と言う物を派手な物だと思っている事だろう。しかし魔法を使うには、弛まぬ研鑽と、知識の吸収が必要である。この大学への入学に対して、君たちは相応しい努力をして来たと感じているだろうが、これから必要なのは、それ以上の苦難へ挑む意思だ」
ヘックスは派手な魔法も使わず、ただ魔法に対する心構えと注意を話す。地味な授業であると、見た物は感じるだろう。しかし、魔法大学へ入学したての者にとっては、もっとも必要とされる知識のはずだった。
この教室で彼の講義を受けている者は、それに気付いているらしく、皆の視線は真剣だ。
そんな中で、クルトはある事に気が付いた。自分と共に、この講義を受ける事になったシーリアとナイツに自分は会った事が有るのである。
こうやって座りながら横顔を見ればそれが分かる。彼らは、クルトが入学試験に挑む際、試験が行われる教室で緊張していた時、余裕や喜びと言った表情を浮かべていた二人だと思いだした。
(こんな偶然もあるもんなんだ……)
ちょっとした偶然であるし、重要な事では無いが、それでも思い出したのだから大切な事かもしれない。クルトは、二人の事をここだけの事では無く、覚えて置こうと考えた。
「魔法とは知識と経験の集積だ。魔法を知らぬ者にとって、我々は奇跡の使い手かもしれないが、事実はそうで無く、出来る事を効率よく行っているに過ぎない」
一方で、ヘックスの授業にもしっかりと耳を傾ける。魔法使いの心得を知るには、この授業は大切な事を語っている。初めに受けた授業は、幸運な事に当たりだったのだろう。
結局、講義は日が暮れかけるまで続いた。
「どう思う?」
聞いてきたのはナイツだ。講義が終わり、ヘックスは教室を去った。後に残ったのは生徒達で、それぞれが講義の感想を話している。
「私は良かったと思う。だって、あの先生は魔法についての授業をしながら、見せかけの魔法を一度も使わなかったわ。それはきっと、私たちへしっかりと知識を授けようとする姿勢の現れだと思う」
シーリアは、既に自身が学ぶ教室を決めた様子だ。それは、ナイツも一緒らしく、彼女の言葉に頷く。
「俺は、あの先生から何か使命感を感じた。俺達をしっかり育てようとしているって姿勢だな。魔法に対する真摯さみたいな物も、授業の中で知る事が出来た」
あの先生なら、厳しいけれど自身を成長させてくれるかもしれないと熱く語るナイツ。どうやら、二人の心は既にこの教室に入っているらしい。
「それで、君はどうするんだ? 俺はこの教室は当たりだと考えている。偶然みたいな出会いだが、有意義な事だとも思う」
偶然みたいな出会いとは、この教室と出会った事か、それともこの三人がこうして並んでいる事なのか。
「そうだね。僕は―――」
もうちょっと考えてみると言って一人教室を出た。あれ以上居たら、否応無く、あの教室に入る事になりそうだったから。
クルト自身、ヘックスの授業は良い物だったと感じる。彼の元で学べば、自分が諦め無い場合に限り、きっと大成できる気がした。
「だけど、何か引っかかるんだよ。そうやって、階段を昇るみたいに苦労して頑張って、達成感を抱いて。あれ? 良い事じゃん。じゃあどうして決めなかったんだろう」
ますます自分の心が分からなくなる。いったい、自分は何を求めているのか。どんな魔法使いになりたいのか。
「でも、幾ら悩んだって、他に選べる物も無いんだけど」
トボトボと大学の中を歩く。日は赤くなり、賑わっていた道も人が疎らだ。これから別の教室を探すなんて雰囲気ではまず無い。
もうヘックス教室に決めてしまおうか。そんな気分が心中を埋め始めた時、クルトの視界に、初老の男が目に映った。
いや、良く見ればさらにもう少し齢を経ている様に見えたが、真っ直ぐに背を伸ばしている姿に若さを感じて、若い印象を受けたのだろう。
そんな老人が、頭を掻きながら困っている。いったい何があったのだろうか。気になったクルトは声を掛けた。
「どうかしましたか?」
老人はクルトに気付き、こちらを向いた。
「うん? もしかして新入生かい? いやねえ、新入生勧誘の日だとは覚えていたんだが、どうにも遅れてしまって、講義を開けんかったんだ」
困った困ったと頭を悩ませる老人。しかし幾らなんでも遅れ過ぎだろう。もう既に撤収した所もある。こんな状態で講義を開いた所で―――
「あれ? 講義? もしかして、お爺さんは大学の教師ですか?」
「ああ、一応な。教師の義務として、何か事情が無い限り、新入生勧誘の講義をしなければならないんだが、こんな時間帯じゃあ、受ける生徒がなあ」
「だったら、僕が受けましょうか? まだ入る教室を決めて無くて、講義を受けれるなら受けて置きたいです」
自分の胸に手のひらを当てる。老いた教師が困っていて、それを解決できる生徒が居る。ならば解決して置くのが生徒の務めだろう。
「本当か? それなら助かるが……」
老人は空を見る。そうして今度は、もう時間も遅いが大丈夫かと言う視線をこちらに向けた。
「遅くなっても別に構いません。故郷から一人でこの魔法大学に入りましたから、時間の余裕だけはあるんです」
「ふむ。なら、講義を始めようか。例え一人だとしても、大切な生徒だ」
老人はなにやら荷物を探り、小さな折り畳める椅子を取り出して、その場に設置する。
「あの、教室には向かわないんですか?」
「必要かね? 君とわしの二人だけ。わざわざ教室で行う必要も無いだろう」
老人は折り畳み椅子をクルトにも渡す。座れと言う意味か。
「それでは講義を始めるか。まず自己紹介からだな。わたしの名前はオーゼ。君の名前は?」
「クルトです。魔法使いになるために、この大学に入りました」
笑われた自己紹介を、もう一度繰り返すクルト。この出会いは、偶然か意味の有る物か。良い物か悪い物かすら分からない。
ただ一つ言えるのは、この教師オーゼが、クルトの師となる人物であると言う事だ。
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