社説
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司法取引の導入/検察の信頼回復が先だ

 かつて強大な権限と圧倒的な威光をほしいままにした組織が、新たな「武器」を手に再び暴走する懸念はないのか。組織改革がどれだけ進んだのか、慎重に見極めた上で運用を託すべきだ。
 今月7日に衆院で可決され、今国会での成立が見込まれる刑事司法改革関連法案である。司法取引の導入や通信傍受の対象犯罪を拡大する一方、取り調べの録音録画(可視化)の義務付けは、裁判員裁判の対象となる事件と検察の独自捜査事件に限定された。
 2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件など一連の検察不祥事がきっかけとなった見直し論議が、「捜査の武器」を拡大する方向で決着しようとしていることには不安の声が根強い。
 特に司法取引は容疑者が虚偽の供述をすれば、無実の第三者がいや応なく巻き込まれる。新たな冤罪(えんざい)を生む危険性が高い制度だけに、検察の運用者としての資質を厳しく問う必要がある。
 司法取引は他人の犯罪を話した容疑者に対し、検察が起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする。首謀者の逮捕が難しい振り込め詐欺などの組織犯罪や、全容解明が求められる汚職などの経済犯罪が対象となる。多くの国民が摘発・根絶を望む犯罪だが、検察による適切な運用が保証されなければ、効果を挙げるどころか、冤罪を生むリスクだけが高まりかねない。
 気掛かりなのは、検察が今も、自ら描いた事件の筋書きに合わせ、関係者の供述を引き出す手法から脱却できていないように見えることだ。
 浄水設備導入をめぐり、岐阜県の美濃加茂市長が事前収賄罪に問われた事件では、その懸念が一層深まった。ことし3月の名古屋地裁判決は、別事件で起訴されていた贈賄業者が自分の処分を軽くするために虚偽の供述をした疑いがあると指摘。現金授受があったとする贈賄業者の供述は信用できないとして、市長に無罪を言い渡した。
 「贈賄業者が別事件の余罪の追及を免れるため検察と取引した」との弁護側の主張は認められなかったものの、都合の良い供述に頼ってストーリーを描き、強引に自白に持ち込もうとする捜査が今も続いていることを疑わせる。
 元知事が収賄罪に問われた福島県のダム建設工事をめぐる汚職事件では、法人税法違反罪でも起訴されていた贈賄業者が「『脱税の罪を軽くする』と言われ、検事に思い通りの調書を作らせた」と半ば公然と語った。元知事は12年に有罪が確定したが、認定された賄賂金はゼロ。犯罪として実体があったかどうかさえ疑われる結末となった。
 筋書きありきで取り調べを重ね、時には密室で取引を持ち掛けるなどして得た供述を基に事件を組み立てる。一連の不祥事では、そうした検察捜査の在り方が厳しい批判を浴びたはずである。
 司法取引の導入に当たり、検察は不祥事を教訓に取り組んだ組織改革の成果を具体的に示すべきだ。審議を担う参院には、検察組織が国民の信頼に足る姿に改革できたかどうか、十分に検証することが求められる。


2015年08月24日月曜日

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