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魔王と呼ばれた女 作者:マグロアッパー
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2.魔王と勇者 ◆イラストあり


 それから私は破壊衝動の赴くままに、大陸の各地を破壊して回った。
 憧れた町も、華やかな都も、住んでいた村と同じ小さな村も、等しく破壊した。

 やがてそれにも飽きると、グリステン大陸北に存在する、大国の王都を訪れる。

 ゆっくりと、白く、まばらに降る雪の中、手始めに城下町を焼き払う。人間どもの泣き叫ぶ声を楽しんだ後は、城内の人間を殺戮して根城とした。

 死体を片づけるのが面倒で、一人や二人、奴隷として残しておけばいいかと思ったが――。

「いや、待てよ……」

 その時になって、屍を元に新たな命を――奇妙な生き物を作り出せる能力があることに気付いた。力を試すべく死体に手をかざすと、肉がぼこぼこと膨れ上がる。

 そうして私は、血に濡れた骸を元にして、人間が見るにもおぞましいであろう怪物を次々と作り上げた。時に幾多の死体を一つにし、巨大な怪物とする。

「行け! 人間どもの世界を、破壊してこい」

 彼らは言葉を用いることが出来なかったが、私とは漠然とした意思のやり取りが出来た。私の代わりに、怪物どもに世界を破壊させる。

 私はその頃になると、自分がクリスと呼ばれた少女であったことも忘れた。

 退屈だけが、日々に圧し掛かる。娯楽の一環で怪物に人を浚って来させ、この身の退屈を紛らわせてくれそうなことは、全て試した。

「や、やめてくれ? お、お願いだ! や、やめ……う、うわぁぁぁぁ!?」

 閉じ込めて、引き裂いて、砕いて、刺して、燃やして、刻んで、(えぐ)って、壊して、貫いて、穢ごして、損なわせて、なじって、嬲って、弄んで、台無しにして、焦がして、潰して、せせら笑って、狂わせて、麻痺させて、踏みにじって、打ち捨てて――殺した。

 だが当然ながら、それだけでは満足しない。

「ねぇ、助けて、お願い! 何でも、何でも……しますから」

 涙を流させて、命乞いをさせて、跪かせて、足を舐めさせて、嘲笑して、足蹴にして、絶望させて、僅かな光を見せて、縋らせて、縋らせて、隙を見せて、逃亡させて、走らせて、突如現れて、絶叫させて、膝から崩れ落ちさせて、虚ろに笑わせて、高笑いして――殺した。

 その際に、私が彼らから魔王と呼ばれていることを知った。

「ふっ、魔王……か」

 また私は自然の(ことわり)の外に置かれたようで、味覚や嗅覚といったものはあったが、食欲は無く、寝りを必要としなかった。汗もかかず、髪の毛も爪も伸びない。煩わしい女性特有の物さえ……。

 それでも、以前から纏っていた服は摩耗する。城にあった豪奢な衣装を着まわして遊んだ。身を飾ることに享楽を覚えた時期もあったが、それにも直ぐに飽きた。

 他にも能力を確かめるべく、上空を遙か高みまで登ったこともあった。だがある地点から上へは、どうしても進むことが出来なかった。

 自分が、世界と言う枠の中の存在に過ぎないと囁かれるようで、奇妙な腹立たしさを感じる。空を飛び、炎と風を操ることは可能だが、出来ないこともある。

 しかしその際に、新しい遊びを思い着いた。天空まで、浚って来て、もう生かしておいても仕方ないと思った人間と共に登る。そして――。

「い、いやだ、いやだ、あぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 ――手を離す。

 髪をむしられる女の悲鳴。おびえた、犬の悲鳴に似た哀れな声。そのどれとも違う、愉快な悲鳴を長く聞けることに気づき、人間を玩具にして遊んだ。

「ふっ、はは! あはははははは! ははははは! あはぁ」

 破壊と殺戮が、私の全てだった。

 そんなある日、私を私として存在させている核のようなものが、ある直感を届けた。私の対となる力を持った存在が、目覚めたという直感。

「ほぉ、退屈が紛らわせそうだな」

 その力を持つ存在が何処にいるのかを、私は自然と感じ取ることが出来た。途上にある村や町を破壊しながら、飛翔して面白半分で向かう。


「あは、あははははは、あはははは、ああはははああはあはははは!」


 その先で私は、果実に切り口が入って、時間を置いてぐずぐずと(ただ)れ、腐っていくような。そんな笑い声を、平野の上空で散らかした。

「ク、クリスさん!? ど、どうしてここに?」

 あの少年が、そこにはいた。
 生意気にも仲間を引き連れ、剣を持ち、似合わない軽装の鎧を装着している。

 私は笑い終わった後、ゆっくりと奴の名前を呼んだ。


「お前か、お前だったのか……カルル!」


 これがどうして笑わずにいられよう。私の対となる力。その力を宿したのが、気弱な、縋るような目つきの、あの少年――カルルだというのだから。

 そしてよりにもよって、奴は私を救いだそうと、魔王討伐の旅をしているのだと言う。勘違いした信念を持つ子供ほどに、薄気味悪いものはない。

「笑わせるなよ。私を救うだと!?」

 カルルの目には、自分が正しいと信じて疑わない、子供に見られる傲慢さが宿っていた。それと共に、私への憧れを断ち切れない光のようなものも……。

 本当に馬鹿だ。永遠の幻想として、私を想い出にしておけばいいものを。

「あれが魔王!? ほ、本当だったのね、カルル。魔王があなたの……」

 カルルの仲間と思われる人間共が、私に警戒の目を向ける。剣を構え、戦闘態勢を取る男もいる。カルルを含めて五人。その中に女が一人だけ混じっていた。

「クリスさん、お願いです! 元に戻ってください! ぼくは、ぼくは!」

 どう調理してやろうかと、ほくそ笑む。挨拶代わりに、カルルの言葉を遮り、戦士然とした男を烈風で切り刻んだ。鋼の鎧と共に、分厚い筋肉を身に纏った男。

「ぐっ、ぐおぉぉぉ!?」

 脆い。鮮血が霧のように飛び散る。次いで手の平から衝撃波を発すると、風に吹かれたごみ屑のように、情けない声を上げて、その場から吹き飛んだ。

「なっ!? や、やめてください! クリスさん、ぼくは、ぼくは!」

「ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、五月蠅い! お前がいう” ぼく ”ほど気持ち悪いものもないな。えぇ、カルル? しかしお前は本当に、私の対となる力を宿しているのか? まったく力を感じないぞ」

 鼻から息を抜いて笑う私。絶句するカルル。
 その対照性が愉快で、からかってやろうと戦闘をしかけた。

 結果、憮然とした表情で、眼下の奴等を眺める自分がいた。
 興奮は潰え、ただ一途に冷え込んでいく物を身の内に感じる。

「つまらん……」

 打ち捨てられたぼろ雑巾のように敗れた姿を晒す、カルルとその仲間たち。地に這いつくばりながら、自分の無力を痛感してか、忸怩たる表情を作っている。

 カルルは空も飛べず、火や風を操ることも出来なかった。力の守護のお陰か頑丈だが、それ以外は普通の人間と変わらないように思えた。

「どういうことだ? カルル……まさか私が相手だから、加減をしてるんじゃないよな?」

 カルルはその問いかけに、口を強く引き結んで何も答えない。
 私は企みに、醜悪に笑んだ。高速でその場から旋回し、移動する。

「なっ――!?」

 地に伏せっている、戦士のような身なりの女。その背後に回り込んで頭を片手で鷲掴み、カルルたちが手を出せない距離まで、再び瞬時に飛ぶ。

 その女を選んだのは、子供のカルルに、女が色目を使っていることが分かってしまったからだ。気に食わないと思った。理由も分からず、気に食わないと。

「はっ、放せ!! ま、魔王ぉぉ!」
「黙れ」

「くっ!? ……ああぁぁぁぁぁあ!?」

 女が暴れようとするので、頭を掴んだ手に力を込めた。果実を握り込むように容赦なく。すると女は奇怪な声を上げ、大人しくなる。

 剣が女の手からするりと零れ落ち、地上に落ちて乾いた音を立てた。

「カルル。私は最近、とっても面白い遊びを見つけたの。飛べるところまで人間を携えて飛んで、その後、手を離す……」

 私は口の端を曲げながら、茫然とその光景を見守っていたカルルに語りかける。誰かのように、狡猾そうなものをひらめかせながら。

「クリスさん? な、なにを!?」

 するとカルルは立ち上がりながら、期待を裏切らない、いい顔をした。
 あの時と同じ、何の力もない、一人の気弱な少年のままの……。

「ねぇ、カルル。知ってる? お前が私と一緒に逃げてくれたら、こんなことにはならなかった」

「え……」

 目を見開き、億したような声を上げる少年。
 爆ぜるような歓喜に精神が昂揚し、頭がクラクラとしそうだ。

「カルルが村を燃やしてくれれば、こんなことにはならなかった」
「そ、そんなことって……!?」

 そんな沈鬱そうな顔をするなよ、カルル。覚悟も決意も、力もなかった癖に。
 それにこの世界では、一度起こったことは元に戻らないのだから。

 からかうことで、純情なものから悔恨を吸い上げて、気持ち良くなった私。
 視線を手に掴んでいる女に向け、悪戯に笑みながら言う。

「話を戻す、遊びの話だったな。人間を抱えて蒼穹の高みまで飛んで、離してやる。すると、とても心地良い悲鳴を、長く楽しむことが出来る。途中で気を失ってしまう人間も多いけどな。カルル、私を楽しませてよ。そうじゃないと……」

「ひっ!? わ、わたし、いや、いやぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!」

 釣り上げた魚のように、女が最後の力を振り絞って暴れ出した。その生命が上げる絶叫に、私はひどく嗜虐心をそそられる。舌なめずりしたくなる程に。

「抵抗しても無駄だ。お前は私が釣り上げたんだ。だから――」

 これ以上暴れないように、もう片方の手で首を絞めた。人間という玩具の扱いは慣れたものだ。こうすると手足が痺れ、完全に動かなくなる。

「くっ!? あ、ああ」
「絶望して、泣きわめいて、惨めに大地に叩きつけられて――死ね! あはははははは! あはははは……――っ!?」

 突如、不快な臭いが鼻をついた。
 久しく嗅いだことのない、黄色い、疎ましい臭い。

「……まったく、興ざめだな」

 私は赤子のようになった女戦士を、カルルに向かってぶつけるように放った。奴は慌てて受け止めるが、「あっ」と何かに気付き、ぶるぶると震えだす。

「慰めてやれよ。心優しい少年? ほら、早く! 大丈夫ですよって、人間なら誰でもすることですよって! ほら! 早く!」

 言葉を無くすカルルたち。めそめそと泣く女戦士。
 私は嘆息を吐き、つまらないな、と心の底から思った。

 ――せっかく、退屈を紛らわせてくれると思ったのに……。

 口直しに、その場の人間を殺戮しようと思い直す。

 手を前に突き出し、掌に火球を発生させた。瞠目し、金縛りにでもあったかのように動けず、ただ私の姿を見るしかないカルルたち。

 火の球は渦を巻きながら、徐々に巨大化する。やがて身の丈ほどに肥ると、早く飛び出したいとばかりに、獰猛に暴れた。

「さよなら、カルル……」

 しかし、それをカルルに向って射出しようと、意識を働かせると――。

「っ!? くっ、な、何だ!? ぐあぁあぁあああああ!」

 急に頭が激しく痛み出した。
 制御を失った火球は暴れ狂うままに、彼方へ飛んで行く。

「な、何が起こったんだ? カルル、お前が?」

 地上から疑問の声が上がり、視線を向ける。問われたカルルは驚きながら、首を横に振っていた。その場に居合わせた者は誰一人として、目の前の光景を理解出来ないでいた。

 ――どういう……ことだ?

 クリスに備わっていた理性の力が、私の行動を妨げた訳ではない。対となる力の存在。それに気づいた核のようなものが、カルルを殺させまいとするようだった。

 私は訝しい思いに駆られ、そのことに考えを及ぼす努力を強いられた。しかし直ぐに結論は出ず、もう一度試したが――結果は同じだった。

「ちっ! だが……まぁいい」

 (いささ)か不可解ではあったが、カルルが成長するのを待つのも一興かという心境となった。作物が育つのを待つように、楽しみを育てるのも悪くない。

「カルル、強くなれよ。私を殺せるくらいにな。あはははははは!」

 やがて不敵な笑みと言葉を残し、その場を去った。


「ク、クリスさん! クリスさぁぁあぁん!」


 カルルが私を求める甲高い声を、耳に煩く聞きながら。

 

 # # # #



 私はそれ以来、カルルの成長を心待ちにするようになった。

 暇潰しに色々な遊びをしながら、自分の能力を試す。出来ることと出来ないことの間に境界線を引き、そうして私は徐々に、魔王の輪郭を掴み始めた。

「あぁ……カルル、早く私を殺しに来てくれ」

 カルルの姿を夢想する機会も増えた。

 決戦の時を想像するだけで、湿った砂を噛みしめるような退屈も、少しは紛れる。あの時、カルルは私に剣を向けることが出来なかった。

『ク、クリスさん!? ど、どうして?』

 私の城に辿り着く頃には、それが変わっているだろうか。その想像は、本当に私を愉快にさせる。感興の余り、薄ら笑いを浮かべてしまう程に。

 その間にも、世界の各地を気まぐれに蹂躙した。
 街を、人間を――燃やして、すり潰して、なぎ払って、叩きつけて、壊した。

 浚ってきた人間の口から、カルルが勇者と呼ばれていることも知った。

 カルルの存在は噂となり、私が野火のように世界に放った怪物を討伐しながら、確実に力を着けているらしい。

 その怪物が、元は誰かの愛しい人の肉。人間を作り変えたものだとも知らずに。

 また世界各国の王が魔王討伐の号令を発したようで、私の城はよく強襲された。しかしその多くが私の元へと辿り着く前に、城を徘徊させている怪物に食われた。

 時に総力戦で、数で城責めを敢行してくることもあったが、(ことごと)く殺戮した。死に向かい、惨めに積み出されていく兵士たち。虫のように身をよじらせながら。

 彼らの剣も槍も矢も、私を傷つけることは出来なかった。
 ただ身に纏った物だけが、嬲りモノにされた女のように切り裂かれる。

「なっ!? ど、どういうことだ! 剣が進まぬ!?」
「ふっ、ふははははは! よく頑張った方だよ、人間!」

 それに気づいたとき、とある王国騎士団の団長を名乗る男は唖然とし、私は例の如く馬鹿みたいに笑った。

「さて、それじゃあ……死ねぇえぇ!」
「――っ!? ぐあ! ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああ!」

 魔王としての認識が、人間を自分と同等のものとして扱っていないことの理由が分かった。人間が家畜を扱うように、一段低い存在には敬意を示さない。

 私が人間に干渉することは出来ても、人間が私に干渉することは出来ないのだ。

 やがて各国の王は恐れをなしたのか、城に攻めて来ることもなくなった。城内の死体を私は怪物に作り替える。屈強だった兵士の躯には、特に力を注ぎ込んだ上に数体で一つの怪物とし、計四体で城の守護を務めさせた。

「退屈だ……」

 途切れることのない鎖のように、未来へと繋がり続ける私の日々。老いも飢えもせず、娯楽も尽きた。魔王としての私は、破壊に飽き始めていた。

 常に夕暮れの中にいるような、どこか寂寥たる日々。
 広い世界にただ一人で、この世で私と対等に向き合えるのは……。

「カルル……早く、私を殺しに来い」 

 日に日に、私はカルルの存在をより近くに感じ始めていた。それは以前と比べて力強く、眩い光を放つ光源のように、はっきりとしたものだった。


 そしてついに、カルルが私の城に辿り着く日が訪れた。


 私がカルルの存在を感じ取れるように、奴もまた、私の存在を感じ取っている筈だ。王の椅子に腰掛け、クツクツと喜悦に腹を揺らしながら、虚空に語りかけた。

「さぁ、来るがいい。……カルル」

 カルルと一対一で戦う為に、奴の仲間を城内で離れ離れにする方策を立てた。四体の強力な怪物に、カルルの仲間とそれぞれ対峙させる。人間に興味はなかった。

 カルルが城に侵入してから、どれだけの時間が経っただろう。

 王の謁見の間に、靴が石の床を打ち鳴らす、冷たくも心地よい音が響いて来た。酒でも呑んだように、その足音が近づくほどに愉快になる。

 やがて私は、笑みを深めてその存在を迎えた。


「魔王……ぼくは、あなたを――」


 ――人々から、勇者と呼ばれる存在。


「倒します」


 ――少年、カルルを。


 カルルの顔を直に眺めるのは、実に二年ぶりだった。

 同じ人間とは思えぬほどに、随分と逞しく成長している。筋骨隆々という訳ではないが、華奢な印象はない。背が伸び、何よりも憂愁を帯びた目が特徴的だった。

 強い優しさが表面に湛えられているが、その奥には、深い静けさがある。人生の深淵を覗き込んだような、全てを悟ると共に、諦めたような目だった。

「そうか……」

 私は片頬を窪ませて笑いながら、立ち上がった。

 視線は自然と、カルルの持つ剣に注がれる。特別な剣と言う訳ではない。だた本能的に、それは私を刺し貫くだろうと思った。

「この場所では、お互い力を出し切って戦えないな。広い場所に移ろう」

 その提案に、カルルは馬鹿正直にも黙って首肯した。
 私はその場で宙に浮かび上がると、窓を破り、城から離れた荒野へと向かう。

 カルルは相変わらず、空を飛べなかった。しかし常人離れした動きで城の屋根を駆け、地を跳ねるようにして私に着いて来た。

 全ての生物が死に絶えたような、草木すら一本も生えない大地。
 私とカルルはそこで対峙し、どちらからともなく戦いの火蓋を切った。

「はぁぁぁあ!」
「――っ!」

 禍々しい紅蓮の奔流の中、炎を切り裂くように、勇者と呼ばれた少年が突っ切ってくる。私の攻撃は、火はもとより、疾風でさえも切り裂かれ、無効化された。

「少しはやるようになったな、勇者よ」

 ただカルルはやはり、自然の理の中にいるようだった。火や風を生み出したり、操ることは出来ないでいる。勝機はそこにあった。

 私は正方向で戦うことを止め、空中に逃れ、火炎弾を霰のように降らせた。頬にはカルルの剣の切っ先が触れ、石がひび割れたような傷が出来ていた。

「ふっ、カルル! 勇者と呼ばれようが、所詮は人間だな。俊敏に動く、頑丈な肉体を与えられただけか? ははははは! 勇者の力が、笑わせる!?」 

 自分自身に言い聞かせるように、余裕を見せつけるような口調で言い放つ。

 カルルは自分が少年であることを忘れたかのように、寡黙だった。静かに火炎弾を避け、切り裂き続ける。時に鎧に当たっても、怯んだ様子はまるで無かった。

「ちっ!」

 冷静な思考を持つ私が、一端引き、不意を突いて殺すべきだと囁く。得体の知れぬ不気味なものが、カルルの周囲に気迫となって、ぐろぐろと渦巻いていた。

 それは魔王になってから初めて覚えた、恐怖だった。

 だが頑迷な私は、空中から攻撃をし続けるべきだと言う。カルルの体力も無限ではない。今は呼吸は乱れていないが、必ずや力尽きる時がくるだろう。

「はぁぁぁあ!」

 私は迷った末に、後者の戦略を採用することにした。
 烈風を、避けにくい足もとに走らせ、カルルの体を切り刻む。

 ――空に逃げてしまえば、奴は私に攻撃することは出来ない。ならば!

 一瞬でも迷った自分に対し、嘲笑をぶつける。
 思いを新たにし、睨みつけるようにカルルを改めて眺めると……。

 ――何だ? この違和感は?

 地面がやけに薄暗いことに気付いた。不穏な空気。突如として、怯えが体内を駆け巡る。咄嗟に顔を上げると、そこには雷雲が現れていた。

「なっ!?」

 私は驚愕に体の自由を奪われながら、目を見開き、ある予感を覚えた。
 その場から急いで離れようとする。

 しかし、その時には全てが遅かった。
 カルルの口が小さく動き、言葉を紡ぐ。


「雷よ、降り注げ」


 大気を真っ二つに切り裂くような、烈しい震動。空気は爆発的に膨張し、頭上から光の奔流が、爆音と共に降り注ぎ――。


 カルルが放った雷に打たれ、私は意識を失くした。

 
■イラストレーターさんからの頂き物

挿絵(By みてみん)

クリス:魔王の姿
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