北ア・真川スゴ谷一ノ谷鳶谷(94.8.20-22)

L.笹生博夫,金井多計子,山本美子,岩崎肇,笹川治,矢本和彦(記)

 五色ガ原山荘といえば志鷹のおじさん。「お〜っ,あんたら,誰も知らない,鳶山に詰めるいい廊下のある沢があるぞっ」と,五月のオートルート。たしか,今年五月三日のことだったと思います。まずは,この沢を計画するきっかけからReview。
 夏にすら訪れたことのない北アルプスのオートルートをテレマークで縦走しようと,矢本・野村・笹川の専大岳友会OBの心許ない三人組,初日の五色ガ原山荘でのことでした。ルートを教えてもらおうと,小屋主の志鷹のおじさんに尋ねると,「この人たちに聞いたほうがいい」と親切そうな熟年,いや壮年パーティー。八人くらいで小屋の中央に席を陣取り,どうやら常連さんらしい。細かくルートの状況を教えてくれた上に「お味噌汁,食べませんか?」と食料まで分けてくれた。
 そんなに広くはない食堂,いろいろな話が耳に入って,かすかに記憶の輪郭をよきってゆく。ラントネという言葉が出て岡安さんを思い出した。その前の年,九三年三月六日だったかな,吾妻小舎で,たまたま隣りの席に居合せていたパティー。笹生さん,大西さんのことも思い出した。土湯にデリカの4WDをおいて,来ていた人たちだ。不安なオートルートに頼もしい道先案内人,というわけではないけど,まあ一安心。しかし,天気予報が目茶苦茶悪く,どうしようもない。下山するなら,おじさんは立山温泉経由で自分の家に案内すると言ってくれる。志鷹おじさんは芦峅寺の人,とにかく話がおもしろい。山の話,猟の話,今の話,昔の話,縦横にうんちくが深い。深い。誰も知らないゴルジユの谷,御山谷への近道ルート,立山温泉の話。行く先に自信のない私は一気に立山温泉に気持が傾いていました。悪天ならば仕方がないと。
 翌朝,稜線との境目がはっきりしないような灰色の空。ランドネ部隊は慌ただしく,なんと出発する模様。天気はもちそうだと言う。出発を決めかねていた私たちも,こうなったら後に続けと出発の準備。急いで食事をして小屋を出ると,後を追いかけるように,ひたすらに,ランドネのトレースに自分のトレースを重ねていました。
 こうして始まった我々のオートルートもビバークしたり,道に迷ったりしながら何とか予定どおりに上高地にたどり着くことができました。ところが,太郎の小屋で先に行ったはずのランドネがどこまで行ってもおらず,まさか遭難するわけはないと思いつつも帰京後,連絡したことから今回の沢へと話が発展した次第。志鷹おじさんとの再会,未知の谷,立山温泉への期待,そして,笹生さんの気さくさ,岡安さん,金井さんらの大らかさに,不安もなく参加させていただきました。
 ここまでが少々長い,いきさつのReview。当初参加予定だった岡安さんが残念ながら参加できなくなったものの,ランドネvs専大OBによる未知の谷遡行計画が決行される運びとなったわけです。

 八月一九日(金)20時新宿駅南口集合。笹生さんのデリカで一路折立へと向かう。その前に余談ですが,笹生さんが7月の後半からイギリスヘ行き,山行の連絡をするため,金井さんにTELしたとき,電話にでたお母さんは,金井さんは「マラソンに出ています」と言った。マラソンしているとは,殊勝だなと思いました。折り返しで金井さんから電話がきて,「来週から北海道のクワンナイ川に行く」と言う。へえ,いいなと思いましだが,その後,もう一度,電話で話した際には,「お盆には上ノ廊下に行っていたそうで,この夏,暑さでバテバテだった私は今回の山行,自分がついて行けるだろうかと心配していました。
 車は午前2時半過ぎに有峰林道のゲ一トに着き,約三時間ほど横になってから折立へと向かう。睡眠不足の身体に鞭を打ち,重い瞼をこすりながら真川林道,工事車両専用道路を歩き出す。ここからが今回の山行の始り。

 八月二十日(土)。ガイドによると,折立のゲートからスゴ谷出合までは徒歩約2時間30分。東京の暑さから解放されて心地好い涼風。北アルプスの薫りを胸一杯に吸い込んで,ゆっくりと歩き出しました。空にはここ数日,寒気が入り込んでいるようで,あまりよさそうではない。と思っていたら,後方から工事の車が次々と来るではありませんか。よし,乗せてもらおうと手を上げましたが,我ら専大山男がいくら手を振っても止まってはくれません。逆にアクセルを踏み込んで通過して行きます。そこで,パーティー屈指の美女,金井,山本お姉さんにお願いし,ちよっと手を振ってもらう。まず,試しに山本さんが右手に帽子を持ってちょっと振ったら,あっと言う間にワゴン車1台チャーター,スゴ谷出合まで乗せていただきました。さっそく,笹生さんは「ランドネにはいるといいだろ,君たちだけならずっと歩きだぞ」と,まるで捕虜を拷問する将校のように薄笑みをたたえて我々を攻撃。か弱い僕らは,それはそれで,気持いい空気の中を歩けるのだからと,意を強くしていました。
 スゴ谷出合は幅100m位はあるだろうか,標高約1050m。見上げると,広い河原にいくつもの砂防ダムがかかっていて,水は枯れている。7つか8つ,それを越えて進むと旧スゴ谷橋に着き,そこから入渓となる。沢の装備を身にまとうと,まずは一ノ滝10m。右岸のルンゼから岩に取りつき滝を越え,ザイルを使って5mの懸垂で沢床に降りる。水量は上流に取水ダムがあるため,さほど多くはない。が,そこは北アルプスの谷,両岸何百mもの急峻な崖で山の深さ,スケールの大きさを感じる。上空はガスが渦巻いたり,晴れ間が見えたりしている。なかなかの雰囲気。次の5mを右と左から好きな方で越えると,取水ダムがある。右岸コンクリートの壁を登るが,鉄パイプ製ハシゴの下の方が抜けている。シュリンゲを使ってアブミにし,空身であがってザックを引き上げる。ひたいに汗がにしんでくると,次はニノ滝20m。落口からまっすぐ滝壷に落ち込む流れは,とてもじゃないが登れそうもない。50m下流にいても水の飛沫が眼鏡のレンズを曇らせる。笹生さんは岩にとりつき,水流沿いにルートを求めるが,寝不足の私はやる気がでない。結局,左岸の枯沢から高巻くことにして,高度を上げて薮を漕ぐ。足場,ホールドともに悪く,滑ればアウトのいやな高巻。何とか進むが,笹生さんが薮に眼鏡を取られてしまう。見つからずに探しまくって,気がつくと,目の前の枝に引っ掛かっていた。沢に戻って一安心,深い廊下の底となる。
 沢が左に曲って正面が開けると,枝沢が5m・10mの滝をかけている。すると,ゴーロ状となって空が開け,一ノ谷とニノ谷との出合となる。ここから先は遡行図もなく,未知の谷。ニノ谷は狭いゴルジュに3mの滝をかけている。ルートはどれも悪そうだが,我々は正面突破を試みる。専大の三人が右岸左岸から肩車攻撃などで次々と攻めるがルートは開けない。あまりの滑稽さに金井さんと山本さんが,岩に向かって爆笑していて,辛そうだ。そのうち,笹生さんが左岸から素直に高巻いて上流に顔を出した。遊びは終わりと後に続く。全員が滝上に出ると,昼食,そうめんということになった。その頃,空に濃いガスが立ち込め,ポツポツと雨が降り出してきた。カッパを着込むと,テント場を探すこととなった。徹夜の疲れもあるし,雨の中無理をしても仕方がない。わずかに上流部で草を払ってテントを張ると,さっそく焚き火で衣類を乾かし,身体を温める。私はテントで寝ていました。夕食は金井さんと山本さんが,ご飯に鮭とかとん汁とかサラダとか用意してくれた。僕らには逆立ちしたって作れそうもない。美味しそうな料理を前に目をうるませていると,またもや笹生さんが,「君たちもランドネに入ると,山行の度にうまいものが食えるんだぞ」と目を細める。「大西もこれで入会したんだ」と,我々も同じ手で落ちると確信しているらしい。沢は軽量コンパクト化にスピートが大切なんだと,自分に言い聞かせてはみるものの,口の中は唾液で一杯になっていました。

 八月二十一日(日)は四時に起きるが外は雨。少し様子をみることにする。五時半頃になり,雨は小降りだし,行くという判断が笹生リーダーから下った。出発する頃には雨もやみ,今日は五色の小屋を目指す。笹川をトップに,広いゴーロを早いペースで進む。二俣の手前に10mのナメ滝がありウオータースライダーを2回ほどして遊ぶ。すると,あっと言う間に鳶谷出合。途中に昨日よりいいテントサイトが何ケ所かあった。
 鳶谷に入るとすぐに核心部となる。2mほどの滝を右岸の岩場から越えると,20mの大滝がかかる。ルートは右岸の岩璧をトラバースして落口から越えるか,左岸のルンゼ状から高巻くかのどちらか。いずれも悪そうだ。左岸ルンゼは岩が脆そうだしハングしているようにも見えるので,右岸の方がよさそうなのだが一部3mほどのトラバースが悪い。右岸を10mほど登ってハーケンを打ち,ザイルで確保しながら岩崎が慎重にルートを探す。この滝を通過すると,次は2mほどの滝がゴルジュにかかっている。矢本が笹生さんの肩で上がって左岸をへつって通過。沢は大きく左に曲ってから,また右に向きを変える。ゴーロ状になって右から越中沢岳からの沢が入る。水量が減り,沢が階段状になって高度を上げ始めると,俄然,金井さんが先を歩き始める。今まで沢で女性ということで荷物とか区別されたことがないのよ,と言うだけあって早い。しばらく進むと,上部二俣の手前にわずかに雪渓がスノーブリッジとなって残っていた。二俣を右にとると,10m位の滝をかけて枝沢が入る。沢が北へと向きを変えるころ,西向きの谷に入って2356mの最低鞍部を目指す。途中,バテバテの山本さんが「一本」と言っても,金井さんは「もうすぐよ」と足を止めない。ガレを詰めて露払いをすると,鞍部はすぐそこ。最後にハイマツを8分間漕ぐと,稜線の登山道につく。遡行は無事終了し,ビールで乾杯となりました。
 ガスの中,鳶山を越えて五色の小屋に到着すると,志鷹のおじさんが出迎えてくれた。鳶谷を下から全部上がってきたのは,あんたたちが初めてだと言われると,嬉しくなってくる。お風呂で汗を流して,夕食とする。マリネとかハムステーキとか,美味しい,座敷の上でおじさんの話を聞きながら,ご飯を食べる。おじさんも山の話をするのが楽しそうで,豪快な笑いとともに夜が深けていく。

 翌,八月二十二日(月),普段食べている朝食よりもおかずが多く,笹生さんの言葉を思い出しつつご飯を口に運ぶ。今度はいつこれるのかなと思いつつザラ峠を下って立山温泉を目指す。このルートは知る人ぞ知るクラシックルートだが今では所々に踏み跡が残るだけだ。アリ地獄のようなガレ場を下って沢床に出ると,国見谷がすぐに入り,左岸から温泉の滝が落ちて流れ込む。おそらく新湯からのものであろう。我々も温泉を求めて最初の堰堤のところから,刈込池を目指すことにする。笹生さんがナタで枝を払いながら進むが,踏み跡が分からなくなる。薮を詰めて,木に登って周囲を探すが池が分からない。かなり近くまで来ているはずだと分かっていながらも,道が分からない。もう少しでたどり着くはずだが,帰りの時間を考え下山することにした。折立まで林道をまともに歩いたら優に6時間はかかるはずだ。沢に戻って流れに沿って下降するが,ときたま尺はあろうかと思われるイワナを淵で見かける。釣糸を垂らせばすぐにでも釣れるだろうが,ここはイワナの楽園,一路折立を目指す。硫黄分を含んだ沢は黄土色のコケのようなものが岩に付着し,よく滑る。笹生さんもザックにつけたヘルメットに何度も水を汲んでいた。松尾谷が入って堰堤を越すと,林道がすぐそこまで来ているのが見えた。大型のダンプが土砂を運んでいる。予想以上に林道は上流まで来ていて,あっけなく沢の下降も終わりとなる。
 靴に履き替え林道を少し下ると,立山温泉跡の看板と地震で亡くなった方々の慰霊碑が立っていた。きれいに草を刈った道が下の方まで続いていて,温泉が近くで出ていそうな感じであったが時間がない。温泉はあきらめるしかなかった。その時,丁度一台のトラックが登ってきた。笹生さんは山本さんに「立山温泉の露天風呂がどこだか聞いてみて」と言って荷物を取りに行った。山本さんがΓ露天風呂どこですか?」と工事の人に尋ねると,工事の人は「温泉は分からんが,どこへ行くのか?」と聞いてきた。すかさず「折立に車をおいてあるんだけど」というと,工事の人は「すぐに戻って来るから,乗せてやる」という。一同,山本さんに大感謝。トラックの荷台に乗せていただき林道を走る,六人の顔は予定されていたラッキーと充実感で笑みをたたえている。珍しそうに荷台の僕らをながめる工事の人たちに,金井さんはにこやかに手を振っている。途中,別のトラックの荷台に乗り換え,折立まで一直線,抜群の景色を楽しみました。折立に着いたのは午後三時過き,雨がポツポツと降り出していました。どしゃ降りの雨も,車が亀谷温泉の大山ホテルに着くころには丁度やみ,すべてが計算されていたかの様に順調にこの日の行程が終わりました。と,ここまでが少々長い山行の話,メインの部分です。

 その翌日,八月二十三日(火)は,魚津漁港の近くで取れたての新鮮なアマエビ,イカ,カニを買い,お寿司,パイ貝,果物,野菜,地酒,ビール,ワインなどを仕入れ,キャンプ地を探しました。金井さんの希望で,目的地は海で泳げて,北アルプスの湧水があって,木陰があるところがいいということになりました。いろいろ走り回って,たどり着いたのが黒部川の河口,入善町の園家山キャンプ場という所。ここはすべての条件を満たしていました。流し場では11℃の冷たくておいしい水が湧き出し,シャワーがあって,松林があり,無料でキャンプできる上,海風が気持いい。私たちは,さっそく海で泳いで昼食としました。濡れていた装備を乾かし,この日はここで泊まることに決定。近くの魚屋で取れたての天然ぶりの刺身を仕入れ,夜は楽しい宴会となりました。日本海に沈む夕日,空には星,海には漁火,波の音を聞きながらの一夜。素晴らしい山行に乾杯。また来年も北アルプスの沢をやって,このキャンプ場で会おう。そして,そのときには水着を忘れるなということで,気持は早くも来年へと飛んでいました。
 お世話になった皆さん,本当にありがとうございました。ここで長い報告もようやく終わり。また今度ご一緒させていただける山行を楽しみに,再見。

コースタイム
8月19日
 新宿20:00−(車)−有峰林道大多和峠ゲート2:35
8月20日
 大多和峠ゲート6:55−(車)−スゴ谷出合8:22−二ノ滝出合11:55−幕場14:00
8月21日
 幕場7:20−鳶谷出合8:40−稜線15:30−五色ガ原山荘16:55
8月22日
 五色ガ原山荘7:30−新湯10:15−林道13:40−折立15:15−亀谷温泉16:40

   

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