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西暦2085年、7月2日。月初めの月曜日。
農林水産省に勤めているヨータは、上司の上司に呼び出され執務室の扉を叩いた。
「入りたまえ」
「失礼します」
そう言ってドアノブを押し込み中へと入る。
部屋の調度品は豪華さを感じさせるものの、華美ではなくずっしりと重苦しい感じだった。部屋の主である大臣は両手を組みながら肘を机の上に載せ、椅子に深く腰を下ろしている。その横には、護衛を兼ねた美人秘書が姿勢良く立っていた。
ヨータは大臣にのみ会釈すると、特に緊張した様子も無く机の前まで歩いて行く。
「星月君、だね?」
「はい」
「君にお客さんが来ている」
「私に、ですか」
言われて思考を巡らせるが、心当たりは無い。
「そう、君に天啓機関のエージェントが協力を要請して来たんだ」
「事態は把握出来ましたが、驚いています」
大臣は少し考える様子を見せ、ヨータをまじまじと観察しながら感想を述べる。
「なるほど、その思考の速さ。バイオコンピューターと大差無い。君は優秀なんだな、星月君。先方から直々に指名されるのも解る気がするよ」
「ありがとうございます」
そう答えながら、ヨータはちらりと美人秘書の方を見た。
金色の肩まである髪に、緑色の瞳。真白いブラウスの上に体のラインが出る程細く締まった漆黒のジャケットを着ていて、スカートとストッキングの色も漆黒だ。
彼女はヨータの視線に気付くと、洗練された微笑を返した。
「君が今担当している業務は?」
「関東平野の要撃管理と、第八十九次高尾山林除染計画の調整、それから情報評価課より送られて来る調査依頼です」
「それらの引き継ぎは全て仲村君にやらせておくから、今すぐ第七応接室まで行って先方に全面協力して来なさい」
「解りました」
しっかりとした返事に、大臣は満足そうに頷く。
「頼んだよ、星月君」
「はい。それでは、失礼します」
ヨータはそう言って一礼し、踵を返す。
「死なない程度に頑張って来なさい」
その後ろ姿を、大臣は暖かい言葉と共に見送った。
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