刑事司法改革法案
2015年08月24日 05時00分
■むしろ冤罪の懸念が募る
冤罪(えんざい)の根絶を目的にした刑事司法改革の関連法案が衆院を通り、今国会で成立する見通しとなった。取り調べの録音・録画(可視化)を義務付け、供述調書に過度に依存しない捜査・公判を目指すはずだったが、可視化の対象は限定され、逆に司法取引の導入や通信傍受の対象が拡大されようとしている。むしろ冤罪の危険性が高まらないかと危ぐする。
2009年に厚生労働省の局長だった村木厚子さん(現事務次官)が逮捕され無罪となった文書偽造事件で、検察の証拠改ざんや隠蔽(いんぺい)が発覚したのが改革の端緒だった。11年6月から法制審議会(法相の諮問機関)の特別部会で捜査・公判改革の議論が始まった。
法制審は昨年9月、可視化の対象を殺人や放火などの裁判員裁判対象事件と検察独自捜査事件(全事件の3%程度)に限定し、司法取引の導入などにより捜査手法を大幅に拡充する法改正要綱を採択し、法相に答申した。これを踏まえ政府は今年3月、刑事訴訟法などの改正案を国会に提出した。
答申段階から「可視化に広範な例外が設けられた一方、捜査手法の大幅な拡充が盛り込まれバランスを欠く」との批判や、刑事法学者らからも「冤罪を防ぐ仕組みが不十分」との指摘があった。衆院法務委員会でも約70時間の審議があったが、与野党は捜査機関の権限拡大に一定の歯止めを掛ける修正で合意した。
当初の目的だった「冤罪防止」は忘れ去られ、いつの間にか「捜査拡充」にすり替えられてしまった感が拭えない。従って、司法取引の導入や通信傍受の対象拡大といった新たな捜査手法にしても、犯罪摘発に効果が上がるという期待よりも懸念が募るばかりだ。
司法取引は経済事件などに限られる。容疑者や被告が「他人の罪」の解明に協力する見返りに検察が起訴を見送ったり、求刑を減らしたりする。自分の罪を免れようと、他人にぬれぎぬを着せる恐れが危ぐされ、取引には弁護人が必ず立ち会うことになった。
通信傍受は、薬物犯罪など従来の4類型に組織性が疑われる殺人や詐欺など9類型が追加される。加えて、警察はこれまで通信事業者の施設で業者を立ち会わせて傍受を行ってきたが、警察の施設で第三者の立ち会いなしにできるようになる。捜査に関与していない警察官を立ち会わせるという対案で与野党は合意しているが、身内にチェックできるかどうかは大いに疑わしい。
国際化や情報化の加速度的進展で社会は目まぐるしく変容している。犯罪も広域化、ハイテク化しており、新たな危機と対峙(たいじ)するには多くの備えが必要だ。生命や財産を守ってもらっている私たちとしても、捜査がさらに円滑に進み治安が良くなるなら歓迎したい。
しかし、である。権力は必ず肥大化する。得た力は必ず使いたくなる。先ごろ、大阪府警などが裁判所の令状を得ず、衛星利用測位システム(GPS)を利用して捜査している実態が明らかになったのも記憶に新しい。
力を与えるなら、適正に運用されているかどうか第三者による監視が必要だし、暴走を制御する仕組みが同時に必要だ。いまの法案にはブレーキが欠けている。冤罪防止の原点に立ち返り参院で議論をやり直すべきだ。
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