任天堂の岩田聡社長が7月に急逝されましたが、同社が大きな転換期を迎えているなかで、新たなヒットの芽が出始めていただけに、もっと陣頭指揮を執りたかったことでしょう。

岩田聡 いわた・さとる 任天堂の元取締役社長。2015年7月11日に55歳で逝去。(写真は2010年の「任天堂カンファレンス2010」に登壇したときのもの)
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 その新たな芽の一つと言えるのが、今年の5月にWii U専用ゲームとしてリリースされた『Splatoon(スプラトゥーン)』ではないでしょうか。このタイトルは、最大4対4でネット対戦ができる、水鉄砲でインクを撃ち合うアクションシューティングゲーム。撃ったインクでなわばりを広げ、そのインクの中にイカの姿に変身して潜み、神出鬼没に攻めていく――。多くの開発者が、シューティングゲームといえば、銃撃戦をリアルに体験するような軍事ものを作りがちななか、全く新しいコンセプトを打ち出しました。

 実際、一般的なシューティングゲームは男性が好んで遊ぶものですが、『スプラトゥーン』は、キャラクターのかわいさもあって、子どもや女性のファンが多い。私が講座を受け持った大学の女子学生たちが「『スプラトゥーン』をやりたいのでWii Uがほしい」と言っていたほどです。

5月28日にリリースされたWii U専用ゲーム『Splatoon(スプラトゥーン)』(5700 円)。パッケージ版とダウンロード版が発売中
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 Wii Uの販売台数が国内で約250万台という状況で、セールス本数は55万本超(ファミ通調べ/8月9日時点)。任天堂が苦境に陥った要因の一つにWii Uの不調が挙げられますが、PS4よりもスペックが劣るWii Uでも、こうしたオリジナリティあふれる質の高いゲームが作れる開発力はさすが。岩田さんが、Wii Uならではの自社タイトルを拡充してWii Uを盛り上げたいと語っていたことが、ようやく一つの形になったと言えるでしょう。
 ゲームで遊んではいないけれども、このゲームのキャラクターは好きという人も多く、新しいフランチャイズ(IP)としてフィギュアやおもちゃなどのグッズも、これからさらに広がる可能性を秘めています。

 そして、岩田さんが3月に発表した、任天堂のスマートフォンゲームへの参入も始まります。グループ会社のポケモンから3DSで発売されているパズルゲーム『ポケとる』が初めてフリートゥプレイのiOS/Android版ゲーム第1弾として移植。『キャンディークラッシュ』『パズル&ドラゴンズ』『ディズニー ツムツム』などファンが多い“落ちもの”系のマッチ3パズルゲームであること、すでに3DSでリリースされていてゲームバランスが良いこと、なによりポケモンのキャラクターを使ったゲームであることからヒットが期待できます。いわゆる“ガチャ”は組み込まれず、アイテムや体力回復に課金するモデルで、大ブレイクすれば、任天堂の評価が変わるかもしれません。

『ポケとる』スマートフォン版公式サイト。「クローズドβテスト」が2015年6月30日(火)〜7月14日(火)に実施された
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 これまで任天堂が何を考えてゲームハード、ソフトを開発しているかは、岩田さんが発信する言葉をたどれば理解できました。それがゲームユーザーの共感を呼び、愛されてきたという側面があります。公式サイトに掲載されている「社長が訊く」は、さまざまなプロジェクトの経緯や背景を、岩田さんが開発スタッフにインタビューをするという企画で、任天堂のものづくりの苦労や喜びが素直に伝わってきます。

 私自身は、岩田さんがかつて米国の開発者向けカンファレンスのGDC(Game Developers Conference)で講演したときの内容が印象に残っています。

 岩田さんはGDCの基調講演に4度登壇したことがありますが、最初にスピーチをした2005年の「The Heart of the Gamer(ゲーマーの心)」は、英語圏で岩田さんの評価が高まった記念碑的な講演。「自分は経営者ではあるけれどゲーマー。高校生のときからゲームを作りはじめ、今に至るまで大切にしているのは“The Heart of the Gamer”だ」と語り、ゲーム開発に携わる多くの聴衆の感動を呼びました。

 一方、任天堂が今後厳しくなるかもしれないと感じられたのが、GDC25周年に「Video Games Turn 25: A Historical Perspective and Vision for the Future」と題してスピーチした2011年の講演です。

 このとき、モバイルでダウンロードするゲームやソーシャルネットワークのゲームを批判。「スマートフォンやソーシャルネットワークのプラットフォームには、ゲームソフトの高い価値を維持する動機がない。彼らにとっては、コンテンツは誰かほかの人が作るものであり、彼らのプラットフォームにより多くのソフトを集めることが目標。量こそ利益の手段であり、価値は大した意味を持たない。しかし、任天堂が生み出すものには価値があり、その価値を守るべきだ」――といった内容を語りました。

 『Angry Birds(アングリーバード)』が大ヒットし、フェイスブック上で動くソーシャルゲームのZynga(ジンガ)が台頭、アイテム課金なども出始めたタイミングということもあり、岩田さんの認識がずれているのではという印象とともに、一旗揚げようというインディーゲームの開発者からは反発を買った面がありました。

 あれから4年、紆余曲折を経て、任天堂のスマートフォンゲームがいよいよスタート。現在は、ゲームソフトのカリスマ開発者である宮本茂専務と、ハードウエア製作の中核を担ってきた竹田玄洋専務という二人の代表取締役が舵取りをしていますが、様々な課題を取りまとめて発信する能力に長けていた岩田さんの役割を果たすのは簡単ではありません。任天堂の新たなロードマップがどういう形で提示されるのか、動向が気になるところです。 

新清士(しん・きよし)
氏名 ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部および環境情報学部卒。現在は、立命館大学映像学部非常勤講師を務める。著作には、電子書籍『ゲーム産業の興亡』などがある。