オーバーヘッドのやつ。
(田中)あれ当たってればね。
(山根)あれが当たってないから駄目なんじゃないの?あれだけの責任でそんな言われる!?あれはいい方に捉えてくんないと。
見るんじゃねえよ点数を。
トランポリンを使ったあるチャレンジ
それは…
トランポリンでジャンプし回転しながらシュートを放つという大技
しかも…
果たして…
シュート…
後ろ回転しながら1つ目のボールを投げ前転の間に股のボールを持ち替えてシュート
驚くべきことに1個目はワンバウンドで2個目は直接ネットを揺らしている
しかも…
ほぼ同時
練習期間はわずか3日間
神の域に達した…
見通しのよい道路。
ついついスピードが出る
突然ですがここで問題です
この後起きるアンビリバボーな出来事とはどんな出来事でしょう?
川合さん。
分かりますか?15秒でお答えください
(川合)これ外国っぽいですよね。
昔フィンランドのときにヘラジカが出てきたことあんだけど。
(設楽)鹿とか動物?
(川合)鹿とか出てきて。
それが何か車の前を。
何十頭と出てくる。
(日村)なるほど。
何十頭も。
(終了の合図)
(剛力)アンビリバボーな出来事。
正解はこちらです。
軽快に走る車
すると…
いったい何が起きたのか?
スローモーションで見てみると…
亀裂から白煙が
そして一気にアスファルトがめくれあがった
その奥には炎が
実はこれは…
そこに何らかの原因で発生した火が引火し爆発を起こした
幸いドライバーの命に別条はなかった
(たけし)いやいやいや。
ねっ?
(たけし)やっとできた。
さあ今回もね世界中からものすごい衝撃映像を。
私のだよ。
完璧な編集でお送りします。
これだよ。
ご覧ください。
どう?ハハハ。
参ったなしかし。
キュー。
中国のプロバレーボールリーグで信じられないプレーが生まれた
それは…
対戦したのは長年ライバル関係にある強豪チーム
絶対譲らないという気持ちがプレーに表れた
いきなりのナイスサーブをナイスレシーブ
毎年優勝を争う両チーム
ラリーは徐々に白熱していく
中国代表選手も所属するという精鋭チーム
世界レベルのスパイクが飛び交う
ラリー数は何と30
再三のピンチをしのぎつかんだ1ポイント
まさに…
略してチョミゴトな技の数々
所要時間1分30秒を超えるラリーに拍手が鳴りやまなかった
ドイツのバレーボールリーグでも信じられないプレーが記録された
とここで問題
この後生まれるアンビリバボーなプレーとは果たしてどんなプレーでしょう?
春輝さん。
分かりますか?15秒でお答えください
(春輝)えっ?バレーボールでアンビリバボーでしょう?審判の人が…。
監督がもう反射的に打ち返しちゃうとか。
(設楽)監督が拾っちゃう?
(春輝)そう。
審判か監督か観客の人。
(設楽)関係ない人が?
(春輝)そう。
関係ない人が打ち返しちゃうとか。
(日村)あり得るね。
あり得る。
(終了の合図)
この後生まれる…
相手のスパイクを顔面で受けた
しかも…
相手チームに返すことはできなかったが試合には勝利した
プールサイドの男性を見詰めるずるい笑顔のおじさん
そう。
これは例のいたずらをやろうとたくらんでいるのです
小芝居を打ちながら近づくおじさん
そして…
男性を押した勢いで…
そしてふたを踏み抜き自分も落ちちゃった
これって夏には必ず起きるやつ
夏あるあるでしょう
そこで…
今回は…
まずは…
夏の…
失敗
失敗
失敗
失敗
一人…
失敗
同じ…
でも夏だからオールOK
(日村)めちゃめちゃ面白い。
(設楽)うわーっ。
痛っ。
いやぁ。
痛い。
(剛力・設楽)ねえ。
(剛力)スポーツ。
そして大好評のあるあるシリーズまでご覧いただきましたが。
(設楽)あるあるなのかね?あれ。
(設楽)いや。
ここのあるあるちょっとねおかしいんだよ。
(春輝)ウオータースライダーの女性奇麗でしたね。
すって。
(設楽)何であんなにぴょいーんってなったんだろうね?
(春輝)ああいう競技があったらホント10点あげたくなるぐらいな奇麗さでしたけどね。
(剛力)ちなみに皆さんも夏ならではの失敗談って何かありますか?
(日村)夏は失敗の連続だよね。
(川合)でも毎年だいたい失敗すんのが。
何か貧乏性なのか分かんないけども。
(日村)ああ。
分かりますね。
(川合)何かもったいない感じがして。
(設楽)一気に焼いたらその後大変っすよね。
(川合)大変なんだ。
顔もぼろぼろで。
(川合)これもね一皮むけてんのね。
(日村)もうむけましたか?
(川合)一皮むけた。
ほんですごいんだよ。
皮むくでしょ?俺背中でかいから…。
(設楽)すごいのができる。
(川合)バカでかいの。
(剛力)そしてなかなか終わらないバレーというのがありましたが。
(設楽)あれすごかった。
(日村)すごいね。
30近くいってたよね。
(剛力)すごかったですね。
川合さん。
あのラリー数はすごいんですか?
(川合)結構打ってるし。
(剛力)つなぐバレーってよく聞きますけどまさにあれこそつなぐっていう言葉が。
(設楽)つなぎ過ぎですよ。
(川合)つなぎ過ぎだけども。
(日村)女子バレーはラリーが続くのが面白いんですもんね。
(川合)昔…。
つなぐバレーって日本のバレーで。
守備重視にしてて。
(設楽)拾う拾う拾う。
東洋の魔女って東京オリンピックの。
あれぐらいからもう。
あれで日本が回転レシーブっていうのね大松監督が発明して。
回転してすぐ立つっていうね。
それから日本はつなぐ拾うバレーって。
そういう伝統があるのね。
(剛力)今お話にも出た東洋の魔女なんですが彼女たちが活躍したころに実は日本から遠く離れた異国の地で女子バレーチームを育てた一人の日本人がいました。
(剛力)こちらをご覧ください。
今から33年前。
南米ペルーで一人の国民的英雄が亡くなった
彼の名は…
ペルーに渡った日本人だった
首都であるリマの町では死を悼む車のクラクションが一晩中鳴りやまなかったという
しかしなぜ一人の日本人が地球の裏側にある異国の地ペルーでこれほどまでに愛されたのだろうか?
これは衝突と批判を乗り越え異国の選手たちと強い絆を結んだ一人の男の物語である
今から51年前に開催された東京オリンピック
世界が熱狂したこの祭典で東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボールチームが金メダルを獲得
日本中が歓喜に酔いしれる中一人複雑な表情を浮かべる男がいた
加藤明である
加藤は慶應大学のバレー部で活躍した後実業団バレーの名門八幡製鐵に入社し主将として活躍
日本代表にも選ばれた名選手だった
その後現役を引退すると八幡製鐵でサラリーマンとして働きながら慶應大学のバレー部監督に就任
熱血指導で母校を…
しかし…
自分は選手としては世界一になれなかった
だからこそ指導者として何としても一旗揚げたい
東洋の魔女の活躍がその気持ちをかき立てたのだ
翌年そんな加藤に思いがけない話が舞い込んだ
(松平)ああ。
東洋の魔女の活躍を見たペルーの協会からぜひ日本人監督が欲しいというオファーがあってな。
当時ペルーの女子バレーボールチームは南米では上位に入っていた
だが南米のレベルはまだまだ低く世界と戦う実力はなかった
2年間の休職願が認められると世界一のチームをつくるという野望を胸に…
しかし…
10代前半から20代前半の選手たちは露骨に不満を示した
代表選手でも練習は週に3日
それも1日につきわずか1時間ほどだった
さらに…
加藤は目を疑った
通常レシーブでは手を組んだ状態で手首から10cmほど上にボールを当てる
しかし彼女たちは組み手の部分で打ってしまう
ペルーではバレーボールはお嬢さんたちの娯楽という要素が強く本腰を入れた指導は行われていなかった
そこで加藤はまず選手たちに1本のドキュメンタリーフィルムを見せることにした
だが…
加藤が見せたもの。
それは…
東京オリンピックで金メダルに輝いた日本の女子選手
東洋の魔女たちの激しい練習の様子を捉えたものだった
世界で戦うことの厳しさを知り刺激を得てほしいと願って見せたフィルム
期待に反し多くの選手は反抗的な態度を取ったが…
目を輝かせて見ている者もいた
いよいよ本格的な練習が始まった
加藤はまず基本をたたき込もうと…
毎日続けた
ところが日本では考えられないことが起こる
練習中に起きた…
それは…
その選手は二度とコートに姿を現さなかった
だがトラブルはこれで終わりではなかった
やがて加藤は回転レシーブを教え始めた
回転レシーブはヨーロッパの選手に体格で劣る日本が機動力でカバーするべく編み出したお家芸だった
素人同然のペルーチームが世界で勝つためには必要な技術だったのだが…
(加藤)何だ?まだ終わってないぞ。
(女性)こんな練習やりたくありません。
(女性)やる意味が分からないわ。
それは慶應大学の監督時代からの加藤の決まり文句
選手たちを奮い立たせるための言葉だったのだが…
ペルーではそれは通じなかった
練習を始めて数カ月後には…
そして…
帰れと言われた選手たちが怒りに任せて新聞社に駆け込んだのだ
(加藤)くそ!
さらに…
(当たる音)
(当たる音)
(当たる音)
加藤は町の人たちから石を投げ付けられるようになった
今やペルー国民の敵となってしまったのだ
ペルー中を敵に回してしまった加藤
だがそれでも自分のやり方を変えることはなかった
選手時代に成し遂げられなかった野望を監督として成就させる
そのためにもここで折れるわけにはいかなかった
そして1年の月日が流れた
相変わらず批判にさらされる日々は続いていたがこのころにはスペイン語も上達し選手たちと直接コミュニケーションを取ることができるようになっていた
そんなある日
(加藤)こらそこ。
何をサボってる?
指導者として世界一のチームをつくり一旗揚げる
気付けば自分の夢を選手たちに押し付けるあまり大切なことを見落としていた
彼女たちは…
半分近くが逃げ出したにもかかわらず残ってくれた彼女たちの気持ちを
加藤に変化が表れた
彼は時間を見つけては選手たちを行きつけの日本食レストランに連れていくようになった
(加藤)《どうやら…》
その夜
酔った加藤は歌を口ずさんだ
(加藤)・「上を向いて歩こう」
『上を向いて歩こう』
『Sukiyaki』というタイトルで世界的ヒットを記録したこの歌のメロディーは選手たちも知っていた
しかし誰も日本語の歌詞の内容にまで興味を持ったことはなかった
・「一人ぽっちの夜」
(一同)・「涙がこぼれないように」
いつしか週末は皆が加藤のアパートに集い一緒に歌い騒ぐようになった
さらに加藤は世界に出ていく彼女たちが恥をかかないようテーブルマナーなど大人の女性のたしなみも教えた
いつの間にか彼はペルーの選手たちを自分の夢の道具ではなく自分の娘のように感じるようになっていたのだ
(一同)はーい。
いつしかチームには絆が生まれ加藤を父親とする一つの家族になっていったのである
南米の強豪国となったペルーは加藤の古里日本に乗り込んだ
チームにとって初めての大舞台。
世界選手権
その開催国が日本だったのだ
しかもペルーチームにとってラッキーなことがあった
時は米ソ冷戦の真っただ中
ソ連をはじめとする共産国が大会をボイコット
参加国は日本アメリカ韓国ペルーのわずか4カ国だったのだ
だがこのとき加藤には選手たちに内緒にしていることがあった
大会終了後…
大会の直前に会社にあらためて休職の延長を頼んでみたものの認められずかといって…
だからこそ選手たちには満足のいく大会にしてほしかったのだ
試合が始まるとペルーチームは強豪相手に果敢に戦った
懸命にボールを追い拾ってつなぐバレーは日本のバレーに似ていた
しかし…
結果は全敗
最下位の4位に終わった
優勝したのは女王の全日本チーム
表彰式ではメダルを逃したペルーだけがスポットライトを浴びられなかった
ところが…
メダルの授与が終わり…
ペルーチームのメンバーが再びコートに姿を現した
そして…
(一同)・「上を向いて歩こう」・「涙がこぼれないように」・「思い出す春の日」・「一人ぽっちの夜」
そこに日本の選手たち
さらにはアメリカや韓国の選手たちも加わって大合唱となった
当時の記事がそのときのことをこう記している
ペルーチームが『上を向いて歩こう』を歌ったのには大会に惨敗した悲しさからという他にもう一つの理由があった
実はこのとき選手たちは加藤の休職期間が切れることを大会関係者から偶然聞いてしまっていたのである
彼女たちは加藤との別れを惜しみ悲しんでいたのだ
(一同)・「涙がこぼれないように」・「泣きながら歩く」・「一人ぽっちの夜」
そして迎えたペルー選手団帰国の日
加藤は選手たちには同行せず日本に残ることとなった
悲しむ彼女たちを何とか説得し送り出した
翌日の日本の新聞には別れを惜しむペルー選手たちの記事が載せられた
彼女たちがペルーに戻って1カ月後
加藤のいなくなった練習場ではキャプテンを中心に熱心な練習が続いていた
(一同)アキラ!
実は…
監督との別れを惜しむペルー女子バレーボールチームのあの記事が加藤の所属する会社の重役の目に触れ…
特例で…
再び猛特訓が始まった
目標は1年8カ月後のメキシコオリンピック
加藤率いるペルーチームはパンアメリカン大会で優秀な成績を残しこれの出場権を得た
しかし列強が一堂に会するオリンピックの大舞台
ペルー女子チームの前評判は最下位
1勝できるかどうかさえ危ぶまれていた
だが加藤は選手たちのバレーボールを愛する気持ちを信じた
そしてメキシコオリンピックが開幕
ペルー女子バレーボールチームは世界女王の日本やソ連といった飛び抜けた強敵にはかなわなかったが目を見張る活躍を見せる
最下位の下馬評を覆し何と世界の強豪8チーム中4位入賞を果たしたのである
まさに加藤と選手たちの絆が生んだ奇跡だった
その後加藤は代表監督を退いたがペルーに拠点を置き女子ジュニアチームの監督を務めるなど…
かつて石を投げ付けた国民は加藤明をペルー女子バレーの礎を築いた英雄としてたたえた
だが彼がこの国の地を初めて踏んでからおよそ17年後の…
別れは突然やって来た
この日加藤明は首都リマの病院で急激に悪化した肝炎によりこの世を去った。
49歳
世界中のバレーボール関係者が惜しむ早過ぎる死だった
新聞は一面でその死を追悼
ペルー中の人々が涙した
そして…
棺が安置された会場内で…
(一同)・「上を向いて歩こう」・「涙がこぼれないように」・「思い出す春の日」・「一人ぽっちの夜」・「悲しみは星のかげに」・「悲しみは月のかげに」
(一同)・「上を向いて歩こう」・「涙がこぼれないように」・「泣きながら歩く」・「一人ぽっちの夜」
加藤の突然の死から半年後
ペルーで世界選手権が行われた
ペルーは準決勝で日本と対戦
この時点で日本は3戦全勝とトップに立っていた
しかしペルーはつなぐバレーで終始日本を圧倒
セットポイント2対1で迎えた第4セット
ペルーマッチポイント
日本のレシーブが乱れたところにペルーチームのスパイクが決まった
加藤が待ち望んだ瞬間だった
ペルーはその後見事銀メダルを獲得
幾多の衝突と苦難を乗り越え加藤と選手たちが育んだ絆という種が花開いたのである
(剛力)選手たちを思うことで変わっていった加藤さん。
また選手たちも加藤さんを思うことで気持ちが動いていくという。
人の思いがそうやってたくさんの人をよく…。
気持ちを動かしていくのはホントすてきだなと思いました。
(川合)あのころ日本からいろんな…。
ペルーだけじゃなくていろんな国に日本の指導者が欲しいというので行ったんですがなかなか成功しないんですよ。
その中で加藤さんってホント成功された方だと思います。
今でも日本は指導者が素晴らしいということで日本のバレーでも。
今カンボジアの監督日本人ですしいまだにいろんな国で日本の指導者が欲しいと。
一生懸命なんですよ。
一生懸命親身になってずっと一緒にいたって言ってるでしょ。
普通ね海外の監督って「はい終わり」「これから僕のプライベート」ってなるんですけど日本人ってその後も付き合ったりとかして。
もう一生懸命気持ちを伝えていって。
そうすると苦しい練習でも頑張ってみようか。
最後「アキラのために頑張ろう」ってあったでしょ。
あそこまで持っていくのが。
(設楽)すごかった。
(剛力)すごいですよね。
(川合)それであの後もねソウルオリンピックか何かでも日本がペルーに負けてる。
だからずっと受け継がれちゃってる。
その後。
(日村)加藤さんの魂というか。
大林素子が負けてるんですよ。
ペルーに。
加藤さんが亡くなった。
82年に亡くなってますけどその6年後。
88年のソウルでもまだ。
たぶん指導のやり方とか精神が伝わってて。
その後もずっとペルー強かったですからね。
(剛力)受け継がれていくってすごいことですよね。
加藤が育てたペルー女子バレーボールチームのメンバー
そのほとんどは代表を引退後ジュニアチームや学校などで後輩たちの指導に当たった
そしてこの取材を機に練習場を訪れた彼女たち
バレーの思い出とともに加藤の記憶が鮮明に蘇る
加藤が選手たちに教えたのはバレーボールのテクニックだけではなかった
2000年に関係者や当時のメンバーが資金を出し合って造った加藤の墓はリマ市郊外の公園墓地に建てられている
最後に彼女たちは加藤との絆の証しであるあの歌を聞かせてくれた
(一同)・「上を向いて歩こう」・「涙がこぼれないように」・「泣きながら歩く」・「一人ぽっちの夜」・「幸せは雲の上に」・「幸せは空の上に」
(一同)・「上を向いて歩こう」・「涙がこぼれないように」・「泣きながら歩く」・「一人ぽっちの夜」常識では考えられない出来事アンビリバボー。
あなたの身に起こるのはあしたかもしれません。
2015/08/20(木) 19:57〜20:54
関西テレビ1
奇跡体験!アンビリバボー[字]
【実録!地球裏側…異国の地で英雄になった日本人】
バレー弱小国を変えた日本人指導者の熱き魂!!▽夏の蔵出し衝撃映像!道路がまさか…!大失敗あるある!!
詳細情報
番組内容
「信じられない車の事故」「トランポリンシュート」「終わらないラリー」などなど、衝撃映像を次々紹介。さらに、夏ならではの衝撃映像、「夏のあるある傑作選14連発」をお送りする!
1982年、南米ペルーで1人の国民的英雄が亡くなった。彼の名は、加藤明。なぜ、1人の日本人がペルーで愛されたのだろうか…?それは1964年にさかのぼる。東京オリンピックで日本女子バレーチームが金メダルを獲得、日本中が
番組内容2
歓喜に酔いしれる中、1人浮かない顔の男がいた。名は加藤明。慶應義塾大学バレー部で活躍後実業団の名門八幡製鉄で主将として活躍。日本代表にも選ばれた選手だった。そんな加藤にペルーの女子チームから監督としてのオファーが届いた。会社を2年休職し南米へ。しかし、ペルーではバレーはお嬢さんの娯楽程度のもの。本腰を入れた練習を開始すると、ペルー国民全体から、野蛮と批判されるようになってしまう。しかし、それでも
番組内容3
やり方を変えなかった加藤…。1年もたつと言葉も上達し、徐々に選手に気遣いができるようになってきた。そして、自分が一旗揚げるという自分都合では無く彼女たちのためにという気持ちで選手と接するようになっていく…。そして、1967年、日本で開催された世界選手権。この大会が終われば、監督就任期限を迎え日本に帰国することになる。果たして、加藤とペルー選手たちの信頼関係を試合結果につなげることができるのか?
出演者
【ストーリーテラー】
ビートたけし
【スタジオメンバー】
剛力彩芽
設楽統(バナナマン)
日村勇紀(バナナマン)
【スタジオゲスト】
川合俊一
春輝
スタッフ
【プロデューサー】
角井英之(イースト・エンタテインメント)
【演出】
藤村和憲(イースト・エンタテインメント)
【編成企画】
矢野哲慈
【制作】
フジテレビ
【制作著作】
イースト・エンタテインメント
ジャンル :
バラエティ – その他
バラエティ – クイズ
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 1/0モード(シングルモノ)
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