「小渕になりたい」野田首相の険しき道
民公接近は何を意味するのか。一方、普天間は待ったなしの局面を迎える。
東京・六本木の六本木ヒルズ内の映画館「TOHOシネマズ」で十月二十二日午後、開かれた第二十四回東京国際映画祭のオープニングセレモニー。タキシード姿で、あいさつする野田佳彦首相の表情は終始にこやかだった。
「……映画は本当に人の記憶に残るし、その感動をもって人生を変えるものと申し上げたいと思います。その感動を国境を越えて分かち合うのが映画祭の意味だと思います」
就任以来、記者団のぶら下がり取材を拒否し続けているとは思えない滑らかさだった。この後、タキシード姿のまま入った近くのホテル内の日本料理店でも、長島昭久首相補佐官らを相手に「本当は、出演者とグリーンカーペットを歩けるはずだったのに、向こうが遅れちゃって。枝野(幸男経産相)さんと歩いたんだけどね」と終始、上機嫌だった。
正念場となる臨時国会が始まったばかりなのに頬が緩むのには理由があった。
かねてから野田が秘かに目論んでいた公明党の取り込みが、ここにきて奏功する兆しを見せ始めたからだ。参院で十九議席を占める公明党さえ引き込めれば、民主党政権を苦しめ続けていた「衆参ねじれ状態」は解消され、全てがスムーズに運ぶことは言うまでもない。
話は、野田の総理就任前に遡る。
八月のある日、次期民主党代表の有力候補だった野田に、公明党の支持母体・創価学会の佐藤浩副会長が接触してきたのである。佐藤は、男子部長、青年部長などエリートコースを歴任、選挙担当の副会長を務め、自公連立政権の十年間、前会長の秋谷栄之助の下で自民党との選挙協力の実務を仕切ってきた人物だ。やはりというべきか、野田との会談のテーマは、「選挙制度改革」だった。
今年三月、最高裁は一票の格差を違憲状態と断じた。これを受けて、格差是正を目指す与野党協議会では、現行制度の大枠は維持し、各都道府県にまず一議席を割り当てる「一人別枠方式」の廃止を主張する民主・自民と抜本改革を求める公明党など中小政党が対立する形になっていた。佐藤は野田にこう説いた。
「小手先だけの改革では意味がない。学会としては衆参両院の選挙制度の抜本改革を最重要課題と考えている」
具体的には、「民意の集約」という小選挙区制の特性を残しつつ小政党にも配慮した「小選挙区比例代表連用制」の導入しかないと強調したのである。
総理に就任した野田は、学会からのメッセージに呼応する動きを見せる。
まず「穏健な多党制の方がいい」として公明党と同じ小選挙区比例代表連用制を主張する成田憲彦・駿河台大学教授を内閣官房参与に迎える。成田は細川護熙政権で政務秘書官を務め、選挙制度に詳しい。
野田は正式な辞令交付に先立って、公明党の東順治副代表と接触。「成田さんの起用は、公明党に対するサインですから」と明確に伝えている。
その成田も、野田に対して早速「最初から大連立ではなく、まず公明党を引き込むことに傾注すべきだ」と進言した。
これを受けて野田は九月、佐藤を通じて創価学会の原田稔会長に「第三次補正予算案、二〇一二年度予算案はじめ今後の政権運営では公明党の主張を最大限、受け入れる。是非とも協力をお願いしたい」とのメッセージを伝えていた。
「政権運営でも主張を受け入れる」としたメッセージには、「政策面にとどまらず譲歩する」という意味合いが込められていた。具体的には「東京都議選と参院選が実施される二〇一三年夏に、衆院選が重なるトリプル選挙を避けるため、来年夏すぎに衆院を解散すること」と「衆院選挙制度の抜本改革を行う」ことを意味していた。
成田もまた、十月十一日の講演で解散時期について「政治のダイナミズムで決まる」と語り、来年中に解散させるためには、「民公」路線へ方向転換せよ、と公明党に促している。民主、公明両党の底流には「次の総選挙は、現行制度の手直しで行うが、将来的には抜本改革を行う」という二段階論が動き始めている。