くらし☆解説「戦後70年 北方領土固有の記憶」 2015.08.20


なっています。
岩渕⇒日本は固有の領土北方領土の返還をロシアに求めています。
北方四島は日本の各地から移住した人々によって開拓されてきました。
生字幕放送でお伝えしますこんにちは。
「くらしきらり解説」です。
きょうは北方領土のうち歯舞群島の開拓の歴史が今もどのように息づいているのか紹介し、固有領土としての記憶を考えてみます。
担当は石川一洋解説委員です。
石川さん、まず北方領土の中の歯舞群島ですねどういう島なんでしょうか。
石川⇒北方領土は択捉、国後、色丹、歯舞の4島といいますけれど群島と言われるように小さな島が集まっていまして水晶島、勇留島、秋勇留島多楽島とこれが主な島なんですけれど地図を出します。
ほかにも集まっています。
面積は北方領土全体の2%で今は人は住んでいないんですけれどもソビエトに占領される前は北方領土全体の人口1万7000人のうち5200人余りが住んでいて国後島に次いで人口が多かったんです。
そんなに多くの日本人が住んでいたんですね。
歯舞群島がソビエト軍に占領されたのは政治終戦から半月以上たった9月に入ってからでした。
次第にソビエト軍の乱暴ろうぜきがひどくなりまして監視の目を結んで船で逃れた島民が多かったということなんです。
島民が避難する前の多楽島の住宅地図です。
たくさんの人が住んでいましたね。

自分の分からないこと引き揚げてきたときに引き揚げた人に聞いてときの話に何と言う人がいたとかそういうことを聞きながらこの地図を作りました。
富山さんは根室に残りましたけれど、もともとは富山の出身で富山に引き揚げて戻る人も多かったということなんです。
富山出身の方が多かったんですか。
富山県は北海道に次いで北方領土の元島民が多く住んでいます。
その理由がこちらの昆布なんです。
今も、富山はさまざまな魚を昆布巻きにしたりおすしにしたりして食べているんですけれど昆布の消費量が日本一なんです。
北方領土の中でも歯舞群島と特に深いかかわりがあります。
歯舞群島というのは良質な昆布が取れる産地として戦前有名でその開拓に深くかかわったのが富山県の黒部市出身の漁民だったんです。
黒部から歯舞までどうしていったんですか。
黒部市といいますと黒四ダムで知られていましてアルプスから急流の黒部川が海まで流れるアルプスと海のある町なんです。
北方領土返還の看板がありますね。
北方領土を身近に感じる町なんです。
明治のころは毎年黒部川が氾濫して漁も不漁が続いて貧しい暮らしだったということなんです。
それで明治半ばごろから新天地を求めて北海道に渡り、次第に昆布が豊富に取れる歯舞群島に移住が多くなったということなんです。
先輩の方たちは先人として行ってああいい島だな昆布がよく取れるよという呼びかけがあってですねそういう集落性といいましょうかそういうもので固まったんです。
昆布漁を中心とした島の生活はどんなふうだったんでしょうか?元島民の吉田さんは今、語り部として島の様子を若者たちに伝えています。
海に行って魚を取った楽しみ。
ちょうど海岸ぶちの貝もそれこそ足のここまで入るともうカレイでも何でもそこにいるから。
ヤスで突けばこんな大きなカレイがとれてくるんです。
子どもも働いていたんですか。
そうそうそう。
だから私たちは学校行くにしてもお天気のいい日は学校に行けるけど、行ってはだめ。
それこそ仕事しろとそして雨の日になったら学校に行けと。
当時は子どもたちも昆布漁を手伝っていたんですね。
元島民の方が当時の暮らしを描いた絵です。
当時は子どもも大切な一家の働き手ということで水でぬれた昆布を浜で干したり根っこを切ったり子どもなりに一生懸命働いたということなんです。
これは一家総出でどこかに行こうというところですか。
春、黒部から歯舞に向かうときの様子です。
春から晩秋までは島で昆布漁をしますけれど冬の間は島の気候が厳しいので黒部の実家のほうに戻る方が多かったんです。
黒部では島にはない米などこうして食料品を調達して春になると向かったということなんです。
一家は鉄道で根室に行ってそこから船で歯舞群島に向かったということなんです。
富山からは春先根室に向かう特別列車が出たほどだったということなんです。
先ほどのお父さんもしゃれた服を着ていますね。
歯舞の昆布は実は大変高く売れたということで借金をしてもすぐに元が取れて暮らしには困らなかったということなんです。
流氷が海岸を削るんです。
そうすると新しい岩盤に胞子がつくっていう非常に自然に恵まれてるんです。
だから、いい昆布が取れたんです。
逆に採ってやんなきゃ掃除してやんなきゃだめなんです。
採らなきゃだめなんですよ。
だから今腐ったのばっかりだから。
海岸にあがってきてるんです。
取らないから。
私たち、今行くと腐った臭いだけですよ。
もったいないって全員言いますよ。
行ったら、取りたいですか?そうですよ。
やはりふるさとに戻って昆布を取りたいんですね。
自由訪問で島を訪れると昆布が腐っていてそれを見ると無念の思いが沸いてくるということなんです。
戦後黒部に戻って元島民の方は苦労なさったでしょうね。
昆布という生活の糧を失ったわけですからゼロから生活を立て直さなくてはなりませんでした。
元島民が特に多く住むのは沿岸部の生地という地区です。
北方住宅前というバス停があります。
島民の方、特に二男三男の方々は住む家もなかったために国の助成を受けて小さな住宅が建設されたということなんです。
それで元島民や二世三世が同じ地区に住むようになって北方住宅と言われるようになったわけです。
一時避難を余儀なくしたわけです。
一時避難で当時1週間ぐらいでほとぼりが収まったらまた根室に戻ろうと思っていました。
そういう思いがありました。
その後、戻れなかったんですね。
一時避難が今から見てみると70年たっているということなんです。
すぐに帰るつもりが70年ということなんですね。
島に戻る見通しが立たないために今いるということです。
黒部市の北方領土に結び付きを感じさせる物が今でもあります。
それが食料品です。
市場に行きますと富山湾の豊かな魚や貝、えびなどとともに北方領土とつながりのある海産物が売られています。
根室産のさけや昆布ですね。
北方領土での食生活が地元で今も根づいているわけです。
今でも注文してくるということなんです。
そうですね、非常に皆さん食べられるというかその食べ方もご存じですよね。
もちろん品物のよしあしも。
きょうは歯舞の話でしたけれども色丹、国後、択捉それぞれの島にこういう固有の歴史があって海産物を中心に日本の食文化があったということなんです。
そうしたことを知ることが北方領土のことを身近に知ることになります。
石川一洋解説委員でした。
2015/08/20(木) 10:05〜10:15
NHK総合1・神戸
くらし☆解説「戦後70年 北方領土固有の記憶」[字]

NHK解説委員…石川一洋,【司会】岩渕梢

詳細情報
出演者
【出演】NHK解説委員…石川一洋,【司会】岩渕梢

ジャンル :
ニュース/報道 – 解説
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – 健康・医療

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:4916(0x1334)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: