精神障害者の仕事づくり、ギブアップ宣言

みわよしこ | フリーランス・ライター(科学・技術・社会保障・高等教育)

自分が社会に必要とされている実感の源となりうる職業。障害者にとっても同様です。(写真:アフロ)

障害者の就労を推進する動きは、今世紀に入ったころから日本でも強まってきました。

しかし、「障害者の就労」の枠にハマりにくい人を無理に既存の何かにハメ込むような就労促進で、良いのでしょうか?

この問題意識から、極めて小規模ながら、精神障害者に仕事を用意して報酬も支払うということを続けてきました。

しかし「もう続けられない」と思っていたところに、「もう止めなくちゃ」という状況が発生しました。

障害年金の判定基準見直しです。

障害年金判定基準見直しに怯える精神障害者

現在、精神障害・知的障害に対する障害年金の判定基準見直しが進められています。

障害年金には基礎(国民)、厚生、共済の3種類がある。

このうち基礎年金は、申請して不支給と判定される割合に、都道府県で最大6倍もの開きがあることが問題となっていた。

主な原因は、精神・知的・発達障害の判定に地域でばらつきがあるためだ。厚生労働省は診断書を評価する際の目安を、具体的な数値の指標で示すことにした。年内にも全国で導入される。

出典:障害年金の是正 「不公平」は解消されるか 西日本新聞 2015年08月18日

障害年金を受給している精神障害者の数多くが、この見直しに怯えています。

低すぎる側の都道府県に合わせられるであろう、すると自分は年金を失うだろう、と。

障害年金があって支えられている、ささやかな日常。少しずつでもの前進の努力。それが何もかも、根こそぎにされてしまうかもしれない。

一般的な就労をしている方が失職するのと、状況としては似ています。

違う点は、精神障害で障害年金を受給している人々は、そもそも一般的な就労が困難あるいは不可能だから受給しているということです。

年金で生活を組み立てている人々が障害年金を失った場合、生活を支えるために使えるものは、生活保護くらいです。

(本記事では、誰かに扶養されていて年金を小遣いに使えるケースは想定しません。その人々が年金を失うリスク・失った場合の影響は、総体的に低いからです)

精神障害者は、どのように仕事を求めるか

障害年金や生活保護を目的として、精神障害者であるかのように振る舞う人々がいるという噂は、結構な頻度で耳にします。実際に、いるところにはいるようです。知人の精神科医から、そういう患者に困らされているという話も聞きます。

どういうメリットがあるのか、私にはよくわかりません。

「働かずにお金がもらえる」「働かずお金がもらえない」を比較すれば、もちろん「働かずにお金がもらえる」の方が魅力的でしょう。

でも「働かずにお金がもらえる」と「妥当な仕事をして、妥当なお金がもらえる」を比較したらどうでしょうか? 妥当な仕事で妥当に受け取れる方が魅力的だと考える方も、多いのではないでしょうか?

私はさまざまな生活保護利用者と接してきましたが、最も「就労自立」を強く志向し、実現しなくてはと焦るのは、精神障害者ではないかと思っています。

「生活保護で、とりあえず毎日生きていけるんだから、まずは落ち着いて療養を」

と主治医が言い、状況を知る者として自分も言っても、彼ら彼女らは納得しません。1ヶ月、落ち着いて療養すれば、1ヶ月、履歴書に空白期間が増えてしまいます。すると1ヶ月分、将来の就労自立の可能性が減ります。既に、療養と生活保護利用を開始して4年目に入っているとしても、4年10ヶ月と4年11ヶ月を比べて「少しでも早く」と。

……「なんとバカな!」と思われますか? でも、彼ら彼女らの考え方の、典型的パターンの一つは、このようなものです。

わが極小規模・精神障害者の仕事づくり

履歴書の空白期間において、4年10ヶ月と4年11ヶ月の差は大したものではありません。しかし、履歴書的な空白期間が「約5年」となると、再起は確かに困難。過去の職歴が全く評価されない可能性も高くなります。その期間を全くの「空白」としない、実績ともなり自立への歩みともなる何かは、あるに越したことはありません。

というわけで私は、仕事をしたいと望んでいる精神障害者数名に、ほんの少しですが、仕事をお願いして報酬も支払ってきました。内容は主に音声起こし、イラストレーション、写真撮影、ときどき校閲。英語の科学分野の専門用語だらけの音声を、専門用語を含め、極めて正確に書き起こしてくれた人もいます。科学のバックグラウンドはほとんどない、文学部で日本文学を専攻した人でした。

問題は、未来の心身の調子が、本人たちにさえ予測できないということです。

「今、調子よさそうでモチベーションも高まっている本人に、3日後が納期という仕事をお願いしたら、プレッシャで翌日から寝込んでしまい、調子が復旧したのは一週間後だった」

というようなことが、ままあります。真面目に「速く、高いレベルで」と思い、その思いが強くなりすぎてしまうゆえに、調子を崩してしまうのです。

そこで、出版業界で外注するときの通例と無理なく繋がる形で、そういう傾向を持つ人たちが無理少なく仕事できる枠組みを作ることにしました。

具体的には、納期に関する取り扱いの工夫です。

同じ質と量ならば、納期によって単価は異なるのが通例です。短納期ほど単価が高く、長納期ほど単価が低くなります。そこで「超長納期」「不定納期(最長6ヶ月)」といったカテゴリーを設け、それに応じて逓減する形で単価を設定しました。

すると、受ける側もプレッシャが少なくなります。万一「やっぱりできない」ということになっても、互いにそれほど困ることはありません。こちらも「数ヶ月後に」「いつでも出来るときに」という仕事を選んでお願いしているわけなので。

手帳パニックと年金パニック

ところが2011年後半あたりから、目に見えて雲行きが怪しくなってきました。

精神障害者保健福祉手帳の更新(2年に1回)のたびに、障害基礎年金の更新(2~3年に1回)のたびに、「級が下がったらどうしよう」「打ち切られたらどうしよう」とパニック状態になり、仕事をお願いするどころか、不安に耳を傾けることが自分の時間その他を圧迫し、どうにもならなくなってしまったのです。

生活保護の場合、障害基礎年金があってもなくても総額は変わらないと思われそうですが、精神障害者保険福祉手帳の1級・2級だと障害加算があります。2級から3級となると、障害加算がなくなります。3級から「手帳なし」となると、通院が続いている場合、障害者ではなく傷病者になります。「早く治って、早く働く」という方向でのプレッシャがかけられる場合もあります。

本当にそうなら、むしろ本人にとっても喜ばしいことであるはずです。長年、働きたがっていて、今も働きたいのですから。でも、症状が変わっていないのに手帳の級だけが変わったという例、増えている実感があります。手帳の級の変化について、障害者団体による非公式な調査はあります。また手帳保持者の総数などのマクロな公式調査データもあります。しかし「同じ症状でどうなったか」が明確に分かる公式調査はありません。

私はここ4年ほどで、

「症状が全然変わってないというか、むしろ、ここ一年で悪くなっているのに、なんで?」

という、手帳の級の謎の切り下げに遭った人を何回も見ましたし、本人たちの「これからどうすればいいんだ」という悲嘆や動揺を多数見聞きすることになりました。更新前と更新後の両方となると、もはや、私にはフォローは無理です。

報酬支払い後のアフターフォローも

この1年ほどで、

「納品してもらって、報酬を支払って、めでたしめでたし」

でさえなくなりました。報酬を支払った何ヶ月も後に、まだアフターフォローが必要になる場面が続くようになったのです。

もちろん、相手が生活保護利用者であるということは、こちらも良く知っています。相手が不正受給をしたことにならないように、細心の注意をする必要があります。収入申告が必要であること、しない場合に起こりうることは、最初に口頭で説明するようにしてきました。

さらにメールで少なくとも2回、収入申告の必要について触れることを習慣にしてきました。相手が不正受給で摘発されないようにすることは、当然必要です。それに加え、何かあったときに当方も

「不正受給を推奨する意思は、こちらには全くありません」

と示せるようにしておく必要があるからです。

幸い、過去数年間、相手が不正受給としてペナルティを受けたという話は一度も聞いていません。たぶん皆さん、収入申告はしてくださったのでしょう。

しかし、ご本人が収入申告をした後、数ヶ月も後になってから「これは就労収入であるか否か」が問題にされることが、このところ何件かありました。ご本人は、何ヶ月も前の話が蒸し返されて「返さなくてはいけないのか」と不安になってしまいます。こちらも福祉事務所への説明など出来ることはしているのですが、なにぶん決定権を持っているのは行政です。もちろん私も、ご本人には「なぜ、これは就労収入なのか、その根拠は何か」を説明します。しかし、福祉事務所を相手にコトを構えられるほど、支援団体や法律家に支援をお願いできるほど元気な生活保護の精神障害者は、極めて稀な存在です。私が仕事をお願いした方々の中には、一人もいませんでした。

アフターフォローが必要になるかもしれない。しかも、いつ、どういう形で必要になるかは、自分には分からない……となると、もはや一人事務所で抱えることはできません。

もしかすると、発注元が私だから目をつけられてしまうのかもしれません。もしもそうであるとすれば、私は生活保護利用者に仕事をお願いしてはいけない、ということになります。

というわけで、細々と続けてきた生活保護利用のの精神障害者の仕事づくりから、私は撤退することにしました。

もともと、それぞれの方にまとまった報酬を支払い続けられるような規模ではありませんでした。「障害者雇用の実績を増やす」といった自治体レベル・国家レベルの目的に対しては、あまりにも瑣末で取るに足らない試みでした。私が撤退したからといって、誰かが特別に困るというわけではありません。私がしていたことは、「0」を「0.001」にしたり、「0.003」を「0.004」にする程度のことでしたから。

この程度の量の仕事を、ここに記した程度の配慮とともにお願いすることができる零細事業者は、きっと数多くいるでしょう。手帳・年金・福祉事務所とのやりとりに関するフォローが分担されれば、より容易になるでしょう。

私が用意したのは、1つの仕事は1ヶ月あたり3時間や5時間程度の労働量でしかなく、働くにあたって障害への配慮は受けるけれども、報酬は仕事に対して受け、障害による減額はされないというタイプの「就労」です。

「こういう、ささやかで無理少ない仕事を積み上げていただき、もう少しまとまった仕事や就労につなぐことができれば」

と思っていました。もし、向こう5年・10年の継続が可能だったら、そういう実績にもつながったかもしれません。

でも、私一人では出来ませんでした。手帳・年金を含めた障害者福祉全般の後退に自分自身も抗いながら、他人様も少しとはいえ支えつづけるなんて、とても無理な話です。

いつか「仕事のやりとり」を手段の一つとして、精神障害者も含めた数多くの人が協力しあって作る社会が出来る日が来るかもしれません。

その将来への小さな試行錯誤と挫折の記録として、「24時間テレビ 愛は地球を救う」放映中の今日、本記事を公開します。

みわよしこ

フリーランス・ライター(科学・技術・社会保障・高等教育)

1963年福岡市生まれ。大学院修士課程修了後、企業内研究者を経て、2000年よりフリーランスに。当初は科学・技術を中心に活動。2005年に運動障害が発生したことから、社会保障に関心を向けはじめた(2007年に障害者手帳取得)。著書は書籍「生活保護リアル」(日本評論社、2013年)など。2014年4月より立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程に編入し、生活保護制度の研究を行う。なお現在も、仕事の40%程度は科学・技術関連。

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