わかっているようで、じつはきちんとわかっていなかったということが、科学の世界にはまだたくさんある。たとえば私たちの心臓はなぜ、生涯にわたって休むことなく拍動を刻みつづけられるのか……その本当の理由も、意外なことにこれまでわかっていなかった。
世界に先駆けてそのメカニズムを発見した日本医科大学・柿沼由彦教授に、おどろきの発見の経緯を聞いた。
Q まず、柿沼さんは何を発見したのかを、なるべく端的に教えていただけますか。
柿沼 ひとくちにいえば、心臓がいわゆる“過労死”をしない本当の理由を探り当てた、ということになるでしょうか。
私たちの心臓は一日に約10万回、平均寿命を80年余とすれば生涯で約30億回も、休息なき拍動を続けています。私たちはふだん、そのことを気にもとめませんが、これはものすごい重労働です。
問題なのは、そのために心臓が莫大なエネルギーを必要とすることです。生体のエネルギーとなるのはみなさんも生物の授業で習ったATPという物質ですが、これを大量につくると、その反動で心臓にとって有害な物質も大量に発生してしまうのです。なかでも活性酸素は、細胞のDNAを傷つけ、老化やがんの原因ともなる猛毒です。
休むことは許されず、必要なエネルギーをつくろうとすると猛毒を浴びる、このように過酷な状況にある心臓がなぜ過労死せずに淡々と働いていられるのか。考えてみればこれはじつに不思議なことなのです。
Q これまでは、その理由についてはどのように考えられていたのですか。
柿沼 心臓は「交感神経」と「副交感神経」という2種類の自律神経にコントロールされています。自律神経とは、私たちがその働きを意識できない神経です。
2種類の神経は、それぞれ特有の物質をつくって、心臓に放出しています。交感神経が放出しているのは「ノルアドレナリン」。これは心臓をよりたくさん働かせようとする物質です。対して副交感神経が放出しているのは「アセチルコリン」。こちらは心臓の働きをゆっくり、スローにしようとする物質です。
いわば交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキの役割をしているわけです。
かつては心臓の具合が悪い患者を治療する場合、ノルアドレナリンを投与して心臓にムチを入れるべきだという考え方が主流でした。この発想から多くの強心薬が開発されました。
ところがそうすると、最初はATPがたくさんつくられ、心臓は見かけ上は元気になるのですが、やがて機能が低下し、かえって患者の寿命を縮めてしまうことがわかってきました。活性酸素などの有害物質が増えるからです。
むしろアセチルコリンの作用を少しずつ強めて心臓をのんびりさせたほうが、よい治療効果が得られることが明らかになったのです。
ということは健常者の場合でも、心臓が過労死しないのは、アセチルコリンがノルアドレナリンに対抗して働きを抑制しているからではないか、つまり副交感神経が交感神経にブレーキをかけることで、仕事量を最小限に抑え、有害物質の発生を少なくしているからではないか、と考えられるようになったのです。
これだけでは漠然としていてわかりにくいかと思いますが、心臓が死なない理由についての従来の考え方は、およそこのようなものでした。
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