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老兵ちゃん

ここ何年かデパートでイベントの仕事をしている。イベントを楽しみにしてくれる固定客もふえ、予約がどんどん埋まる。ありがたい。でも、もしかしたら今回が最後かもしれないなと思う。

スタッフのみなさんの仕事ぶりがすばらしく、いくたびに頭が下がる思いだったんだけど、中心になっていたスタッフが異動するらしい。いつも目を光らせていたフロアマネージャーらしき人の姿も見えない。何があったのかわからないけれど、雰囲気がじわじわと、でも確実に変わってきた。

 

昨日カード払いのお客様がいた。現金のやりとりはフロアスタッフが取り仕切っているので、金額を伝えてスタッフにカードを渡す。いつもはスタッフがほっそりとした形のいいペンとともに、小さなクリップボードに挟んだ控えをお客様のところへ持ってきて、うやうやしくサインをもらう。お高い商品ばかり扱っているフロアーなので、さすがに物腰がひとつひとつ丁寧だ。クリップボードだって蓋付のレザー風のいいやつだし、お金やカードを置くカルトンもそうだ。

ところが昨日はカードをスタッフに渡したら、カルトンにレシートとカードだけが乗せられて戻ってきた。実は前の日もそうだった。ペンとクリップボードはなく「サインお願いします」とスタッフは片手でわたしにカルトンを渡した。カルトンに控えをのせて、私物のペンでサインしてもらえと?お客様が見ている前でこういうことをするのは、これまでのクオリティから考えるとこれはありえないことだった。

昨日はさらに何も言われずカルトンを渡され、お客様がカードをしまう段になってから戻ってきて「お支払回数は?」といらいらした調子で聞かれた。立ちそばか。ここで気が付けばよかったんだけど、わたしは受け取ったカルトンの中身をお客様にお渡ししてお見送りした。

 

閉店後。わたしがイベントの設営をといて片づけも終えて帰りのあいさつに向かったところ、先ほどのスタッフが「○○はどうしたんですか?」と詰問調で言ってきた。何と言ったのか聞き取れなかったが、続けて「カードと一緒に渡しましたよね?!」と言われてハッとした。控えにサインをいただいていなかったのだった。

言わせてもらえばここ数年こちらで仕事をさせていただいて、その手続きをするように指導されたことは一度もなかった。もちろんわたしもカード払いで買い物はする。昨日のこともあるし、サインが必要だと気付いていいはずだった。でもそれおまえの仕事じゃねえの?と正直思った。この人はいつもメインのスタッフのそばで補佐的な仕事をしている人だった。

「あれないと困るんですけど!」と強く言い募るスタッフの口調はどうやって解決するかではなく「こっちのせいじゃない、そっちのせいだ、おまえがなんとかしろ」という勢いが全面に出ていた。たぶん自分でも自分のミスだと思ってたからすごい勢いで攻めてきたんだと思う。どういう仕組みで何が必要なのか、通常どうするのかの説明もない。

 

わたしは自分の非を詫びて、お客様に連絡をした。たまたまメールアドレスを知っている方だったのでメールを送ったが、その場ですぐ返事が来るわけではない。その間スタッフは鬼のような形相でこちらを無視して手元の電卓を叩いている。「これまでスタッフの方がサインを受けていらっしゃいましたけど、カルトンだけ戻ってきたのでサインレスかと思いました。違ったんですね。サインは必要ですかとお聞きすればよかったですね」と言ってやろうかと思ったが、ばかばかしいしな。つか、こいつじゃなくてこれまでお世話になってきたメインスタッフにご迷惑をおかけしたことが申し訳ないのに、こいつとやりあってもどうしょもないからな。

 

結局、たまたまその場にいたメインのスタッフのひとり(憧れのデパガちゃん)が何らかの処理をバカに穏やかに言いつけ、控えは後日とりにうかがいましょう、と言ってくださった。バカは無言でその件でも帰りの挨拶でも返事をしなかった。もっといえばこいつは朝のエレベーターであったときもガン無視を決め込んでいた。予約のお客様の連絡先を聞かず、予約を受けたスタッフは食事に行っていると言い放ってスタッフに連絡も取らなかった。予約を受けたスタッフは食事から戻り、お客様はどうされたかと聞いたら「長いんで、帰っちゃいました」と、やんわりこっちのせいじゃない風に返事をした。(お客様は後日改めて来てくださった。)あー、メインが去ってこいつらが中心になったら雰囲気変わるだろうなと思った。

 

なぜか知らないけれど、下っ端ほど怒鳴ってくる。世話になっているフロアの紹介でもう少し庶民的な価格の商品を扱っている別の階へいったときもそうだった。偉い人になればなるほど腰が低く慇懃で丁寧だ。なんなんだろう。偉い人らは外部にお願いしたイベントの出演者として敬意を払ってくださる。こういうきちんとしたところへ呼んでいただいてありがたい、期待に応えようと思う。下っ端は「うちは高級店なんだ、おまえら何かやったらつぎ呼ばねえからな」という態度を取る。だから下っ端なんだろうか。

 

帰宅後お客様と連絡がとれた。控えは後日持ってきてくださるとのこと。「こちらの不手際で持ってきてもらうなんてありえない、明日ご自宅へ取りにうかがうべきだ」ともちおが言うので、もっともだと思って再度連絡したが、お客様のご都合で日を改めることになった。そのあとメインスタッフに顛末を連絡をして再度謝罪をした。

 

わたしはこのイベントの最初の招待者だった。駆け出しで、向こうの言い値で馬鹿みたいに安い価格で臨んだ。大盛況だったけれど儲けの点では割に合わなかった。その後価格を再設定して、暇な時も混雑するときも、祖父が倒れたときをのぞいてすべて先方の希望通りの予定で仕事をしてきた。

「この店にふさわしい質の高い仕事をしよう」「いまは店に来たお客様を楽しませる側だけど、いつかわたしがいることで店に人が呼べるようになりたい」と思ってきた。いまはわたしの名前で足を運んでくださるお客様が増え、予約も埋まるし、売り上げも当初の3倍近くある。

開催当初は条件を聞いても参加したがる人がいなかった。いまではこのイベントの仕事を回してほしいと思っている同業者が大勢いる。お客様が確実に来てくださるからだ。

 

でもそんなことは下っ端には関係ない。売り上げが伸びようが来場者が増えようが下っ端の給料は上がらないんだと思う。「おまえらの客なんだからお前らが面倒を見ろ、こっちは場所かしてやってるだけなんだから手を煩わせるな」と下っ端は思っているんだと思う。一理ある。

いっぽうメインで働いてこられた方々はこれまで当然のようにわたしたちの仕事をサポートしてくださった。そもそもそのフロアが主催するイベントだということもあると思うけど、店内のどのフロア、どの店舗に来たお客様であっても店内で困った状況に陥らないように心を配っていらっしゃるからだと思う。もっといえば、出店者であるわたしもこの店の客の一人だと思っていらっしゃるのだとおもう。

 

実際お世話になったスタッフがやめたら名指しでクレームいれてやろうかと思うもんな。ああいうことするやつがいると。以上、老兵気取りの愚痴。