ジハード






ふと、私は思った。

 

 

私は、毎日のように虐げられ、雑用を任され、自由を奪われている。

『したい』事が『したくない事』によって押し潰されているのだ。

 

どこぞのど偉いさんに言ってやりたい所だ。何が『人権』だ。何が『自由』だ。と。

 

私はいつでも心の中では躍動していた。心の中の世界では私が頂点に君臨しているだ。跪け。

しかし、そんな物は虚構に過ぎない。瞞しだ。虚像だ。現実から逃避し続けているだけだ。

永遠に私は下層階級から脱却する事は出来ないだろう。私は社会の底辺として天寿を全う為ざるを得ないのだ。

社会に押し潰され、自我に反して法律や職務と言った枷によって自由を奪われ、財産を毟り取られる。実に愚かしい事だ。

抗うものなら、絶大な権力で断罪されるのだ。『上』に裁かれるのだ。まるで地上の冥府である。社会の不適合者は淘汰されるのだ。

価値とは自分で見出す物だ。決して他者に付けられる物ではない。自分の価値は自分のみが知るのだ。

例を挙げるなら『学業の成績』だ。全て『テスト』と『日常生活』と言った場面での行動や点数に基付いて付けられる。

当然ながら当人の意思に反して付けられる物だ。これ次第で人間は2つに分けられる。『優れた人間』と『劣った人間』にだ。

当然ながら前者は社会的にも優遇される。しかしどうだろうか。テストと日常生活で後者より優れているからと言い、彼らの『全て』を凌駕しているとは言えるのだろうか。

否。『成績』が悪かろうが、学習環境が前者より劣っていようが貧困に喘いでいようが独創性がある人間、或いは能力に返り咲いた、若しくは内に可能性を秘めた人間ならば前者より優れている場合だって存在するのだ。

『テスト』で低い点数を取ったからなんだ。そんな物は全員に共通の問題を解かせるからいけないのだ。当然ながら人には『不得手』『得手』が存在する。弱点と長所だ。

個人の技量を測るならば、『その人間にしか出来ない』事をするべきではないのだろうか?

 

そう、私は嘆く。全ては自分の都合の良い様に思われたいが為だ。自分は他人を凌駕する力を持っている。私は素晴らしい。私は自分の秘めたる力に心酔している。自分の素晴らしさに畏怖しているのだ。

他人に出来て、私には出来ない事があれど、私にしか出来ない事でそれを補っている。弱点を長所で補填するのが人間らしさである。弱点があればそこを突く事で人間は他人をも超える事が出来るのだ。決して自分は最底辺ではない。最高峰に到達する可能性をも秘めているのだ。私は素晴らしい。私はそのある『ジャンル』を人生の内に見つけなければならない。私はまだその得意としている物、を見つけ出していない。

しかし、『見付け出す』可能性を秘めている。私はその可能性に向けて邁進している。この不条理な倫理の跋扈する世界と対等に立ち向かっている。敢闘している。社会など怖くは無い。自分を陥れようとする者は、自分の秘めたる力に戦慄しているのだ。自分の力を我が物にしようとしているのだ。しかしそうする訳にはいかない。私の力は私の力。しかし、時に自分の力だけでは周囲の呵責により脆く崩れ去るだろう。自分を陥れようとする者のように、身を守りつつ周りの環境から長所だけをピック・アップし我が物にする必要性がある。模倣だ。模倣は決して悪い事ではない。模倣してそこから自分なりに発展させて行けば、それは何れ『自分』へと変化するのだ。

 

私には才能がある。其れと同時に周りの風潮に流されず、周りの環境を吸収し、成長し続ける事が出来るのだ。私は自分の力を過信している。しかし過信する事によって自分の周りが見えなくなる事もあるのだ。周りを見ずに自分なりに成長し続ける事と、周囲の環境を吸収する。どちらが優先されるべきなのだろうか。

 

前者の場合、『他者』を比較の対象にしない為、劣等感に苛まれる事なく自身を鼓舞する事が出来る。しかし、休んでいる間に相手は自分の倍進化し続けるのだ。真価を発揮する為には休養を棄て、進化し続ける相手をも取り込み、自分流儀に換えていく事も重要だ。

 

 

周りを模倣した事で周囲に侮蔑される。これは悪徳だ。進化を繰り返す周りの環境を吸収する。其れと同時に周りからも吸収されている事になる。

如何に、オリジナリティを保ちつつ、相手に自分を奪われぬように成長をしていくかが課題である。

 

 

自分らしさを保ち、周りを模倣し、周りからの軽蔑にも屈せず奮闘努力し続けるのだ。これをアラビア語で『ジハード(jihad - الحرب المقدسة)』と言う。

私は正義の為に闘い続ける。私の使命を阻害する者達を、私を排斥する者達に警鐘を鳴らす。

 

私の潜在的な能力を否定し、私の将来を決め付ける。そんな者達には理解できない、計り知れない力を私は持ち合わせているのだ。

 

私の秘めたる大いなる力を社会に誇示する時はまだ遠い。まずは『本当の自分』を見付け出す事から始めたい。


 あとがき、ちょっとだけ書いてみました。是非見てってください

 

 

 










 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 

 

あとがき。

 

どうもどうも、ご機嫌よう。ほもらーです。

今作は『不条理な社会』について『一人の自分に心酔する人間』を主人公として、一人称で描写していきたいな、と思って書いてみました。

自分のしたい事が、他人の都合で簡単に潰れてしまったり、阻害される。こう言う事に憤りを感じます。

そう言った憤りを超えた『少しだけ過激的な思想』を今作には秘めてみました。