Paradigm shift – Toshinao Sasaki

佐々木俊尚はこれまで、ネットとリアル社会の境に起こる多様な局面を題材にし、未来のビジョンを描写してきた。そんな彼が、旅や移動についてどのようなことを考えているのか聞いた。

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̶ まずは佐々木さんの旅のスタイルについて伺っていきたいと思います。学生時代は登山に没頭していたんですよね?

そのおかげか大学を中退しちゃったんだけど(笑)。年間200日ほどは山に行っていましたね。

̶ (笑)

冬の登攀が山登りにおいては一番厳しいといわれていて、20代の頃はそういったエクストリーム的なことをやっていたんだけれど、一方で当時から好きだったのは人気のない山を一人歩くこと。たとえば上越国境のあたりには藪山が広がっていて秘境みたいでおもしろい。

̶ どういったところが魅力ですか?

自分自身と向き合えるような場所に持続的に存在すること。その感覚に面白さを感じています。ハレとケでいえば岩壁登攀はハレだけど、ほんとうにそういうのが好きなのかというとそうではないんだよね。どちらかというとケだね。日常的なものを持続的に楽しむという方が好きなのかな。

̶ 日常を持続的に楽しむ…

最近凝ってるのはロングトレイル。山頂をゴールとせずにただひたすら歩き続けるんだけど。

̶ 富士の箱根トレイルとか、全国にいくつかありますよね。

そうそう。登山道の一部や田んぼのあぜ道、ときには車道を縫いつつコースが設定されていてね。ふつう山登りというと山頂を目指すけれど、ロングトレイルにおいては、山頂は目指す目的になりつつもゴールではない。

̶ 最近はどちらに行かれましたか?

ここ2年ぐらいかけてずっと行っているのは八ヶ岳山麓スーパートレイル。 標高1500mほどのところに山麓を一周する道があるんだけど、 全長200キロもあるのでコースを区切りながらようやく半分ほど歩いたかな。

̶ ひたすら歩き続けるんですね。

そう。でもカーブを曲がると突然違う景色が現れたり、いろんな変化があってとても楽しい。マメをつくらない程度にゆっくり歩いていれば苦しくもないし、いつまでも持続的に楽しめるんでね。

̶ なるほど。

それは旅行のあり方とちょっと近いかな。

̶ どのようなスタイルで旅行されているのですか?

休暇の旅行だと、観光名所やいわゆる絶景ポイントには行かない。なるべくキッチン付きの物件を借りて滞在しながら本を読んでいるかな。食事に関しては現地で食材を調達して自分で料理するというスタイル。

̶ どんなものをつくるんですか?

なんでもつくりますよ。レシピは決めずに手に入る食材をもとにバランスよく献立を考える。去年はハワイへ行ったんだけど、現地にはホールフーズという有名なオーガニックスーパーがあるし、ダイヤモンドヘッドには市場があるから、そこへ買い出しに行く。たとえばオマール海老がそれほど高くない値段で売っているから、とりあえず身になるところは蒸して食べる。そして残った殻でスープをつくってみたり。見たことのない食材はネットで調理法を調べて料理しています。

̶ 美味しそう…。まさに暮らすように旅行されているんですね。

そうそう。それでね、そういう持続的に何かを楽しむということがなんとなく時代の空気感に合っている気がしているんですよ。

̶ 歴史の終わりだと、おっしゃっていますよね※。 ※ウェブメディア「TABI LABO」によるインタビューで佐々木さんは以下のように述べている。

「明日は今日よりもよくなる」というのが、16~17世紀頃にヨーロッパで生まれた近代の概念。歴史が直線に進み、日々進化するというのが前提でした。(中略)確かに2度の産業革命で生活は豊かになりましたが、少なくとも経済成長が困難な先進国においては、「もう、これ以上は豊かになれないんじゃないの?」という雰囲気が広まってきています。そうなると、今はつらいけれど明日を目指して 頑張ろうという気にはなれず、日々成長し続けることを前提とした 近代の概念が成り立たない。これこそ、歴史の終わりです。(中略)今は豊かで楽しいけれど、明日はどうなるかわからないから、今を持続させた方が楽しいよね」というのが、2014 年の日本のマインド。 その意味で、我々の人生は、目標のない永遠の旅になってきていると言えるんじゃないかな。つまり、旅するように、プロセスを楽しむこと自体が、これからの時代を生き抜いていく大きな鍵になるのです。

̶ 現在の日本人の旅行観についてどのようなことを思われますか?

若者に関していえば、物見遊山という言葉があるけれど、今はそういう考えはあまりない。20代、30代の知人がたくさんいるけれど、彼らは旅を人生のステップとして捉えているんじゃないかな。自分の仕事やキャリアを意識している。それはもはやツアーともバックパッカーとも違う新しい流れだよね。

̶ キャリアの過程としての旅…

前から言っていることだけれど、90年代を境に「社会からの脱出」を願うというマインドが「社会との接続」を願うというマインドへ大きく変わっていった。かつては終身雇用が保障されていて、20代で就職してしまえばある程度安定した生活を送ることができたんだよね。社宅に住んで会社の信用組合でお金を借りて家を建てるといったように。でもそういったことが約束されていた反面、息苦しくもあった。そのような社会では脱出したいという願望が強くなるから、今いる場所を忘れるということが旅行の目的として重視される。

̶ なるほど。

それが非正規雇用が増えて終身雇用がなくなるという状況が進むにつれ、逃げたいというよりも社会とつながりたいという欲求が強くなる。そういった背景が旅行にも反映しているんじゃないかな。

*

̶ 移動コストの低下、インターネットの普及により、移動に対する心理的、物理的な障壁が低くなってきているといわれています。以前執筆されたご著書ではこれらの内容を含んだ「ノマド(=移動遊牧民)」という概念について触れていますよね。この点についてさらに伺いたいと思っています。

ノマドというのは物理的移動を指す言葉であるけれど、一方で精神的な部分、人と社会の繋がり方の流動性や共同体のあり方にフォーカスしているノマド論も存在する。僕はこちらの方が大事なんじゃないかなと思っています。ここでいうノマドとは、樹木の根のように縦横に絡みあう中心のない社会構造のことですね。

̶ なるほど。

共同体を構築するとどうしても外部者の排斥、内部では同調圧力を生んでしまう。たとえばオランダでは共同体主義を採用した結果、共同体のメンバーに入らない人は排除してもいいという発想が生まれてしまい、移民に対する排斥が増したという分析がある。

̶ コミュニティを重んじることのリスク…

かといって排斥や同調圧力を生まないために、社会の中で一人孤立するのも無理な話。すると人間がある程度の安心感を得られながら、それでも自由に生きていくという方法をなんとか実現できないだろうかという問題意識が生まれてくる。

̶ なるほど。

それで先ほどの話に戻ると、テクノロジーの進歩がそういった精神部分の移動や共同体の流動を現実にしていると思っているんですね。中心がないけれど、いろんな人がいろんな人とつながっている状態。それをネットワーク共同体と最近は呼んでいます。

イメージとしてはfacebookがわかりやすい。たとえば、2ちゃんねるというサイトがあるでしょ。そこには掲示板という広場があって、特定のそれには書き込みがどんどん集まってくるから、閲覧者は同じところを見ることになるわけです。でもfacebookには広場がない。何かを書くとそれがタイムラインとして勝手に流れるだけ。誰と誰がつながっているかは見えるけれど、中心に誰かがいるわけではない。ノマド的な人間関係というのはfacebook的な人間関係といえると思います。

̶ これまでの共同体というのはある意味、物理的な行為によってもたらされるものであったけれど、それとは別次元…

そのように考えると人類史上の中で初めて出てきた新しい共同体感覚になり得るんじゃないかと思っています。これが最近のテーマですね。

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佐々木俊尚
作家・ジャーナリスト。「レイヤー化する世界」「電子書籍の衝撃」「キュレーション の時代」「『当事者』の時代」など著書多数。キュレーターとして、Twitter で情報技術 やメディア、社会について積極的に発信している。

撮影:竹下美喜

(2015.2.4)

 

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