社説:高齢者の再犯 社会的負担も考えよう
毎日新聞 2015年08月21日 02時30分
お金がなくて無銭飲食をする、店でお握りや果物を万引きする、放置してある他人の自転車に乗る……。そうした罪で実刑判決を受け刑務所に送られる高齢者や障害者が増えている。比較的軽微とはいえ詐欺罪や窃盗罪が適用される。許されることではない。
ただ、こうした高齢者や障害者の再犯率は高く、刑務所に入れることが矯正になっていない面がある。お握り一つの万引きでも、刑務所に収容すれば1人年間300万円以上の公費がかかる。社会の安全に必ずしもつながらないばかりか、予算も無駄になっているのではないか。
戦後、受刑者数は一貫して減ってきたが、1995年の地下鉄サリン事件をきっかけに刑事政策が変わり、軽微な罪でも捜査当局が積極的に立件するようになった。
特に高齢の受刑者の増加は際立っている。2012年には全受刑者のうち65歳以上は8.8%を占め、20年前に比べて5倍以上に増えている。女子刑務所は特に顕著で、高齢受刑者は12.8%を占め、10倍以上の増え方を示している。また、知能指数(IQ)69以下で知的障害があると思われる人が全受刑者の2割を超えるという法務省の統計もある。
一般的に、軽微な罪を犯した人が実刑にならないためには(1)被害弁済(2)身元引受人(3)謝罪と反省、が必要と言われる。仕事もお金もないために被害を弁済できず、身寄りがないので引受人もいない、認知症や知的障害のため謝罪できるコミュニケーション能力も乏しい−−という累犯高齢・障害者が刑務所を埋めているのだ。
イギリスでは受刑者に障害があることがわかると保安病院へ移して矯正プログラムを受けさせる。ノルウェーでは55歳以上の人が軽微な罪を犯した場合は警察から社会福祉の担当機関に対応が移る。オーストラリア・ビクトリア州でも認知症や何らかの障害がある人の場合は刑事裁判から切り離して、関係者が再犯防止のための処遇を協議する。
日本でも各地の検察庁に社会福祉士が配置され、裁判では検察側が保護観察付き執行猶予を求刑する例が増えてきた。弁護側が福祉関係者の協力を得て更生保護計画を作成し、それによって執行猶予付き判決が出ることも目立つようになった。刑務所職員が地域の福祉機関や弁護士と勉強会を重ね、出所後の再犯防止に努める動きもある。
ただ、いずれも試行段階であり、予算の裏付けも乏しい。執行猶予中に触法行為をしたとみなされると、ほとんどが実刑になる現実も変わらない。恒常的な制度化に向けた取り組みが必要だ。