理想の夫婦

2015/08/21 Fri 09:45




私が20代の頃、最初に就職した職場に子供のいない主婦がいた。
50代のパートのオバサン。

仕事内容は雑用などの簡単なもので、時々私達社員のサポートもしてくれた。
とても温厚で優しい人であり、年齢関係なく私達にも常に敬語で「何かお手伝いしましょうか?」と穏やかな口調で声をかけてくれ、私達は皆彼女が大好きだった。

彼女の名前は「キミコ」といい、私達は皆「キミコさん」と呼んでいた。

キミコさんはいつも電車通勤であったが、帰宅時は時々ご主人に車で迎えに来てもらっていた。
聞くと、「夫と都合が合う日には一緒に帰り、どこかでディナーするんですよ」と、キミコさんは少しお道化た様に笑った。

キミコさんとご主人はとても仲が良い。
よく会社の前に車を止めて待っていた為に、私達も時々ご主人と顔を合わし、言葉を交わすようになった。

キミコさんはご主人の事を「タケちゃん」と呼んでいたので、いつの間にか私達まで彼を「タケちゃん」と呼ぶようになっていた。
そんな風に周囲を自然と和ませる、とても素敵な夫婦であった。


ある日、職場の飲み会があり20人程で居酒屋に行ったのだが、偶々一つのテーブルに、私、私の同期、50代の女性社員、そしてキミコさんが座った。

私は社内の中でも心を許せる数少ない人達と相席になり、ホッと胸を撫で下ろした。

最初は仕事の話だったが、お互いのプライベートの話に変わっていった。
珍しくキミコさんが自分の事を話し始めた。

「ほら、私達って子供がいないでしょう?いつまでも大人になりきれなくてね」と笑う。

「キミコさんとタケちゃん、すっごく素敵です!憧れのご夫婦です!」私と同期は興奮気味に言った。

「ははは、そんな事ないのよー。色々あったんだよ、ねぇ?」

と、キミコさんは隣にいた50代女性社員を見た。その女性は「そうそう」と笑っていた。

キミコさんの話によると、20代の頃タケちゃんと結婚したものの、子供に恵まれず周囲にかなり責められたそうだ。
昔はまだそれ程知られていなかった不妊治療も密かに受けていたらしい。それでも恵まれず30代のある日、タケちゃんに申し訳ないという気持ちで一杯になり心が折れ、家出した。家を飛び出して友人の家に飛び込んだのだという。実家の親も子供が出来ない事を「恥だ」と言っていたので、とても帰れなかったと。
・・・・時代の違いか家柄の違いか、それにしても大変そう。

そして、その時居候させてくれた友人というのが、なんとその時隣にいた50代の女性社員だというのだ。

私と同期は「えーっ!!?嘘っ!!」とかなり驚いた。
それまで、キミコさんとその50代女性社員が知り合いだったという事も知らなかった。
そんな古い友人だったなんて。

キミコさんが居候していた頃、50代女性社員には夫と子供が3人もいた。
だからキミコさんは迷惑をかけて申し訳なかったと言っていたが、50代女性社員は「だって親友だもんねー」と茶化していた。

その後、タケちゃんが居候先に迎えに来てくれて、キミコさんとタケちゃん、50代女性社員とその夫の4人で話し合ったという。
そんな話し合いに他人が混じるなんて私なら考えられないと思うが、きっとキミコさんにとっては50代女性社員は他人ではないのだろう。

「あの時は4人で泣いたねー」としみじみ言う50代女性社員。

私がこの話を聞いたのは今から20年近く前だ。
キミコさんも今は70代になっているだろう。

今思う。キミコさんと話したいな・・と。
あの頃は自分が子なし主婦になるとは想像もしていなかった。
今キミコさんと話せたら、もっと感じる事がたくさんあるだろう。

お互いを「キミちゃん」「タケちゃん」と呼び合っていたあの夫婦。
私達もせめてそんな夫婦になっていきたい。


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