●かんべえの不規則発言



2015年8月 






<8月2日>(日)

○ハワイで行われていたTPP交渉は妥結に至りませんでした。まあ、こういうのはよくあることです。百里をいかんとするものは、九十九里をもってその半ばとす、であります。

○そうはいっても、アメリカの議会日程を考えると、これで先行きはかなり苦しくなった印象があります。とりあえずフロマン通商代表は、今頃オバマ大統領から罵声を浴びせられていることでしょう。「お前が確実に行けると言ったから、ハワイでやらせたのに!」みたいなお小言を言っているのではないかと。とりあえず大統領のメンツはつぶれたし、ああいう会議を主催するとおカネもかかりますからねえ。

○アメリカは来年が大統領選挙だし、日本は参議院選挙がある。だから日米両国としては、できればここで実質合意したかった。で、秋には署名。その勢いで、日本は臨時国会で批准をやってしまいたい。来年の通常国会でやるのは御免こうむりたい、という思いが安倍政権にはあります。オバマ政権はもっと切実で、アメリカの批准は次期政権に先送りされてしまうかもしれません。ということで、これから先は針の穴を通すような日程になりますね。

○一説によれば、「ニュージーランドが乳製品で妥協しなかった」ことが原因だとされているようです。一時は日本政府の中に「NZを除外して11か国で妥結を」との声もあったらしいですが、それではまさしく「軒先を貸して母屋を取られる」ということになってしまいます。TPPはもともと、NZがブルネイ、チリ、シンガポールと4か国で始めたことですから。

○2010年にアメリカが入る以前のTPPは、「質の高いFTAを目指す」ことが目標でした。つまりはピュアな自由貿易を目指していたわけです。まあ、小さな国ばかりであったから、お互いに守るべき分野も少なかったわけですが。それが現在の12か国体制になったら、初期の目標からはかなり離れてきて、「アジアにおけるルール作りの競争」だとか、「中国に対抗する安全保障上の目的」などが語られるようになっていきます。要はいろんなスケベ根性が出てきたということでありますね。

○そういった大国の驕りを撃ったのが、小国ニュージーランドの「議」であったとしたら、全体の合意にとっては迷惑な話ですが、なかなかに痛快で剛毅な話とも言える。ティム・グローサー貿易相は、通商交渉の世界では歴戦のツワモノですから。きっと「どっちが先だと思ってるんだ」と思って怒っているんじゃないかと思います。

○本来のTPPは、志の高いFTAを目指すものでありました。そういう点で、日本は最初から「農産物5品目は聖域である」と言いつつ入ってきたわけですから、日本がTPPに入った瞬間に、思い切りFTAとしての純粋性を下げているわけです。その辺はちょっと自覚しておいた方がいい。

○一方で、これは日本とニュージーランドの経済人会議に1996年から2010年まで連続で出ていた経験から言うわけですが、そんなに罪悪感を持つ必要もないのであります。「日本はもっと乳製品の関税を下げてくれ」とは何度も言われましたが、「でも、こんなにたくさん買ってるじゃない」と言えば、とりあえずその場は収まります。だってお互いにビジネスでやっていることなんですから。

○あいにく、こういう図式は政治家やマスコミにはわかってもらえないことが多いです。でも通商交渉というものは、なにも正義を実現するためにやっているわけではないんです。お互いにビジネスをやりやすくするためにやっている。民間部門の利益を目指してやることなんで、世界第3位の経済大国たる日本がTPPに入っている、ということにはそれなりの価値がある。

○NZだって、このままTPPが漂流してしまって、日豪FTAが通った日本が豪州から低関税で農産物を買うようになったら、それはそれで困るはず。できれば最後の閣僚会合は、今月末に日本でやれたらいいんですけどねえ。甘利さん、ダメっすか?


<8月3日>(月)

○福島・会津のお酒に「ぷちぷち」というのがあります。日本酒なんだけど、微発泡酒なので、ちょっと目にはシャンパンみたいです。まずはこのお酒を入手しましょう。

○次に用意するのはフランボワーズのリキュールです。カクテルの素材としてはごくありふれたお酒ですから、わりと簡単に手に入ると思います。

○細長いグラスに「ぷちぷち」を注ぎます。そしてグラスを少し傾けて、フランボワーズを斜めに静かに注ぎます。透明な「ぷちぷち」の底に、濃い色をしたフランボワーズが沈みます。

○あとは、グラスを静かに傾けて飲むだけです。少しずつフランボワーズの色が溶け出して行って、透明な「ぷちぷち」に混ざっていきます。味わいも色合いも楽しめること請け合いであります。

○このカクテルの名前を「福島の夜明け」と申します。某経済団体トップの秘書が、昼間から帝国ホテルのバーテンダーと一緒に研究に専念し、最後はへべれけ状態になって編み出した苦心の作です。

○先日、いただきましたけど、おいしかったです。よろしかったら、お試しあれ。


<8月4日>(火)

○「昔の経済団体における安全保障論議はどんな感じだったか」というテーマで某紙の取材を受ける。つい興が乗ってしまい、2時間近く話し込んでしまった。仮に引用されるとしてもせいぜい1行程度であろうし、それも曲解されたり、意に反する使われ方をすることもあるのが当世の定めだが、まあ、こんな風に昔話をさせてもらえるということ自体、ありがたいことだと思う。

○なにしろこういう昔話は、誰かから聞かれなければ、わざわざ人に聴かせるような話ではない。「秘書」という仕事は「秘密の書類」と書くらいだから、本来であればそのまま墓まで持っていくべきなのであろう。とはいえ、そこまでの極秘情報なんてものは滅多にないし、今では物故してしまった人が少なくない。そういう人たちから直に話を聞いた者としては、なるべく正直に語り伝えて、多くの人に伝えることが務めなのではないかと思う。

○てなことで、今となっては皆、故人となられた速水優、品川正治、堤清二、宮岡公夫、轉法輪奏、岡崎久彦といった経済同友会にゆかりの方々を思い起こしつつ、1990年代のよもやま話をしたわけである。いや、正味な話、これだけ話すと体内の毒素が少し減ったような気がするのですよ。ああ、サッパリした。

○その当時、ワシは会社の中で、鬼軍曹タイプの上司の下で仕事をしていた。サラリーマン生活をしていて、鬼軍曹に一度も出会うことなく終わってしまう人は、幸福に見えて実は不幸なんじゃないかと思う。ワシの場合は、幸いなことにMさんと出会った。その鬼軍曹Mさんが、この週末に亡くなられたらしい。70歳で肺がんであったとか。合掌。

○余計な話になるが、先日の東芝・第三者委員会の報告書で、「上司に逆らえない風土があった」などという馬鹿げた記述があったらしい。でも、それって当たり前でしょ。「上司に逆らってもいい職場」というのは、そりゃあ組織としてはまずいでしょ、と突っ込みを入れたのはワシだけではなかったであろう。

○ところが昔の日商岩井という会社には、「部下が上司に逆らっても全然平気」という麗しい社風があった。そんなことだから、実際に会社がつぶれかかったことは、別に秘密でもなんでもない。でもまあ、社員にとっては居心地の良い会社であった。ワシはしょっちゅう鬼軍曹の上司に喧嘩を売った。電話で怒鳴りあって、最後は両方で受話器を叩きつける、なんてこともあった。なに、ワシもまだ30代であったし、当時のMさんも今のワシよりは若かったのである。

○今から思えば、Mさんともっと昔話をやっておけばよかった。後悔先に立たず、である。昔、散々怒鳴られた側としては、「向こうはまだ枯れていないから、いつ何時カミナリを落とされるかわからん」などと身構えていたのが仇になったのかもしれぬ。電話の向こうで「また皆で会いたいなあ」と言われて、ああ、本来はワシが幹事をやらなきゃいかんのですけど、すんませんねえ、と思ったのが最後の会話だったような気がする。いやはや、申し訳ない。

○気がつけば、自分は誰かにとっての鬼軍曹となることなく馬齢を重ねてしまった。かといって、理解のある上司や優しい先輩であったわけでもない。気の利かない部下で、薄情な同僚で、面倒見の悪い上司であった。こんなことで良かったのだろうか、とふと考え込んでしまう夏の夜なのであった。


<8月5日>(水)

○本日は「冠婚葬祭総合研究所」の設立記念パーティーへ。ワシは何と、この研究所の客員研究員なのである。

○セレモニーホール業界の元締めである「互助会保証株式会社」が設立したもので、事業目的は、「冠婚葬祭互助会業界の中長期展望と経営指針の調査・研究」「儀式文化産業としての冠婚葬祭互助会の調査・研究」「冠婚葬祭互助会への経営改善指導の高度化の調査・研究」とある。まあ、ワシとしては「セレモニー業界」というのは、つくづく面白いと思うのだ。

○経済産業省的に言うと、「サービス産業の生産性向上が必要である」ということになる。じゃあ、サービス産業の能率を上げるにはどうすりゃいいかというと、今までと同じサービス内容で高い金をふんだくればいい。つまりぼったくりだ。それでは客が離れてしまうから、何か工夫をしなきゃいけない。そこからイノベーションが生まれるはずである。現状維持では何も生まれない。

○とくに冠婚葬祭業にはイノベーションの余地が大きいはずである。既にいろんな変化が起きている。結婚式は数が減って個性豊かになり、葬式は数が増えて規模が小さくなっている。これから先、どんなふうに変わっていくか。セレモニーホールはどんなふうに変わればいいのか。そこでどんなことが提案できるのか。

○差し当たって、本日聞いて一番感動したのは以下の話。最近のお葬式では、故人が愛用していた携帯電話を棺の中に入れる習慣が出来つつあるのだそうだ。あの世に行っても連絡が取れるように、との含意からであるが、これはまことに良い習慣ではないかと思う。

○それというのも、携帯電話、特にスマホは個人情報の塊みたいなものである。たぶん誰もが死の間際には、「ああ、この瞬間にケータイをオールリセットしてしまいたい!」と思うのではないだろうか。ところが人間は自分がいつ死ぬかを知ることができない。死ぬかと思っていた病人が復活するのもよくある話である。かといって、「ワシが死んだら、ケータイは棺に入れてくれ」などと遺言するのも無粋な話である。

○故人のケータイをいじっていたら、とんでもないメールを読んでしまい・・・・という不幸を避けるためにも、この習慣を定着させるべきではないでしょうか。うん、これは新しい総研として良い提言ではないかと思ふぞ。


<8月6日>(木)

○今宵は元上司Mさんのお通夜へ。

○亡くなられてから日にちが空いているのは、どうやら空いている式場がなかったかららしい。言われてみれば、ご近所の別筋の知り合いでもご不幸があった由。連日のこの暑さで、ひそかに死者が増えているというのは考え過ぎだろうか。あとで統計を確かめてみたい気がする。

○会社関係で懐かしい人が多く来ている。それにしても、昔、お世話になった人は、年を取って顔かたちが変わっていてもすぐに名前が思い出せるものである。逆に最近知り合った人は、すぐにわからなくなって「あれれ、この人は誰だったっけ?」となってしまうのが情けない。まあ、仕方がないことではあるのだけれど・・・。

○長居することあたわず、今宵は最終便で福岡へ行かねばならぬ。幸いなことに、お通夜があった川崎市から羽田空港へは、京急を使うと15分で到着する。まことにありがたいのである。

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○福岡空港でタクシーに乗って、「ヒルトンまで」と告げる。いつも福岡というと、天神か博多駅の近辺に泊まることになるのだが、本日はヤフオクドーム球場の隣のシーホークである。ちょうど試合が終わった頃であるらしく、応援団がいっせいに街に繰り出している。最近はホークスが強いので、運転手さん、上機嫌である。

「今日は負けたのかな?でも、ホークスはマジック点灯だからね。それにしてもセ・リーグは弱いよね。貯金のあるチームが首位、ってくらいなんだから」

○はいはい、仰るとおりであります。ホークスは今宵も勝ちました。それにしても、ライオンズ少しは勝てよ。でないと、パ・リーグが盛り上がりませんがな。


<8月7日>(金)

○福岡ヒルトンホテル・シーホークにて、農協流通研究所さんのセミナー講師を務める。そのこと自体は別段どうということはなかったのだが、ワシの次の講師が橘川武郎先生であった。ありがたい機会なので、エネルギー政策に関する橘川先生の講義を拝聴する。たいへん勉強になりました。

○終わってから橘川先生としばし歓談。「最近のタイガースの試合は、勝ってもうれしくないし、負けると腹が立つ」ということで意見が一致する。だってゴメス様とマートン様が打てば勝つけど、打たなかったら勝てなくて、しかもときどき投手陣が崩壊して、とっても不条理な負け方をするんだもの。あんな風にストーリー性のない試合は疲れます。(今宵もディーエヌエー相手に大敗を喫した模様。ああ・・・)。

○それにしてもヤフオクドーム球場は立派である。しかも王貞治ミュージアムはあるし、「熱男」というキャッチフレーズは九州らしい。まあ、これだけ親会社が力を入れて、地元が熱っぽく応援すると、やっぱり強いチームができますわなあ。そういえば昔の西鉄ライオンズのホームたる平和台球場は、福岡城の敷地の中にあったのですね。昨日とは違うタクシー運転手さんに聞いたところ、「東尾が居る間は、西武ライオンズを応援しとりましたわ。でも、今はやっぱりホークスですたい」とのことでした。まあ、当然ですね。

○ヤフオクドームの近くにあるのが福岡市博物館である。ちょうど今日から「大関ヶ原展」をやっているし、噂に名高い「金印」(漢倭奴国王印)と「日本丸」(母里太兵衛が福島正則からせしめた日本一の槍)を見ておこうか、くらいの気持ちで立ち寄ったのですが、これが大変なスグレモノでありました。

○福岡では、ちょうど旧平和台球場の跡地に、鴻臚館(こうろかん)という建物があったのですな。これが飛鳥、奈良時代の頃から、大陸に向けての日本の外交および交易拠点であったのでした。つまり大宰府や福岡市は、昔から海外への玄関口であって、今もアジアにおけるハブ拠点を目指しておるわけです。外に向かって開かれているために、貿易によって繁栄し、ときには破壊を受け、そのたびに蘇ってきたというのが福岡・博多の歴史なわけでして、わが国の歴史においてもひときわ珍しいお土地柄でありましょう。

○この鴻臚館の跡地に、福岡城をどーんと建てた黒田官兵衛如水は、「ひょっとしてある日、わが国が大陸からの侵攻を受けるときには、この福岡城が最初の防衛拠点になるかもしれぬ」ということを意識していたのかどうか。朝鮮出兵にも参加しているので、当然その辺は読み筋にあったものと推察する。なにしろ熊本城を建てた加藤清正が、この福岡城を見て「さすがは官兵衛殿」と舌を巻いたそうですから。

○ところがこの福岡城に、もともと天守閣があったのかどうかが、今では歴史上の論争になっているらしい。その程度のことがはっきりしない、というのがいかにもわが国らしくて面白いけれども、ふつうに考えたら黒田官兵衛・長政の親子が天守閣を作らないわけがないではないか。そりゃ加藤清正に対する対抗意識もあったんだし。で、今、福岡市では、「ふるさと納税で福岡城を復元しませんか」という「福岡みんなの城基金」を実施中である。とってもいいプランではないだろうか。不肖かんべえとしてもお手伝い申し上げたい。


<8月9日>(日)

○ウチの玄関先に巣を作っていたツバメの親子は、突如として姿を消してしまった。今では駐車スペースの天井に、巣だけが寂しく残されている。経験的に言えば、この巣はやがて壁からずり落ちて、跡形もなくなるであろう。せめてクルマで踏みつけないように気を付けねばならない。

○母ツバメと3羽の子ツバメは、その後、どうなったか見当もつかぬ。なにしろ育児放棄気味のネクレクト・やさぐれお母さんであったし、子どもたちは身体が小さいままで、あんまり元気がないように見えた。あんなことで、自然界の厳しい生存競争を生き抜いていけるのかどうか。はなはだ気がかりではあるけれども、ワシがどうこうできることでもない。

○ツバメの巣の大家としては、所詮心配することしかできぬ。まあ、それは世間の大概の親がやっていることと、似たり寄ったりである。そしてまた、親の心配というものは、子どもにとってはウザいものなのである。「手塩にかけて育てた」なんてのは、得てして親の勘違いに過ぎませんからなあ。


<8月10日>(月)

○お盆の新幹線を予約しようと思って、初めて「えきねっと」を使ってみました。JR東日本限定ですが、これはなかなかのスグレモノです。ほとんど飛行機と同じくらい簡単。クレジットカードでチケットが買えて、座席の予約までできてしまう。「3人で並びの席を取りたい」なんて時には、「何号車だったら空いている」なんてことが分かって、非常に助かります。

○でもって、買ったチケットを発券してもらおうと思って、柏駅のみどりの窓口へ行ったんですよ。そしたら長蛇の列ができているじゃありませんか。しょうがないから並びましたよ。で、延々と待っていたら、私の前のおばさんが駅員とこんな押し問答をしている。


「ですから16日は難しいです。17日でしたら何とか・・・」

「えーと、16日は午後7時以降でもダメなの?」

「その場合は盛岡駅まではいいんですが、その先が取れません。立ってもらうことになります」

「じゃあ、行きを遅らせることにして、12日はどうですか?」


○あのなあ、そういうことは家でやってきてくれよなあ。そうすりゃみんな、待たずに切符が買えるというのに。そうでなくても、定期券購入の人も居るし、払い戻しでゴネている人も居るし、そのうち泣き出す子どもも居るというのに。

○ちなみに駅員さんに聞いたところ、えきねっとの発券は自動販売機でもできるのだそうです。ただし手続きはちょっと難しそうでした。ちなみに大きな駅だと、分かりやすい機械を置いているとのこと。次回の課題といたしましょう。


<8月11日>(火)

○本日、川内原発が再稼働しました。去年の10月1日に現地を視察した者としては、とにかく良かったね、と言うほかはありません。川内原発が、規制庁の新規制基準をクリアしたのが昨年9月。思ったよりも長くかかりました。運転はほぼ4年ぶりのこと。自転車だって、4年ぶりの乗ったら怖い思いをしますよね。この後、トラブルがなるべく少ないように祈るばかりです。

○本件については、いろんな論点があると思いますけれども、確実によくなることがひとつあると思います。それは「日本がLNGを安く買えるようになる」ということです。

○よく知られている通り、原発が停止していることによって増えているLNGの輸入量は年間3.6兆円と言われています。この金額は、産油国に対して支払われて、後には何も残りません。燃やせばCO2と熱が取り出せますが、来年はまた同じものを買わねばなりません。新国立競技場を作るための2200億円は、まだしも後にモノが残るだけマシというものです。5年分だと、3.6兆円X5=18兆円となります。そのコストは、最終的に電気料金として日本国民が支払わねばなりません。まあ、形を変えた税金みたいなものです。

○もっともこの3.6兆円という金額は、@原発が停まっていることによって増えるLNGの量、ALNG価格の上昇分、B円安による水増し分、をすべて足したものです。@、A、Bがそれぞれどういう比率であるかは、よくわかりません。それが今回、たったひとつでも原発が再稼働すると、日本という燃料の買い手の交渉力が向上しますので、Aの部分は確実に減少するでしょう。それは日本全体にとって得になる計算です。

○LNGというものは、天然ガスを零下162度に冷やして作るわけですから、そんな設備を持っている国は多くはありません。また、そんな贅沢なものを買える国も多くはありません。従って、限られた数の買い手と売り手の間の取引となりますから、お互いに手の内が読めてしまいます。「日本は原発が停まっているから、電力会社はLNGを買うしかないはずだ」ということがバレているときは、国際価格よりも高い料金を吹っ掛けられます。

○もちろん長期契約分は従来と同じ値段で買えるわけですけど、それでは足りない部分をスポット価格で調達しようと思ったら、当然、足元を見られます。「日本がかわいそうだから、安く売ってあげよう」などという売り手は現われませんし、仮にそんな売り手が出てきたら、他の売り手が「ふざけんじゃねえ」と脅しをかけるでしょう。なにしろ狭い世界なものですから。

○そういう意味では、たとえ1か所であっても原発が稼働したということは、LNG市場における日本の価格交渉力を強めます。「まあ、そんなにたくさんは要らないんだけどね」と言えるようになるわけですから。貿易収支という面から言うと、たぶん量が減るよりも、価格が下がる方が効果は大であろうと思います。やっぱり年後半には月次で黒字になるんじゃないでしょうか。


<8月14日>(金)

○北陸新幹線開通後の初のお盆。ということで、ちょこっとだけ帰省。結構、観光客でにぎわっているようなのはまことに結構なことであります。ということで、富山市内のちょっと贅沢なお店のご紹介。


鮨吉:カウンター8席、お座敷6畳のみの小さなお店です。行くときはご予約を忘れずに。

神通町田村:十割そばの店。富山駅から歩ける距離です。繁盛してました。

天米県庁前::うすい衣のサクッとした天ぷらです。ご飯のうまさにもしびれます。


○以上、「かんべえさんのご紹介で来ました!」と言っても、まったく通じないはずですので、くれぐれも余計なことは言わないように。

○休み中は甲子園ばっかり見てましたので、人民元の切り下げやら天津の爆発事故やら安倍談話の話はまたいずれ。


<8月15日>(土)

○昨日発表された安倍談話は、不肖かんべえが事前に「こんな風に言ってくれればいいのにな・・・」と思っていたような内容でした。

○まあ、だいたい予想のついたことですが、これだけ安倍さんが中道に歩み寄ったのに、右からは批判する声が聞こえてこず、左側はなんとかこれを貶めたくして仕方がない様子。さっそく韓国はいろいろ文句を言っているようですが、そんなのは想定の範囲内というもので、韓国がもろ手を挙げて歓迎するような談話は、日本国民の大勢が拒否するでしょう。

○この安倍談話の一番のお値打ち点は、これが閣議決定されたことで、向こう10年くらいは右の側から歴史認識問題で現状に挑戦する人は現われなくなる、ということです。なんだかんだいって、日本の保守勢力は「安倍ちゃん」が好きなので、内心はいろいろ含むところがあっても、批判は呑み込んでしまうでしょう。もっと言ってしまうと、「これで日本ではリビジョニストが絶滅危惧種になる」ことになる。日本外交の弱みがひとつ消えるわけです。

○安倍晋三さんが個人としてどのような信念をお持ちであるかは別として、これで日本国首相の歴史認識は村山談話(1995年)と安倍談話(2015年)の中間のどこかにある、ということになります。まあ、それは国際的にみて許容範囲でありましょうし、日本国民としても十分にコンセンサスが取れる範囲でしょう。安倍談話の効用は、わが国政府の歴史認識の安定性を保証したことにあります。

○これとは全く逆のケースが、1994年に村山富市氏が首相に就任した直後に、「自衛隊は合憲」「日米同盟は堅持する」と言ってくれたことです。あれで日本社会党とその支持者たちは、「自衛隊違憲論」をおろさざるを得なくなった。まあ言ってる人たちも、できないことを承知で言っていたわけですけどね。憲法学者たちでさえ、あれ以後は「違憲論」を言わなくなりました。日本の安保政策が大いなる安定性を勝ち得た瞬間でした。文句なく、総理としての村山さん最大の功績だと思います。

○その村山さんご自身は、安倍談話に対して「さっぱりわからん」「談話は出す必要がなかった」などとご不満の様子です。それって上記のような理屈に全く気付いておられないからでありましょう。あるいは単に、ご自分の談話の値打ちが減ったような気がしておられるのかもしれません。でも、政治の世界には、「右だからできること、左だからできること」というものがあって、今回の安倍さんはその勇気を発揮したのだと思います。つまり仲間内から、「裏切り者!」と呼ばれるリスクを冒したということです。

○右も左も、向こう側がそういうリスクを取って、事前の相場観よりも自分側に歩み寄ってきたときは、素直に相手を称えられるようであってほしいと思います。かつて岡崎久彦大使は、鳩山由紀夫首相が普天間基地の辺野古移転を決めた時には、「鳩山さんは自分の誤りを認めたんだから、褒めなければいけない」と言っていたんだけど、そういう声が左側から聞こえてこないのはちょっとさびしい気がします。まあ、その後の鳩山さんについては、言わぬが花というものでしょうが・・・。


<8月16日>(日)

○どうでもいい話をいくつか。

○午前中に九段下に用事があったので、ついでに靖国神社に参拝してみる。終戦記念日の翌日とはいえ、人はそんなに多くはない。驚くほど外国人観光客の比率が高い。おみくじを引いたら「吉」であった。古き事を改め、新しき事を始めるに良し、とある。さて、なんのことであろう。

○週末にマンハッタンカフェ死す。思えば2001年の菊花賞と有馬記念で、この馬を応援して当てたことが、週末ごとの中山競馬場通いの始まりであった。こういうときは、産駒たちが頑張るものである。ワシも応援をしなければならぬ。ということで、今日の札幌競馬場メインのエルムステークス(G3)は、マンカフェ産駒のグレープブランデーで勝負。親の仇に、ルメール騎手までついているから鬼に金棒。結果は2位。ああよかった、複勝にしておいて。ちなみに新潟メインの関谷記念(G3)にはマンカフェ産駒が居なかったので、適当に買ったらやっぱり外れた。

○それにつけても、今年の甲子園の面白さはどうしたらいいのか。やっぱり双日、もとい早実の清宮幸太郎君が図抜けて面白い。昨日の試合のホームランは、つくづくいいものを見させてもらった。それだけではなく、個性豊かなチームが多くて目移りしてかなわん。東海大相模はめちゃ強いし、仙台育英も強い。しかも明日はベストエイトではないか。これでは出社しても仕事にならぬ。とりあえず、早実、東海大相模、仙台育英、興南と予測しておこう。なるべくなら「関東ひとり勝ち」にはなりませぬように。

○さらにNHKを見てしまうのは、夕方の「サンダーバード」新シリーズである。正しくは"Thunderbirds Are Go"なので、本当は複数形で呼ぶべきなるも、まあ、大目に見ておきましょう。子どもの頃からのファンとして、本作に対して言いたいことは数々あれど、このテレビドラマはニュージーランドで制作されている、というのが個人的にツボである。あの国はですねえ、『ロード・オブ・ザ・リングス』3部作を撮影した時に、空前のデジタル処理が必要になって、公費助成を得て巨大なスパコンを導入したのである。その後、使い道がなくてどうなっているかと心配していたのだが、こんな形で使われていたとは。良かったねえ。


<8月17日>(月)

○安倍談話に対する世論調査がポツポツと公開されています。

●その第1号となったのが共同通信。首相談話を「評価する」との回答は44.2%、「評価しない」は37.0%でした。

――ところでこの調査、8月14日と15日に実施したという。そんなことを言っても、安倍談話が発表されたのは8月14日の夕刻で、普通の国民が内容を知るのは当日夜以降であるはず。ところが15日の夕方には調査結果が発表されるので、どう考えても少ないサンプル数でエイヤッと発表したとしか思えない。なんでそんないい加減なことをするのかと思ったら、答えは簡単で本日8月17日が新聞休刊日だったから。なるほど、そりゃ急ぐわけだわ。

●ところが「紙面よりもネット」の産経新聞(FNN)はさすがでありまして、8月15-16日の調査結果を今日発表した。「評価する」という回答は57.3%に上り、「評価しない」の31.1%を大きく上回ったとのこと。

――ちなみに、70年談話で首相が「戦争に何ら関わりのない世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と表明したことについては66.1%が「評価する」と回答した。「植民地支配」「侵略」「反省」「お詫び」の4つの言葉を盛り込み、「歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」と表明したことについても59.8%が「評価する」とした」とのこと。

●さらに今宵になって読売新聞も8月15-16日の調査結果を発表。戦後70年の安倍首相談話を「評価する」と答えた人は48%で、「評価しない」の34%を上回った。

――先の大戦への「痛切な反省と心からのおわび」を表明した、歴代内閣の立場を引き継ぐ考えを示したことを「評価する」は72%に達し、「評価しない」の20%を大きく引き離しており、談話を好意的に受け止める人が多かった、とのこと。

○読売新聞の細かなデータは未発表なので、共同と産経の基礎データを下記にあげておきましょう。(→追記:読売加筆しました)

  内閣支持 不支持 自民党支持 民主党支持 支持政党なし
(共同通信)          
2015/7/17-18 37.7% 51.6% 31.9% 11.2% 39.3%
2015/8/14-15 43.2% 46.4% 35.0% 10.5% 39.2%
  +5.5p ▲5.2p +3.1p ▲0.7p ▲0.1p
(産経新聞)          
2015/7/18-19 39.3% 52.6% 33.7% 9.8% 38.0%
2015/8/15-16 43.1% 45.0% 35.8% 10.8% 32.8%
  +3.8p ▲7.6p +2.1p +1.0p ▲5.2p
(読売新聞)          
2015/7/24-26 43% 49% 36% 8% 44%
2015/8/15-16 45% 45% 37% 10% 39%
  +2p ▲4p +1p +2p ▲5p


○これらの数字が意図するところは明快で、安倍談話は成功だったということになります。


<8月18日>(火)

○今日は高校野球がお休み。そして残り3試合を余すのみ。勝ち残った球児たちにとっては、貴重な安息日でありましょう。

○今年の甲子園が活況を呈していることについて、高校野球の長年のファンにして文化放送のパーソナリティである野村くにまるさんから今朝、こんな話を聞きました。


●清宮人気はもちろんあるけれども、最近は高校野球の水準全体が上がっている。一方的な試合が減ったし、ダブルプレーなど守備もしっかりしている。

――少なくともバントはプロ野球よりも上手ですよね。例年、この時期になるとプロ野球は、妙にバントが増えるのが面白いです。思い出すんだろうなあ。

●ファンも確実に変化している。どこかを応援するためではなく、高校野球が見たくて来ている。だからいいプレーにはいい拍手が起きる。つまり客層が良い。

――そういえば、昔の甲子園は地元チームが出れば満員、そうでないと閑散だった。今はコンスタントに客が入っている。

●女性ファンも増えた。そのことも野球の質を変えているはず。

――選手の打率や防御率を空で言えちゃうとか、昔の野球ファンは男ばっかりだったんですよねえ。ああ、『野球狂の詩』の時代が懐かしい。


○2015年の夏の甲子園はちょっと記憶に残りそうな気がします。明日からあと3試合。「ソウジツ」を応援しなきゃとは思うのですが、ここはエイヤッと仙台育英に賭けたいと思います。東北ガンバレ!


<8月19日>(水)

○ほかの人が書かないから、敢えて書いてしまいますけど、「安倍談話を本当に書いたのは誰か?」。筆者にはまったく自明なことに思えるのですが、そりゃあ安倍さん自身が書いたに決まってるでしょ。

○というのも、下記のくだりがあるからです。


何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。


○誰もが知っている通り、安倍さんは潰瘍性大腸炎という病いを持っている。そのために、第1次安倍内閣を投げ出してしまった。偶然にもその後、アサコールという新薬に出会ったお蔭で、大復活して第2次内閣を担うことができた。そういう人に向かって、「断腸の念」なんて言葉を提示することは、普通のスピーチライターにはできない相談です。そりゃまよっぽど無神経な人なら別ですけど、スピーチライターという人種は言葉に対するセンシティビティを持っているものです。でなきゃ使い物になりませんわな。

○「ただただ、断腸の念を禁じ得ません」なんて言葉を平気で使えてしまうのは、安倍さんご本人以外には考えられません。つまり総理大臣ご自身が、有識者会議の結論を真摯に受け止めて、内外の諸状況を勘案し、ついでに内閣支持率の動きにも目を光らせて、いろいろ考えた挙句にひねくりだしたのが安倍談話だと思うんですよね。

○ちなみに「吐血した」という話はかなり大袈裟であるらしいですよ。だから今日もせっせとゴルフをしているわけでありまして。そもそも本当に健康状態が危機的であったならば、ご本人も「断腸」なんて表現を使うはずがないじゃありませんか。

○安倍さんは明日には夏休みを終えて職務に復帰します。差し当たっての懸案事項は、「自民党総裁選の日程をどうするか」で、その辺の内情は先月書いた溜池通信のP6辺りを読んでいただければご参考になるかと存じます。


<8月20日>(木)

○以下は今朝の某M証券からもたらされた情報です。


今週の週刊文春も「体調問題全真相」との記事を掲載しました。(1)6月30日に東京ステーションホテルでのJR東日本社長との会食中に吐血、(2)7月1日に上野の定食屋で食事後、帰宅中の車内で腹痛を訴え、(3)8月6日の広島での平和記念式典出席中に体調を崩したの3点です。今週発表された読売や産経の世論調査で、安倍内閣の支持率がリバウンドしている中、健康悪化が事実なら残念です。

文春は(2)の店名を報じていませんが、「田中食堂」です。安倍首相が食べたというハムカツ定食は600円で、店は昭和を感じさせるシャビーな店です。安倍首相が7月1日に訪れた際にサインされた色紙が、店に飾ってあります。首相の健康状態は国家秘密ですので、側近者が密報しないと、真偽は外部からは分かりません。

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5346


○ハムカツ定食、ちょっとだけ食べてみたいなあ。関係ないけど、噂に名高い五反田の「ミート矢澤」もちょっと気になっています。









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編集者敬白





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by Kanbei (Tatsuhiko Yoshizaki)