DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】 作:eohane
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鬼の予感「へっへーん。いただきまーす」
ガクッと膝をつき項垂れているサムを尻目に、アナはパッションフルーツの果肉を口へ運んだ。
「────……っんー!
「じー……」
「はあぁぁ……この味のために生きてるって感じ……」
「じー……」
「この程好い甘味と酸味、絶妙なバランスの果肉と果汁っ。ほんっとたまらないわあぁぁ……」
「じー……」
「うるさいんだよ! わざわざ口に出さなくてもわかってるよ! せっかく楽しんでるのに台無しじゃないか!」
「こうなりゃヤケだ。じー……」
「だあぁぁ! わかったあげるっ! あげるからその口を閉じろ!」
「…………ふっ」
「うわめっちゃ腹立つ。なにその顔」
「計画通r──」
「やかましいわっ!」
「うおっ! 待てアナ! 目にパッションフルーツの汁はマズい気がするぞ!?」
サムを押し倒し、馬乗りになろうとしたところで上手く抜け出されてしまった。……ちっ。いろんな意味でちっ。
「……ちっ。またそうやってヒラヒラ躱す……」
サムには聞こえない程度の声量で呟く。最後の一口を食べきり、余った皮をサムへ投げつける。ひょいっと躱された。サムは飛び散ったフルーツの果汁が胴着に染み付いていないか必死に確認している。いい気味だと思った。
「すまんすまん。性分なんでな」
……サムのこういうところが、アナはキラいだ。
「……はぁ。ほら、食料調達行くよ。今日は私が川の番。だよね? ポルトゲス」
《──その通りです、アナジュリア様。サムエル様はジャングル担当ですよ》
「お、マジか。んじゃアナ、ワニ頼むぞ」
「仕掛けにかかってたらねぇ。まあ時期が時期だし、多分無いと思うよ。ピラニアで我慢して」
《サムエル様、直に日が暮れます。それまでには戻らないと……》
「だな。イノシシいるかな」
《サムエル様はイノシシがお好きですね》
「美味いからな。よし、行くぞポルトゲス」
《はい》
手早く身支度を整えたサムは、ジャングルへ飛び込んで行った。
アナはアナで身支度を整え終わると、のんびりネグロ川へ向けて歩き出す。
《まあ、はいと言いつつこちらにもいるわけですが……》
「あなたってホント、万能よね。いったい何人と同時に話してるの?」
《全回線を共有していますので、端末を所持している方全員と。データを瞬時にメインCPUで処理していますので、今のところ問題はありません》
「すごいわねぇ……ヤバい全然わかんない」
仕掛けポイントに到着。ワニはかかっていない。サム、残念。
《そんなことはございません。アナジュリア様の方が遥かに優れていらっしゃいますよ》
「あら、最近のAIはお世辞も言えるようになったんだ」
《いえいえ、お世辞などではありません。このようなアマゾン奥地の熱帯雨林で生きることの苛酷さを、アナジュリア様は謙遜しておられます》
最初は機械と「話す」ということにかなり抵抗があったものの、今ではすっかりアナの話し相手、相談相手ポジションに落ち着いている。人相手にはなかなか相談できないことも、こいつにならそんなに気負うことなくすることができる。
……竿から餌をつけた釣り糸を垂らす。ターゲットをピラニアに変更だ。
「苛酷と言っても、私達はけっこうな数の『文明の利器』に守られてここで過ごしてる。私のお父さんやお母さんはもっと酷い状態で過ごしてたんだよ」
《それは、そうかもしれませんが……》
珍しくこの万能AIが口篭もる。いや、ただ単に口篭もっているフリをしているだ毛かもしれない。本当は答えを導いているくせに、より人間らしい会話を成り立たせるため、プログラムに従ってそう言っているだけなのかもしれない。
まあ、アナにとってはどうでもいい話。
「顔も覚えてないけど、やっぱりあの人達の方がよっぽどすごいよ。地獄を生き抜いた、“本物”だよ」
《…………》
自分の両親を「あの人達」と表現することが、アナとの関係性を如実に物語っていた。
「…………」
《……アナジュリア様は、ご自身の今の境遇を嘆いておられるのですか》
アナは思わず笑った。端末の発声器の向こう側で、ポルトゲスという“人物”が心配そうな表情を浮かべている気がしたからだ。
私なんて自分の出生を知っているぶん、まだまだ幸せだ。どれだけ過去を忘れることはできても、自分に父がいて、母がいたという過去は永久に忘れることはない。忘れることはできない。それが人の子という不変の真理だ。
「そんなことない。
《……それは良かったです》
「……うん」
《アナジュリア様。糸、引いてます》
「え? ──う、うわっ!」
それに比べてサムは……あいつは“過去”を知らない。
***
ジャングルは暑い。薄手の布地でこしらえた胴着は汗を吸ってずっしりと重く、蒸発することのない汗が不快指数を上げていく。
とは言っても、アマゾン──もっと言えばブラジル──ではどこもこんなものだ。ましてこのようなジャングルならばなおさら。
サムは顔を顰める。
「イノシシいなかったなぁ……」
《しかしこのような見事な野ブタを仕留められたではありませんか。十分だと思いますよ》
「ま、そうだな。バナナもあったし」
ズルズルと縛った縄で野ブタを引き摺る。小脇に、ナイフで鋭く尖らせた槍状の木の枝を抱え、もう片方の腕にはもぎ取ったバナナ、マンゴー等のフルーツを抱えている。
相当な重量だ。正直重い。一歩一歩進む度に全身の筋肉が唸る。荒縄を絞ったかのように、血管が浮かび上がるほど筋肉が盛り上がる。
これも、鍛練の1つだ。ホドリゲス家の“強さ”の証だ。
「なぁ……ポルトゲス」
《どうしました》
「……俺って、普通か?」
絶対に違う。ただの自問自答と変わらない。
この年になれば少しは“世”というものがわかってくる頃だ。
恐らくはアナも気づいているはずだ。ルーカスは……もっと以前から知っていたのでは無いだろうか。彼は、サムが産まれる以前から親父のもとに身を寄せていると聞いているから、恐らくは間違いない。
今回の現地入りで、今までの平穏な暮らしが終わってしまうような、何かしらの変化が訪れると、そんな予感をサムは感じていた。
《うーむ、難しい質問ですね。この場合、サムエル様のおっしゃる『普通』の定義によりますが》
「……はっはっは。そうだな、身体能力的に、とかかな」
さすがの高性能AIもサムの内心を推し測ることはできなかったようだ。できたらできたで怖いが。
《そうですね……サムエル様のこれまでのデータから計測し判断しますと、間違いなく普通ではありません》
「えらく直球だな。お前がそう言い切る根拠は?」
《オーグロ様と、デウス様のご子息だから……いえ、もっと洒落た言い方をしますと、
デウス。ポルトガル語で神の意。
ドクン、と心臓が強く波打ったのがわかった。同時に暑さによるものではない、冷たい汗が噴き出してくるのを感じた。あまりに突然過ぎる、“母”の名前だった。
この世に生を受けて16年。オーグロを初め周囲の人間達に、それとなく自分の出生について、見たこともない母親のことについて探りを入れたことはある。そうしない方がおかしい。誰であれ自分の母親のことは気になるものだ。
結果は思わしくなかった。アナは本当に何も知らないようだったが、親父は「お前の母はなぁ……はは。お前を護って死んだんだ。……俺が殺したようなモノだ」と呻くように言った。地獄から這い上がって来た、鬼の鬼哭のような声音だった。
他は違った。探りを入れる段階だったためか、器用に話題を変えようとする者、無言で目を見つめてくる者、いろいろいた。
中でも一番印象に残ったのが兄であるルーカスだった。彼は後者に近かった。しかしその話になった途端纏う空気が変わった。まるで氷のような、凍てつく怒気に殺意までもを滲ませて自分を睨み付けてきたのだ。顔は完全な無表情になり目は光を失っていた。あらゆる負の感情が1つに凝縮された、呪鬼がそこにはいた。まるでサム自身を心底怨んでいるように思えた。
そんなこともあってか、サムはいつしか母のことを聞かなくなった。自分から調べようとも思わなかった。意識的に心の淀んだ奥底へ封印した。
気付いたのは後からだった。自分が母の名前すら知らないことに。
「……デ……ウス?」
《ええ。……サムエル様の……お母様の名前です》
呼吸が荒い。先程から嫌な汗をかきっぱなしだ。額を拭う。それでも止まらない。
縄を握りしめる手が、腕ごと小刻みに震えているのがわかった。
《オーグロ様から連絡です。今日、アナジュリア様と自分の所へ来るように、と》
ポルトゲスの言葉は聞こえている。聞こえてはいるが、頭には入っている気がしない。ふわふわとどこか別の所へ行ってしまっている感覚だ。
《音声メッセージを再生します。『──よう、サム。俺だ。ポルトゲスから話は聞いたと思う。……お前には全て話す』》
腰にある端末から親父の声が聞こえてくる。あの時と同じだ。重く響き渡るような、“悲痛”を伴った声だ。
《『それと、お前に聞きたいことがあるんだ。お前の将来に……“生き方”に関わる話だ』》
今更ながら、自分の意識が引き戻されているのに気付く。彼の声に、全神経を集中している自分がいる。
《『
板垣涼介著「ワイルド・ソウル」の設定をいろいろ参考にしています。サム達とリンクさせたらいろいろ面白かったんで、つい。
ではでは。