だんだんザワザワし始める
ボール・パークでは攻守交替のタイミングでスコアボードに色々なコンテンツが流れる。
カーレースのCGが流れて何色の車が1位になるか当てるゲームだったり、1985年にグラミー賞を獲った曲は何か? という三択クイズが出されたり。メジャーリーグの歌が流れるとスコアボードに歌詞が表示されてみんなで大合唱したりして、とても楽しい。
音楽トリビアの三択クイズ
カラオケのようになるスコアボード
ボール・パークならではの雰囲気を楽しみつつ、僕は岩隈のことを気にしている。
6回を投げ終えて、まだ被安打0なのだ。フォアボールを何個か与えてはいるが、6回までノーヒットノーランである。
快投を続ける岩隈
これはもしかしたらもしかするかも。
僕の心がザワザワし始める。すると7回、先頭打者にセンターへの大飛球を打たれた。
ダメか?
いや、大丈夫なのだ。大きな当たりではあったが、センターフライである。
このセンターフライあたりから、客席もザワザワし始めた。ここまでノーヒットノーランであることが球場全体に浸透し始めたのだ。
僕の後ろに10代くらいの女の子三人組が座っていて、彼女たちは何が起こっているのか分からず、僕の隣の男の子に状況を聞いている。
「何が起きてるの?」
「クマがノーヒットを達成しそうなんだ」
「それはすごいことなの?」
「とんでもなくすごいことさ」
これは僕の意訳だが、大体そんな会話をしていたと思う。
状況を把握した女の子三人組は、そこから急に盛り上がり始める。
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ
8回までノーヒットで盛り上がる観客
いよいよ最終回。
マウンドに向かう岩隈に声援が飛ぶ。
最後のマウンドに向かう岩隈
クーマ! クーマ! クーマ!
観客総立ちで岩隈のノーヒットノーランを心待ちにしている。1球投げるごとに大きく盛り上がり、審判がボール判定をするとブーイングが起こる。
そしてついに、歓喜の瞬間が訪れる。
最後の打者をサードへのファールフライに打ち取ったのだ!
やったー!
マウンドにナインが集まる
おめでとう、岩隈
岩隈のノーヒットノーラン達成に、球場内に割れんばかりの歓声が鳴り響く。クマコールに帽子を取って挨拶する岩隈。僕は心の中で、「えらいこっちゃえらいこっちゃ」と慌てている。大変なことが起きてしまった。
そしてなんだろう。知らないうちに僕の頬に涙がつたっている。
岩隈が投げることも知らず、色々な不安材料を抱えながらやって来たこの球場で、僕は今、猛烈に感動している。
両隣りのアメリカ人たちと一緒になって盛り上がりたかったのだが、そこまでにはなれない自分がいた。岩隈のノーヒットノーランをしても、この席の気まずさは解消されなかったのだ。
岩隈ノーヒットノーランのハッシュタグ
岩隈のパネルの前で記念撮影する人たちがたくさん
岩隈のユニフォームが一番売れていた
勢いでマリナーズのキーボードを買いそうになったけど、とどまった
翌日の新聞では一面を飾っていた
きっと、こんなラッキーなことなんて今後もそうは起きないだろう。
日本人選手として野茂投手に続いて2人目。岩隈がノーヒットノーランを達成した瞬間を生で見ることができたのだ。ボール・パークの雰囲気を楽しみたい。ただそれだけの思いでやって来たのが良かったのかもしれない。無欲の勝利である。僕の人生にとって、忘れられないエピソードの1つになったのは間違いない。
しばらくは自慢していきたいと思い、帰国後、友人にこの話をした。すると、その友人のお母さんは人生で唯一観戦した試合が王さんの756号の日、という話を聞いた。
なんだよ。僕の上をいくエピソードなんていらないのに。