教育社会学者の竹内洋・京大名誉教授に「教養」について聞いた。

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――文科省が国立大学に対して、人文社会科学系などの学部・大学院の廃止や転換に取り組むよう通知しました。

 神学など虚学を教える場として始まった西洋の大学と異なり、日本の国立大学は明治以降、実学が中心だった。そういう中でも文学部は細々と維持されてきたのに、今それがたたきつぶされようとしている。

 グローバル競争に勝つのに、このままでは日本がダメになると脅迫されているようだ。科学技術一本に絞り、理系に予算と人員を持っていきたい意図がはっきりしている。夢がない。そんなことでグローバル競争に勝つのかも疑問だ。

 (たばこを吸うために席を外して戻ってから)人文知はたばこみたいやな。大学では吸うなと、居場所がない。嫌煙権ならぬ、嫌教養権だ。

――人文知は役に立たないと思われているのでしょうか。

 「実用知以外はいらん」という風潮がある。でもね、深くものを見て洞察する知、批判の知は、市民として必要じゃないか。そういう時に人文社会系の知は威力を発揮する。それこそ大学で学ぶものだし、大学から人文知を奪ったら、実用知としても十分なものを教えられるのかが疑問だ。

 「観光業に就職する学生には、シェークスピアを教えるのではなく観光案内に必要な英語を教えた方がいい」という人もいるが、歴史や文化を知っていれば、案内に広がりも出るでしょう。そもそもシェークスピアを教えるどころか、私大では「英文科」が残っているところさえ、もう数少ないのではないか。

――教養知と専門知の関係をどうみますか。