「アートシーン」です。
今日は「日曜美術館」放送開始40年を記念して行っているキャンペーン「みつけよう、美」についてご紹介します。
今全国100以上の美術館とコラボレーションをしまして各地の作品のさまざまな魅力を深く紹介する試みを行ってるんですよね。
「みつけよう、美」の映像が見れるコーナーというのは美術館によってもさまざまだと思うんですけれども椅子が置かれていてゆっくりと映像を見る空間があったりとかするので展覧会を見たその興奮をクールダウンさせながら新しい美の発見に活用して頂けるとうれしいですね。
このキャンペーンではですね長年NHKの美術番組が記録してきた映像を活用しまして各地の美術館の所蔵作品の魅力を紹介しています。
それでは「みつけよう、美」ご覧下さい。
各美術館では所蔵作品とそれにまつわる映像を一緒に展示しています。
映像と共に美の物語を発見してもらおうという試みです。
現在美術館でご覧になれる映像を3つご案内しましょう。
まずは…インドを描き続けた日本画家の貴重な制作風景です。
人口6,000人足らずの美山町。
この静かな町に日本画家秋野不矩さんのアトリエがあります
秋野さんはベースの白とは正反対の黒い空間の中に神々の姿を描くつもりです。
まず竹紙を木炭で黒く塗っていきます
水銀鉱石を使った岩絵の具を用いて更に深い黒を出していきます
黒い闇の中から11体の神々のどんな姿が浮かび上がってくるのでしょうか?秋野さんが最初に取りかかったのは太陽の神スーリヤです。
筆ではなく先のとがった金属のヘラで神を描き出していきます
秋野さんにとっても初めての試みです
まあインドに対して思い残す事のないように私がインドでいいなと思ったものをね描き残したいと思って描くわけ。
それがみな大変ね。
ちょっと私の腕にはちょっと手に負えないぐらいのような題材ですので果たしてうまく描けるか難しいと思いますけどでもせっかく私も絵描きとして生きてきてね描きたいものを描いてみようと思って試すんです。
なかなか思ったほど描けないんですよね。
だからいつもねもうちょっと描けないといけないと思ってね。
もう満足するほど描けた事ないの。
絵ってそういうもんですよね。
だからとめどもなく描いていかなければ。
続いては…撮影現場のすさまじい様子が土門の助手から生々しく語られます。
「僕の女の写真が下手な事は写真界の定評である」。
「どうも僕の写真はピントが合いすぎるのがたたっているらしい。
シワとかシミとか白髪とかつまり本人としてはその存在をあまり現実的に認めたくないものがあまりにも瞭然と写りすぎるのである。
だから僕の写真は下手な事も確かだがより正確に言えば嫌われているのである」。
昭和28年文化人や政財界人の肖像写真集「風貌」を発表。
昭和10年土門さんが26歳の時から昭和26年41歳までの間に撮影した人物写真集です。
まだ大型カメラしかなかった初期の撮影ではその後の小型カメラのように手軽にスナップを撮るわけにはいきません。
助手を2〜3人引き連れての大がかりな撮影でした
(角田)梅原さんにいろいろポーズを頼んでじっと眺めているだけでなかなかシャッターを切ろうとしない。
大体僕はこれで良さそうだなぁと思って助手ながら考えたんですがシャッター切らない。
そしたら冷気のようなものがザーッと走った。
それは梅原さんの方から。
もう我慢の限界に近かったですね。
じっとさせられるんですから…大家が。
それは我慢の限界に近かった。
そしたら土門さんが声をかけたんです。
「先生そのデッサンに木炭をちょっと当ててるところをお願いします」ってポーズを頼んだんです。
そしたら梅原さん「この絵は完成された絵だから今更木炭を当てるわけいかん」という事を吐き捨てるように。
私その時に見てたんですがね梅原さんの顔が表情がだんだんこわばってくるんですよ。
木炭および手をですねパッと膝に置いてね動かさないんです。
まだシャッターを切らない。
もうよさそうだと先ほど申し上げたように私は思うんですがまだ撮らない。
そしたらこう何かもう嫌な感じになってきた。
ほんとに爆発寸前というのはあの時じゃないですか。
そしたら土門さん閃光一発パシャッとシャッターを切った。
やれやれ…で私はほっとしました。
ちょっと梅原さんの方を見ますと梅原さんは今まで腰掛けていた籐椅子をちょっと上げてバーンとアトリエの床にたたきつけるように。
ああ相当怒っておられるなと私は思った。
…でカメラをカメラケースに入れて帰る用意をした。
土門さんが私に「角田まだもう一枚撮るんだよ」。
あれ?っと私は思った。
何撮るんだろう?そしたら土門さんが梅原さんの方に行かれて「先生お顔のクローズアップをもう一枚お願いします」と頼んだわけです。
私そのお二人の…見たんですが何かこう両雄の最後の勝負というのを感じましたね。
最後は…シベリア抑留を経験した画家宮崎進が作品に込めた思いを赤裸々に語ります。
今から10年前2000年5月78歳の宮崎さんはシベリア再訪の旅に出ました
自分がずっと描き続けたシベリアとは一体何だったのか。
もう一度シベリアの土を踏みシベリアの空気を感じる事でその意味を確認したいと考えたからです
かつての病院の跡は今墓地となっていました
みんな飢えてるんですよね。
痩せこけて。
それでこの前に車を止めてもらってねそこで病院だって言うんでね止めてもらってそれでそこにみんなを担ぎ込んだんですよ。
それはねそのままもう帰ってこなかったんですよね。
いくつかの収容所を転々とした宮崎さん。
ここも収容所の跡地です
崩れ落ちた建物。
廃虚となった小屋が宮崎さんの記憶を揺さぶります
本当に今風がそよそよ吹いてますけどねこれはとてもね自分の記憶の中の大きな部分なんですね。
この空気が出したくて仕事をしているようなもんで結局全てここから始まってるような気がしますね。
私の仕事は。
「あれから半世紀が過ぎた。
かつてのシベリアは既になくあるのは私の中のシベリアだけだ。
小さな鉄格子の窓もペチカの上の飯盒も曲がった煙突さびた椅子も混然として灰色に溶けてしまった」。
シベリア再訪の旅から帰国後も宮崎さんの制作は続きます
80年代から頻繁に使われるようになったドンゴロスと呼ばれる麻袋。
何もない収容所でこれをカンバスにしていた宮崎さんにとって新たな表現に欠かせない手段となりました
命の輝きがはじけるような「精霊の踊り」
女たちが輪を作って踊るシベリアの春の訪れです
半世紀の時を経て苦しみを乗り越え宮崎さんのシベリアは大自然の喜びの歌を歌い始めました
このキャンペーンの映像は放送でもご紹介していきます。
「アートシーン」でした。
ではまた次回。
2015/08/16(日) 09:45〜10:00
NHKEテレ1大阪
日曜美術館 アートシーン ▽日曜美術館40年「みつけよう、美」第四回[字]
今年、放送開始40年目を迎えた日曜美術館。それを記念して「みつけよう、美」と題した年間キャンペーンを展開。貴重な映像記録を活用した取り組みを紹介します。
詳細情報
番組内容
日曜美術館は1976年に放送が始まり、この4月、40年目の年を迎えました。それを記念して、「みつけよう、美」と題した年間キャンペーンを展開。全国100を超える美術館とコラボレーションし、さまざまな名作の魅力を、番組が記録してきた貴重な映像で紹介します。今回のアートシーンでは、3つの美術館の所蔵作にまつわる懐かしい映像をお届けします。
出演者
【司会】井浦新,伊東敏恵
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
情報/ワイドショー – その他
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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