『TABI LABO』と『Cadot-カド』というウェブサイトがあるのですが、普段、そのサイトで紹介されている感動エピソードに感動させられっぱなしなので、たまにはこのブログでも感動する話を紹介してみたいと思います。
ある若い夫婦の話。(文中の写真は全てイメージです)
38,324円。ヘソクリ用の通帳残高にはそれだけしかありませんでした。
新聞の折込チラシなどを精査して、一番安いスーパーまで自転車を走らせるなどして節約した結果が、このざまです。
ハルカは3回、通帳記入をしてみました。でもやっぱり38,324円。明日はクリスマスなのに。
どう考えたって、今のハルカにできるのは、すり切れた無印良品の「体にフィットするソファ」に倒れこんで泣くことくらいです。ハルカは、ソファに倒れこんで泣きました。
ああ、人生は、号泣、やや号泣と、微笑みとで出来ているんだ、そして一番多いのは、号泣なんだ。ハルカはそんなことを考えました。
専業主婦であるハルカが泣き止むのを待つ間に(いずれ泣き止みます)、住んでいるアパートについて紹介しましょう。
1DK で、家賃は月88,000円(共益費込み)。築12年で駅から徒歩10分。地方からすれば高いと思われるかもしれませんが、ここは眠らない街・東京。相場です。
オートロックではないアパートの入り口には、請求書と DM でいっぱいの郵便受けと、自転車の空気入れ。話は変わりますが、夫が作った名刺には「プロブロガー」という謎の肩書きが書いてあります。
その名刺の持ち主が、新卒で入社した東証一部上場企業の正社員として手取り25万円・賞与夏冬合わせて5ヶ月分を稼いでいた黄金時代には、「株式会社◯◯」の名刺もそよ風に吹かれて営業先で元気に暴れていました。ところが今、「これからはブログ飯だ」と突然退社し、ブログを書き始めたものの鳴かず飛ばず、収入は Googleアドセンスと Amazonアフィリエイトが雀の涙でアフィリエイトの売り上げも微々たるもの、クラウドソーシングで振られてくる記事執筆の仕事を合わせても月5万円が関の山、貯金を取り崩したり親に仕送りしてもらったりしながら糊口をしのぐ日々です。名刺の「プロブロガー」という肩書きもぼやけてきて、「プロブロガーはちょっと長すぎるんじゃないか、もっとつつましく控えめに、『プブ』の2文字だけでいいんじゃないか」と文字たちが真剣に話し合っているようでした。
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それでも、イケダツバサ氏がスタバでのノマドワークから、2階の部屋に帰ってくると、先ほど紹介した「ハルカ」ことイケダハルカ夫人が出迎えて、夫を「ツバサ」と呼びながら、しっかり抱擁するのでした。素晴らしいことです。
さて、ハルカは泣きやむと、化粧を直しました。そして窓ぎわに立って、アパートの裏の線路わきフェンスの上を灰色の猫が歩いていくのを、ぼんやり眺めました。
明日はクリスマスなのに、ツバサにプレゼントを買うお金はたったの38,324円。何ヶ月も必死で節約してきたのに、こんな結果だなんて。
月5万円ではヘソクリもろくにできません。支出は予想以上でした。そういうものです。ツバサにプレゼントを買うのに、たった38,324円。愛するなツバサなのに。
どんな素敵なものをプレゼントしようかと計画を練った時間は、彼女にとってとても幸せなものでした。何か、素晴らしくて、貴重で、品があって、ツバサが持つのにふさわしいものを贈りたかったのです。
押入れの横には、姿見がありました。デパートの催事場にありそうな程度の鏡です。ハルカは急に、窓のほうから向きを変え、鏡の前に立ちました。その眼はき怪しい光を帯び、爛々と輝いていましたが、顔は20秒間まっ青でした。彼女は手早く髪をほどいて下ろし、まっすぐ垂らしました。
イケダ家には、大いに誇れる持ち物が2つありました。
1つは、ツバサの iPhone。新機種が出るたびに無理して買い替えるので、今は iPhonen 6 Plus です。iPhone についての海外記事をクソ翻訳して PV を稼いでいた時代が忘れられないようです。
もう1つは、ハルカの髪の毛でした。
もしもブレイク・ライヴリーがお隣に住んでいたとして、ある日ハルカが髪を乾かすために髪を窓から外に垂らしたら、それだけでブレイク・ライヴリーの資産もキャリアも価値がなくなってしまうでしょう。もしもサムスンのイ・ゴンヒ会長がアパートの管理人で、最新の GALAXY の在庫を大量に抱え込んでいたとしても、ツバサがそこを通りかかって iPhonen 6 Plus をポケットから取り出すのを見たら、イ・ゴンヒ会長は自分のひげを引っ張って悔しがるでしょう。
さて、ハルカの美しい髪は、亜麻色の滝のように輝き、波のようにうねって、彼女のまわりに垂れていました。それはハルカのひざまで届く長さで、まるで振袖のようでした。
ハルカは少しイラついた様子で、バージニアスリム・メンソール・ライトをくわえながら、すばやく髪をまとめました。
そしていったん動きを止め、1分間、ためらっていましたが、やがて一滴、二滴と涙がこぼれ、すり切れた畳を濡らしました。
それからハルカは、くたびれたユニクロのジャケットを着て、くたびれたユニクロの帽子をかぶりました。ユニクロスカートをひるがえし、眼には涙の鮮やかなきらめきを浮かべたまま、ドアから出て、通りへと階段を降りました。
彼女が立ち止まった所には、看板が掲げられていました。
『マダム・ソフロニーの店・巣鴨店/ヘアグッズ各種取扱』
ハルカは階段を駆けのぼり、息を切らしながらも、心を落ち着かせました。マダムは、色白で体が大きく、冷ややかで、とても「ソフロニー」という感じではありません。
「私の髪を、買ってもらえますか?」ハルカはたずねました。
「買いますよ」マダムは答えます。「帽子を取って、ちょっと見せてみなさいな」
亜麻色の滝が、さらさらと揺れ落ちました。
「5万円」マダムは、慣れた手つきで髪を持ち上げながら言いました。
「すぐに下さい」ハルカは言いました。
ああ、それからの2時間は、薔薇色の翼に乗って軽やかに過ぎていきました。いえ、そんな使い古しの例えは忘れて下さい。ハルカは、ツバサへのプレゼントを探してお店をまわっていました。
ついに、アップルストア表参道店で、ハルカは見つけました。
リンク Apple Store - 表参道 - Apple(日本)
間違いなく、他の誰でもないツバサのために作られたものでした。ハルカはいろんな家電製品屋(主にヤマダ電機)をくまなく見てまわりましたが、どのお店にもそんな素晴らしいものは無かったのです。
それは、Apple Watch(42mmステンレススチールケースとリンクブレスレット)でした。
デザインはシンプルで洗練されていて、ジョニー・アイブが忌み嫌う見せかけの装飾など無く、モノ自体に価値があることがはっきり分かりました。Apple製品とはそうあるべきでしょう。iPhone とペアで使うにふさわしいものでした。ハルカはそれを見たとたん、これはツバサのものでなければいけない、と確信したのでした。
その Apple Watch はツバサに似ていました。落ち着いているけれど、価値がある。その表現は、どちらにも当てはまります。
Apple Watch は119,800円(税別)でしたから、財布の中の5万円と、足りない分を銀行から引き出し、さらに足りない分は楽天カードのリボ払いで購入し、急いで家に帰りました。
リンク 楽天カード
左手に Apple Watch をはめれば、ツバサは iPhone をポケットから取り出すことなく、誰の前でも堂々とメールや Twitter を確認することができるでしょう。iPhone は立派でしたが、マナー違反になることがあるので、ツバサはこっそりと iPhone を見ることがあったのです。
家に着いた時にはハルカの興奮は少し落ち着いていて、代わりに慎重さと理性が働き出しました。いつも利用している美容室の TAYA に予約をして、切ったことによる髪のダメージを、回復する作業を始めます。ついでに自分へのご褒美の血液クレンジングも。こういうのはいつでも大変な仕事なのです。本当に、大仕事です。
出されたカプチーノを飲みながら TAYA で2時間過ごすと、ハルカの頭は小さく巻いたカールで覆われました。まるで、NHK の『シャキーン!』に出てるめいちゃんのような頭です。ハルカは鏡に映った自分を、長い時間、注意深く、鑑定師みたいに眺めました。
「ツバサが驚いて私を殺さなければの話だけど」ハルカは独り言を言いました。「見てすぐに、NHK の『シャキーン!』に出てるめいちゃんみたいだって言われるかな。だって、何ができたっていうの? たった38,324円で、何ができたの?」
夜7時には、焼酎のお湯割りが用意できて、セブン-イレブンの生ハムは皿の上に載り、ケンタッキーのパーティーバーレルをレンジでチンする準備もできました。
ツバサは決して遅れませんでした。ハルカは、箱から出した Apple Watch を握りしめ、いつもツバサが入ってくるドアの近くのイケアで買ったテーブルの、はしっこに座りました。それからすぐに、ツバサが階段を上る足音が聞こえると、ハルカは一瞬青くなりました。普段からちょっとしたことでも口の中でお祈りを唱える癖があったハルカは、こうささやきました。「お願い、神様、私はカワイイ、カワイイは作れる、今の私もカワイイって、ツバサに思わせて下さい」。
ドアが開き、スタバでのノマドワークから帰ってきたツバサが中に入り、ドアが閉まりました。ツバサはやせていて、真面目な表情に見えました。まだ27歳なのに、かわいそうな人。彼は家庭を背負っているのです。ブログの PV が必要だし、MacBook Air も古いモデルのままです。
中に入ったツバサは、そこで立ち止まりました。バターの匂いに気付いたバター犬のように、じっとしていました。ツバサの眼はハルカに釘付けになって、その眼はハルカには読み取れない表情をしていたので、ハルカは怖くなりました。それは、怒りでもなく、驚きでもなく、非難でもなく、恐れでもなく、ハルカが覚悟していたどんな感情とも違うものでした。
ツバサは、その奇妙な表情を浮かべた顔で、じっと彼女を見つめていました。
ハルカはテーブルから離れて、ツバサのそばに行きました。
「ツバサ、ねえ」ハルカは泣いていました。「そんなふうに見ないで、私を責めないで、私は悪くない。髪は切って、売ってしまったの。プレゼントなしでクリスマスを過ごすなんてできないから。また伸びるもの、怒らないよね? それしかなかったの。私の髪はすごく早く伸びるし、なんならウィッグっていう手もあるし。『メリークリスマス』って言って。ツバサ、楽しく過ごそう? まだツバサは、私のプレゼントが、どんなに素敵なものか、どんなにきれいで、素敵なものか、分からないでしょう?」
「髪を、切っちゃったの?」ツバサはぎこちなく聞きました。一生懸命考えても、この明らかな事実を飲み込めないようでした。
「切って、売ったの」ハルカは言いました。「でも、前と同じように、私のこと好きでいて。髪がなくても、私は私でしょう?」
ツバサは何か探すように部屋を見回しました。
「髪がもう無いって言うの?」ツバサは、間の抜けた口調で言いました。
「探さなくてもいいの」ハルカは言いました。「売っちゃったの。本当なの。売ったから、なくなったの。ねえ、クリスマス・イブだよ。許して、ツバサのためだよ。私は悪くない、だってお金がな買ったんだもん」ハルカは急に、真面目な優しい声になって続けました。「でも私からツバサへの愛の深さは、誰にも測れない。ツバサ、ケンタッキーのパーティーバーレルをレンジでチンしてもいい?」
ぼうっとしていたツバサは、すぐにハッとして、愛するハルカを抱きしめました。
ツバサはコートのポケットから包みを取り出して、テーブルの上に置きました。
「ハルカ、勘違いしないで。」ツバサは言いました。「髪形を変えたとか、二重にしたとか、ホットヨガに通ったとか、そんなことでハルカを嫌いになんかならない。ただ、その包みを開ければ、ぼくがどうしてさっきあんなに戸惑ったのか、ハルカにも分かるよ」
白い指がもどかしげに、ひもを切って包装紙を開きました。そして喜びの叫びが上がり、次の瞬間には、ぎゃあ! その喜びはすぐに、ヒステリックな嘆きと涙へと変わったのです。ツバサは、あらゆる方法でハルカを慰めなければいけなくなりました。
包みの中身は、シャネルのヘアピンでした。「CHANEL」と刻印されたシルバーのもので、ハルカはそれを銀座店のショーウィンドウで見てからずっと憧れていたのです。シンプルながらも上品で、売ってしまった美しい髪をとめるにはぴったりの色合いでした。
高価なものだと知っていましたから、ハルカは今まで、自分のものにしたいなどとは思いもせず、ただただヤフオクなどで見るなどして憧れていたのです。それが今、彼女のものになりました。でも、憧れのシャネルのヘアピンが輝くはずのふさふさとした髪は、もう無いのでした。
しかし、ハルカはそのシャネルのヘアピンを抱きしめました。そしてようやく、うるんだ眼を上げて、微笑みながら言いました。「ツバサ、私の髪は、すごく早く伸びるの!」
それからハルカは、やけどした猫のように飛び上がって叫びました。「ぐぬはっ!」
ツバサはまだ、ハルカからの美しいプレゼントを見ていないのです。ハルカは手を広げて、ツバサにそれを差し出しました。ステンレススチールの鈍い光は、熱心に輝くハルカの魂を反射してきらめいているようでした。
「素敵でしょう、ツバサ? アップルストアで見つけたの。1日に何十回も iPhone をポケットから取り出す必要がなくなるわ。iPhone とペアリングしてみてよ。どんなふうにブルブルするのか見たいから」
ツバサはそれには従わず、無印良品の体にフィットするソファに腰を下ろして、頭の後ろに両手を回しながら微笑みました。
「ねえ、ハルカ」彼は言います。「クリスマス・プレゼントは、箱にしまっておこうよ。あとで開封の儀の写真を撮ってブログにアップしたいから。iPhone は売っちゃったんだ、シャネルのヘアピンを買うためにね。さあ、チキンをレンジでチンして」
ここまで私は、アパート暮らしの愚かな子羊たちの平凡な物語を、つたないながらご紹介してきました。二人は浅はかにも、家にあった最高の宝物を、それぞれ失ってしまった上に、身の丈を超えた無駄な出費をしてしまったのです。
しかし、現代の賢者である皆さんに、最後にこう言わせてください。贈り物をするあらゆる人たちの中で、この2人は、もっとも賢い2人なのです。贈り物をあげたりもらったりする皆さん! この2人のような人間こそが、もっとも立派な人たちなのです。世界中のどこでだって同じです。彼らは、賢者なのです。
この夜、2人はこのあと滅茶苦茶セックスしたそうです。
いかがだったでしょうか。感動したら、是非、シェアしてみてください。
言うまでもないと思いますが、本エピソードはオー・ヘンリーの『賢者の贈り物(The Gift of the Magi)』がネタ元です。
- 作者: O・ヘンリー
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2012/02/10
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改変元の翻訳は、「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」で提供されている石波杏様によるものを利用させていただきました。