東大は多くのマネージャーを輩出してきたが… 変化の時代に求められるリーダーの素養とは何か
市場規模の拡大、資本市場規模の拡大、ITの台頭。30年前と比べて今の経済はまるで別物のように変化しています。経営コンサルタントとして経済と組織を30年間見てきたグローバルビジネス研究者・実業家の平野正雄氏は、この「変化」に対する企業の対応に違和感を覚えます。経済は大きく変化しているにも関わらず、企業は変化しない。では、なぜ企業は変化できないのでしょうか? そして変化するためにはどのようなことが大切なのでしょうか? これからの経済に対応するために必要な人材と、その要素「リーダー」「リーダーシップ」について平野氏が語ります。
- 参照動画
- 平野 正雄 | TEDxUTokyo
- スピーカー
- グローバルビジネス研究者/実業家 平野正雄氏
経営コンサルタントを30年やって感じた「経済の変化」と「組織の無変化」
平野正雄氏:わたしは、約30年にわたって、経営コンサルタント、あるいは企業アドバイザーの仕事をしてきました。30年ということですから、ちょうど最初の15年は20世紀、後半の15年は、まさに21世紀ということになりますども、今日話したいテーマ、重要なことは、この20世紀の後半、そして21世紀の前半にかけて大きな変化についてです。
その変化に対して、特に私の専門は企業ですが、企業の組織、あるいは個人というのは、なぜ簡単に対応することができないのか? なぜ変化はむずかしいのか? ということで、チェンジ(CHANGE)、「変化」をテーマに、少しお話しをしたいと思います。
最初に、今起きた世界の経済構造、あるいは社会の構造、結果として企業の経営環境はどう変化したのか? 何が変化したのか? ということを少しお話ししたいと思います。
企業のあり方を変える3つの「変化」とは
3つ書いてあります。1個目、グローバライゼーション(Globalization)。2個目、マーケタイゼーション(Marketization)。3個目、デジタライゼーション(Digitalization)。重要なことは、この後ご説明しますけれども、この3つの大きな変化というのが、同時並行的に、ほぼ20世紀の最後、つまり85年以降起きたということです。
これが複合し、合わさったことによって、非常に巨大な変化図が、今進行しているということです。
まず1点目のグローバライゼーションですけれども、象徴的には、これは1989年の、たしか11月9日に「ベルリンの壁の崩壊」がありました。その結果、戦後長く日本を含む日米先進国5億人の経済倶楽部、この安定した先進国経済というのが、まさにグローバル経済のほとんどすべてだったわけです。
そこに一気に20億、そして40億という新たな市場が加わった。その市場というのは均一な市場ではなく、非常に変化の激しいダイナミックな市場が誕生した。また新たな競合プレイヤーも台頭した。当然、企業の戦略、企業の組織というのも劇的な変化を要求されたわけです。
2番目のマーケタイゼーションというのは、要は資本市場の拡大です。これも急膨張しました。いまや1日の為替取引額というのは、多いときには5兆ドル、すなわち600兆円です。日本が1年間に活動した成果としてのGDPを超える数字が、1日で取引されている。ここまで市場が巨大化したということです。
かつて金融というのは、経済、あるいは実体経済を支える血流であるとか、インフラの役割だったわけです。ところが、いまや金融経済が変動すると実体経済が振り回される。すなわち、犬でいえばしっぽが胴体を振り回すような状況になってしまった。経営という観点から行けば、結局金融の危機が実体経済の危機に波及する。
われわれは最近「リーマンショック」を経験したばかりですが、そうするとこれだけ変動や危機が頻発する経済、あるいは市場にどう対応するかというのが大きなテーマになってきます。
それから市場という意味においては、特に企業にとってみると、ここ10年、15年で株式市場の影響が非常に高まった。つまり株主価値経営というのが浸透してきたということです。
わたしが駆け出しのコンサルタントだった頃、80年の後半とか90年、株価を気にしているとか、株主価値経営を標榜しているような経営者はほとんどいませんでした。今「株主なんか関係ない」という発言を、上場企業のトップがしたら、大変なペナルティをマーケットから受けます。ということで、この株主価値経営というのが浸透してきたのも、この10年、15年です。
そして、もうひとつ資本市場のインパクトで大きいのは、結局市場において企業の値段が付く、事業の値段が付く、その結果、M&A、事業や企業の売買が盛んに活発になったわけです。これもかつては、少なくとも日本においては非常套的な手段であったものが、今日これは常套手段であり、これを否定する経営者もいなくなった。
当然、それは企業の経営のやり方、そして経営能力においても、新たなチャレンジを突きつけたことも、言うまでもありません。
そして3つ目がデジタライゼーションで、これは説明する必要もないと思います。例えば、パソコンが生まれたのは80年代の半ば。マッキントッシュがでたのが84年。マイクロソフトがウィンドウズを出したのが85年、90年代になるとインターネットが台頭してきます。ネットスケープが生まれたのが95年。グーグルが誕生したのは1998年。
そして2000年以降、IMT2000と言われるくらいですから3Gのネットワーク、ワイヤレスの世界が入ってきたのは2000年以降。そして、ソーシャルということで、フェイスブックが創業したのが2004年。85年から今日まで、この圧縮された期間の中においてデジタライゼーション、インターネットや、それからITの技術の革新というのは劇的に進んだわけです。
企業が「経済の変化」に対し「無変化」のまま衰退してしまう3つの理由
これも言うまでもなく、企業経営のあり方や企業の組織のあり方、ビジネスモデルの大きな変革を迫ったわけです。これだけ環境が変わったわけですから、企業も、私たち個人も変化をしなければいけないのですけれども、実際にはなかなか変革することが難しい。企業の場合、組織の場合、変革できずに競争力を失っていく、こういうケースも多いわけです。
なぜ組織の変革が難しいのか? まず1点目、ブレインストップ(Brain Stop)。「思考停止」。つまり変化を築くことがない。あるいは、場合によっては変化を無視してしまう。こういうことが特に組織においては起きえます。典型的なパターンを言うと、成功体験。これは誰しもそうですが、成功すれば、その成功を守りたくなる。
企業においてもそうです。成功している事業があれば、それにチャレンジしてくるもの、それに挑戦してくるものというのは、できれば排除したいし、だから過小評価することもよくあります。例えば、思い出すのは80年代、日本の自動車会社のトップは、韓国の自動車産業が日本の自動車産業にキャッチアップすることは無いだろうと言っていました。
あるいは90年代に、通信会社のトップが、インターネットが実用に至るということは無いだろうと発言していました。このように、やはり過小評価をする傾向というのはあるわけです。ここに組織が関与すると問題が深刻化します。例えば、当然成功している事業のトップというのは、その会社の中で取り立てられて全社のトップ、影響力のあるポジションにつくわけです。
そうすると、その人の価値観、成功体験というのが組織を支配するようになる。それがもしサラリーマン型の組織、官僚型の組織だとすると、誰もその人、上位者にチャレンジする人がいない。チャレンジしても報われないから。そうすると、実は外で変化に気が付いていたとしても、それは意思決定者には届かない。結局組織的に内向きになり、思考停止になってくる。こういう状況、こういうことに、わたしは多く遭遇しました。
1個目は気づかないブレインストップ、2個目がパスディペンデンス(Path Dependence)と書いてありますけれども、直訳をすれば「経路依存性」。これは人も組織も同じですけれども、自分が学んだこと、身に着けた知識、技術で問題を解決する、当然そういうことになるわけです。ところが企業の場合は、それが問題になることです。
こういうことわざがあります。「あなたの持っている道具が金槌だとすると、全ての問題は釘に見える。」すなわち、メカトロに長けていれば、やっぱりメカトロで解決しようとする。ハードに長けていればハードの技術で解決しようとする。
ところが、例えば、アップルがアイチューンとアイポッドで新しい音楽のサービスの提供に出てきたときに、そうしたメカトロやハードに長けた日本の電気メーカーというのは、ほとんど対応することができなかった。
これはパスディペンデンス、要はスキルの欠落。変化に気づいてもできないという、こういう問題に遭遇するわけです。
3番目に書いてあるのは、コンプレクシティー(Complexity)。言ってみれば「しがらみ」です。特に成功している事業であればあるほど、そこにおいては利益共同体的な性格を負います。それは川上のサプライヤーから川下の流通、販売まで含めて利益共同体になってくる。そうすると自社が大きくビジネスモデルを展開したい。
でもそれは川上や川下の人たちにとってみると、収益を失ってしまうということになるかもしれない。当然、抵抗する。あるいはこちら側も配慮をする。結果的に調整コスト、調整の時間が膨大になって、変化ができない。
気づいてスキルがあったとしても、変化に手間取る。こういうことになります。業務も同様で、成功している業務であればあるほど、そこにおいては作りこまれたプロセスがある。そこに新しい技術が出てきたとしても、その技術を自分だけが取り入れた場合、全体最適が崩れてしまう。これがコンプレクシティーのわななのです。
変わり方はわかっていても、実際には変われない組織
こうした、ブレインストップ、パスディペンデンス、コンプレクシティーというのは、どの組織でも起こりうるわけで、変化に気がつかない、(気が)ついたとしてもその能力が無い、能力があったとしても変われない、いろんなわながいろいろあるということです。じゃあ、どうすればいいのかということなのですけど、いわゆるコインの裏返し…。
簡単な答えを言えば、ブレインストップを排除するためには、常に考える組織を作ればいい。具体的にはよく言われる、開かれた組織、オープンな組織、ソフトの交流がある組織。そしてより重要なことは、社内の体質として、チャレンジする、そうした体質というのを社内に作っていくと…。
アップルの企業体質を説明するときに“Best idea should win.”「誰が言ったのか?」「上位者が言ったのか?」ということではなくて、一番いいアイデアを出した人、そのアイデアをとっていく体質を作った、それがアップルの強さだとジョブスは言っています。こうした組織を作れるか? こうした風土を作れるか? それが大きなテーマになります。
それからパスディペンデンスを克服するためには、文字通り新しいスキルを学習すればいい。あるいは、古いスキルをアンラーニングすればいい。しかし、これは実際にはなかなか難しい。経営という立場で言えば、人を入れ替える、事業を入れ替える、こういうことをすることになるのですけれども、大変に厳しい判断が求められる。
それからコンプレクシティー。しがらみを突破するというのは、これはもう、そうした利害関係者というものも巻き込んで、強い意志を持って改革を進めていくしかないわけです。
必要なのは変革を示し、そして変革を進めていく「リーダー」、「リーダーシップ」
じゃあ、これは誰がやるのか? ということになれば、言うまでもなくリーダーシップ、リーダーの仕事ということになるわけです。変革を示し、そして変革を進めていくのはリーダーの仕事になるわけですが、今日、リーダーシップくらい希少な資源は無い。求められる資源は無い。人材は無い。
それはもう企業の現場においても、教育の現場においてもリーダー育成というのが最大のテーマになっている。なぜか? それは変革の時代だからです。
じゃあ、リーダーシップやリーダーの対語は何か? あえて言えばマネージャー、マネージメント、ということになります。ここで言うマネージャーというのは、決められた枠組みの中において、きちんと成果を出す、大変に重要な役割です。
ただ、今申し上げたように、変化の時代においては、この枠組みを壊していく、こういう力が必要であって、それはマネージャーの仕事ではなく、リーダーの仕事になるということです。
今日はTedxUTOKYOということで東大に来ています。東京大学というのは、紛れも無く、あらゆる指標をとっても、日本のリーディングユニバーシティーであることは間違いないですし、アジアのリーディングユニバーシティーであり、世界有数のリーディングユニバーシティーです。
じゃあリーディングユニバーシティーの東京大学がリーダーを生んでいるのか? アカデミアの分野ではどうか? 至近な例で言えば、ノーベル賞、プレゼンス東京大学、強いのか? あるいはビジネスの分野で言ったら、ビジネスアントレプレナー、ビジネスリーダー、プレゼンスは高いのか? 必ずしもそうではないということだと思います。
考えてみれば、東京大学は、優秀なマネージャーをたくさん育成してくるということにおいては、非常に大きな貢献をしたわけです。ただ、今突きつけられているのは、申し上げたように、不足しているのは、マネージャーではなくて、リーダーです。成功している企業、大きくなっている企業には、大量のマネージャーがいます。
だけど、わずかなリーダーしかいない。いかにリーダーを育成するかということが求められているということです。ただ、リーダーというのは、当然、個人です。ですから、最後は個人の問題ということです。リーダーの、あるいはリーダーシップ、こうしたものの資質があるとか、要件というのは、いろいろ書かれていると思います。
ビジョナリーである、コミュニケーションのスキルが高い、カリスマ性がある……、いろいろあると思います。その中で、もしひとつ、最も大事なリーダーの資質をという風に問われれば、これは決断をする力だと思います。
決断というのは、文字通り、決めて断つ! こういう能力がリーダーに求められるのだと思います。ところが、変革をするということは、当然、リスクを伴うわけです。今うまくいっている事業を破壊するということになるかもしれない。そういう意味においては、決めて断つために必要なものは何か?
最後に、皆さんへのメッセージとして申し上げたいのは、カレッジ(Courage)、勇気だということです。皆さんの健闘を祈ります。
(会場拍手)