ホラクラシー実践のヒントは銀座久兵衛、そしてプロ野球トライアウトにあり【2015年前半のインプットlog-倉貫義人】
2015/08/20公開
株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長 CEO
倉貫 義人氏
大学院修了後、東洋情報システム(現・TIS)入社。基盤技術センターの立ち上げや社内SNSの開発と社内展開、オープンソース化などに携わる。2009年、社内ベンチャー「SonicGarden」を立ち上げ、11年にMBOを行ってソニックガーデンを創業。クラウド&アジャイル環境を駆使した「納品のない受託開発」で業界内外から注目を集める
創業以来追求する「管理しない経営」とは?
「納品のない受託開発」という月額定額のユニークなビジネスモデルを展開していることで知られるソニックガーデン。その働き方も受託開発会社としては独特なもので、20人いる社員エンジニアの過半数は、日本各地からのリモートで担当案件の開発にあたっている。

ソニックガーデンが無償で公開しているリモートワークのためのコミュニケーションツール『Remotty』
リモートでのコミュニケーションを最適化するソフトウエア『Remotty』を自社開発し、今年5月に無料で公開したことも記憶に新しい。しかし、同社代表取締役社長の倉貫義人氏は、「リモートワークは、創業以来追求してきた組織のあり方の結果としてあるのであって、本質ではない」と話す。
同社が一貫して追い求めているのは、「管理しない経営」だという。
もともとエンジニアだった倉貫氏には、「エンジニアに対しては、どのPCを使えとか、どこで働けとか、いろいろと管理しない方が生産性が上がるのではないか」という仮説があった。そこで、採用と育成に力を入れ、自発的に仕事に取り組める集団としてソニックガーデンを立ち上げた。
創業以来この経営スタイルはうまくいっていたが、社員が増えるにつれて、新たな問題も生じてきたという。
「人が増えると、全員が一緒に仕事をする機会が減ります。人は仕事を通じて信頼関係を築く側面がありますから、特に離れた場所で仕事をする人同士をどう結びつけるかは、大きな課題でした」
こうした文脈で作られたのが、冒頭で紹介した『Remotty』だったというわけだ。
ソニックガーデンは現在、これまで通り管理者を置かないフラットな組織体制のまま、スケールすることに挑戦している。これは、Airbnbなどが取り入れていることでにわかに注目を集めている新しい組織のカタチ「ホラクラシー」そのものであると言えるだろう。
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「ホラクラシー」という言葉がまだなかったころから、その理念を実践してきた倉貫氏は、どのようにして必要な知識を身に付けてきたのだろうか。その情報ソースについて話を聞いた。
倉貫氏が参考にした情報ソース
【1】管理しない経営。その考え方を知る
■ゲイリー・ハメル『経営の未来』
■野中郁次郎、勝見明『全員経営―自律分散イノベーション企業 成功の本質』
管理者を置かないフラットな体制で、顧客に継続的に価値を提供するためには、社員一人一人が自分自身を管理できる人である必要があります。
全員が主体的に動く組織、管理しない経営ということについて、事例を含めて紹介してくれているのが、上に挙げた2冊です。
ノウハウとしてというより、考え方として非常に参考になるかと思います。
【2】セルフマネジメントできる人材をどう採用し、どう育成するか
管理者を置かないフラットな体制を成り立たせるためには、採用と育成が、何より重要になります。
採用と育成をどう考えるかという点で参考にしているのは、同じIT業界の企業ではなく、寿司業界のトップ、銀座久兵衛の採用ページです。
なぜなら、僕らがやろうとしているのは「職人の仕事」だからです。
プログラムを作る仕事ではありますが、それだけではダメ。お客さんと打ち合わせをして、あぶり出された問題をプログラムで解決するのが僕らの仕事です。
そこにマニュアルはありません。その人ごと、お客さんごとに仕事のやり方は変わります。それを自分で考えてできるようにならなくてはならない。
銀座久兵衛の掲げる採用・育成方針には、業界の枠を超えて通じるヒントが多いという
一方で、力量さえ身に付けば一生の仕事になります。その「道を究める感じ」が寿司職人と似ているのではないかと考えたのです。だから僕らはエンジニアとして一人前になり、お客さんとの打ち合わせの場に臨めるようになることを、「カウンターに立てる」と呼んでいます。
銀座久兵衛の採用ページ、育成方針には、我々が共感することがたくさん書いてあります。
「板前になるには美味しい寿司を握る技術とコミュニケーションの両方が必要だ」と言っていますし、彼らの仕事は「寿司を握ること」ではなく、「世界中に寿司文化、日本文化を広めること」だとも言っています。寿司をプログラミングに置き換えれば、そっくりそのまま僕らが目指すところと言えるでしょう。
しかも、久兵衛では育成にも非常に時間を掛けていて、3年でようやく見習いになれると言います。僕らの仕事も、本来はそれくらい時間を掛けて育てるべきものではないでしょうか。
そこで弊社では、「カウンターに立てる」ようになるまでに、中途採用で1年、新卒だと3年以上をかけて修業をさせています。
実際の採用の仕組みとしては、プロ野球やJリーグのトライアウト制度を参考にして、今年から『tryout』というシステムを開発・導入しました。技術と人間性の両面を測れるeラーニングのようなシステムで、入社を希望する方にはまずこれを受けてもらい、両方クリアした方のみと面接を行います。
ソニックガーデンが採用面接の前に課している『tryout』
履歴書や職歴は一切見ません。その人に実力があるかどうか、人としてちゃんとしているかどうかを見極めるための仕組みです。問題数は公開していませんし、作文を求める箇所が多いので、冷やかしではクリアできないようになっています。
なぜシステムやツールを自作するのか。2つの理由
日報管理もシステム化。こうした社内ツールを自作するのには2つの理由があるという
ソニックガーデンでは、一般的な企業が社規や制度、ルールにするところを、コードに落とすよう心掛けているのだという。リモートワーク支援のための『Remotty』、採用システム『tryout』、その他多くのツールを自作しているのは、その表れだ。今春からは新たに日報管理もシステム化した。
コミュニケーションツールであれば『Slack』や『HipChat』、日報であれば『gamba!』といった既存のサービスが多数ある中、ソニックガーデンがあくまで自作にこだわるのはなぜか。
倉貫氏によれば、その理由は2つある。
「1つは、ツールに合わせて自分たちのやり方を変えるとなると、そもそも何のために日報をつけるのかという本質から離れてしまいかねないからです。『理由はよく分からないけれど、ルールだからとりあえずやる』では意味がありません」
その点、自分たちでツールを作るとなれば、何のためにやるのかを必ず考えるだろうし、現実的な運用とかけ離れたものになることもない。
「もう1つの理由は、修業中の人の『まかない』として位置付けているからです。修業中の人は『カウンターに立つ』ことができないので、別に技術を磨く場が必要になります。修業中の人は社内システムの開発を通じて『寿司の握り方』をマスターするのです」
こうしたシステムは、実際に運用しながら、徐々に自分たちにとって意義のあるものとなるように開発を進めていく。最初にシステムがあって、トップダウンで「やれ」と命令するわけではないから、その輪は「何か面白そうだから」、「便利そうだから」といった理由で自然発生的に広がっていく。
そこでは社長である倉貫氏もまた、横一線。「管理しない経営」は、こうしたところにまで徹底されている。
取材・文/鈴木陸夫(編集部)
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