「妖怪ウォッチ」の余韻と戦国物以外は軟調…少年・男性向けコミック誌部数動向(2015年4月-6月)

2015/08/10 11:37

デジタル媒体で漫画や文章を読む機会が多数設けられるようになったことで、人々の読書欲はむしろ上昇の一途にあるとの解釈もなされている。一方で紙媒体を用いた本は相対的な立ち位置の揺らぎを覚え、多分野でビジネスモデルの再定義を迫られる事態に陥っている。主に子供向けとして提供されているコミック誌業界においては、さらに子供の娯楽や価値観の変化も加わり、ビジネス的に厳しい立場に追い込まれ、よりリスクが低く新市場のように見えるウェブベースでの展開に移行する雑誌が相次いでいる。社団法人日本雑誌協会では2015年8月5日付で、四半期毎に更新・公開している印刷部数に関して、公開データベース上の値に最新値の2015年4月から6月分の値を反映させた。そこで今回は各雑誌が一般に、あるいは営業の中で提示する値よりもはるかに実態に近い、この公開された「印刷証明付き部数」を基に、「少年・男性向けコミック誌」の動向を複数の切り口からグラフ化を行い、現状を精査していくことにする。

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直近四半期の動向…妖怪の余韻が残る少年誌


データの取得場所の解説、「印刷証明付部数」など各種文中の用語の解説、諸般注意事項、同一カテゴリの過去の記事は一連の記事の解説ページ【定期更新記事:雑誌印刷証明付部数動向(日本雑誌協会)】で説明・収録済み。詳細はそちらで確認のこと。

まずは少年向けコミック誌。「週刊少年ジャンプ」が群を抜いている状況は前四半期から変わらず。今記事におけるもう一つの対象ジャンル「男性コミック誌」と合わせても、唯一のダブルミリオンセラー(200万部超)誌として君臨中。次いでやや年上の少年向け雑誌「週刊少年マガジン」、さらには小学生までの低年齢層向け(主に男子向け)雑誌「コロコロコミック」。前四半期までは2四半期連続して100万部を超え、ミリオンセラー誌が3誌状態だった今分野は、今回「コロコロコミック」が100万部割れをおこしたことで再び2誌状態に逆戻りすることになった。もっとも体制的に、この3誌が他誌から群を抜いた実績状態にあることに違いは無い。

↑ 2015年1-3月期と最新データ(2015年4-6月期)による少年向けコミック誌の印刷実績
↑ 2015年1-3月期と最新データ(2015年4-6月期)による少年向けコミック誌の印刷実績

直近データで確認すると「ジャンプ」の印刷部数は239万5000部。雑誌では返本や在庫本なども存在するので、それを勘案すると最終消費者の手に渡る冊数は、これよりも少なくなる。雑誌の種類やジャンルによって返本率は大きな変動があるが、暫定値として1割から2割と試算すると、200万部プラスα程度。ここ数年で電車の乗客を見渡した時に、コミック雑誌を手に持って読んでいる人が随分と減ったこと、また電車の棚や駅ホームのゴミ箱などでも見受けられなくなったことを思い返せば、毎週全国で200万人以上もの人が購入し目を通している状況は奇跡に近い。もっとも同誌はピーク時となる1995年では635万部の値を出していた記録を目にするに、その4割足らずにまで落ちてしまった現状は、時代の流れを感じさせる。

今回は脱落・追加雑誌は無し。コンビニなどでも良く見かけるメジャーどころの週刊コミック誌で、数か月前に速報の形で40万部割れが各報道で伝えられた週刊少年サンデーの部数は、38万8417部。容易に取得可能な最古のデータとなる2008年の4月から6月期における86万6667部からは45%程度にまで部数を減らしている。

↑ 雑誌印刷実績推移(週刊少年サンデー)(部)
↑ 雑誌印刷実績推移(週刊少年サンデー)(部)

グラフの形状からも分かる通り、何度か大胆な改革により部数持ち直しの機運も見られたが、全体的な流れに逆らうまでには至っていない。ここ一年ばかりの間は減少度合いが大人しくなってきたか、という程度で減少そのものは継続中。

続いて男性向けコミック誌。

↑ 2014年10-12月期と最新データ(2015年1-3月期)による男性向けコミック誌の印刷実績
↑ 2014年10-12月期と最新データ(2015年1-3月期)による男性向けコミック誌の印刷実績

男性向けコミックは少年向けと比べると印刷部数の規模が小さく、また飛びぬけた値を示す雑誌が無いため、上位陣では比較的きれいな部数の差異が見受けられる。またトップから第3位まで、第4位と第5位、第6位から第8位までの差異が小さく、競馬や競輪、F1レースの周回時におけるグループ的なものができているのも興味深い。

男性向けコミック誌でも追加・休廃刊やデータ提供休止に伴う脱落は無し。また詳しくは次以降の項目で触れるが、軟調な状況はこれまで同様なものの、一部種類の雑誌、具体的には「コミック乱」シリーズでの健闘ぶりが目に留まる。

前四半期比較で動向精査…少年向けコミック誌はプラス無し


続いて公開データを基に各誌の前・今四半期間の販売数変移を独自に算出し、状況の精査を行う。雑誌は季節でセールスの影響を受けやすいため、四半期の差異による精査は、雑誌そのものの勢いとはズレが生じる可能性がある。一方でシンプルに直近の変化を見るのには、この単純四半期推移を見るのが一番。

なおデータが雑誌社側の事情や休刊などで非開示になった雑誌、今回はじめてデータが公開された雑誌は、このグラフには登場しない。幸いにも今回はそのような雑誌は無い。

まずは少年向けコミック誌。

↑ 雑誌印刷実績変化率(少年向けコミック誌)(2015年4-6月期、前期比)
↑ 雑誌印刷実績変化率(少年向けコミック誌)(2015年4-6月期、前期比)

横軸の仕切り分けから分かる通り、今四半期では前四半期比でプラスとなった雑誌は皆無。「別冊少年マガジン」はプラスマイナスゼロ。前四半期では大きく伸びた「ウルトラジャンプ」(恐らくは付録「イギー オリジナルストラップ」が影響したのだろう)も反動の形で失速してしまっている。

誤差範囲内とも判断できる5%内の下げた雑誌は9誌、それ以上の下げ幅を見せたのは5誌。「コロコロコミック」「コロコロイチバン!」「別冊コロコロコミックスペシャル」の大きな下げ方は、ここ数四半期ほど続いていた「妖怪ウォッチ」特需が終焉を迎えた香りを覚えさせる。まるでかつての「進撃の巨人」絡みの状況のようですらある。

↑ 雑誌印刷実績変移(コロコロコミック)(部)
↑ 雑誌印刷実績変移(コロコロコミック)(部)

とはいえ特需で得たアドバンテージはまだまだ十分に残っている。「妖怪ウォッチ3」の発売までの状況変化に合わせ、どのような動きを見せるかが気になるところ。あるいはそれ以外の新たなけん引役となる、機関車的コンテンツを見出すことができるだろうか。

またその「進撃の巨人」の特需でかつて部数を伸ばした「月刊シリウス」の下げ幅も大きい。特需で背伸びをした雑誌はその後、特需以前よりも失速状況を加速する傾向があるのだが、同誌もまたそのパターンに至ってしまう可能性は否定できない。もっとも下げ方はスピード感を落としているため、もうそろそろ安定期に移行する、はずだ。

↑ 雑誌印刷実績変移(月刊少年シリウス)(部)
↑ 雑誌印刷実績変移(月刊少年シリウス)(部)

続いて男性向けコミック。

↑ 雑誌印刷実績変化率(男性向けコミック)(2015年4-6月期、前期比)
↑ 雑誌印刷実績変化率(男性向けコミック)(2015年4-6月期、前期比)

歴史ものの「コミック乱」三兄弟と表現できる「コミック乱ツインズ」「コミック乱ツインズ戦国武将列伝」「コミック乱」が揃って前四半期比でプラス。これは前四半期から継続している傾向で、特に今四半期では「コミック乱ツインズ戦国武将列伝」が誤差範囲を超えた伸びを示している。男性向けコミック誌は全般的に軟調な状況に陥っている中で、この伸び方は評価に値する。

前四半期比でマイナスを計上した雑誌は、今四半期に限ればすべて誤差範囲の5%以内。足踏み、やや後ろ向き的な状況だろう。

前年同期比で検証…年ベースでは「妖怪」特需の余韻あり


続いて季節変動を考慮しなくて済む、前年同期比を算出してグラフ化する。今回は2015年4-6月分に関する検証であることから、その1年前にあたる2014年4-6月分の数字との比較となる。年ベースと少々間が開いた期間の比較となるが、雑誌の印刷実績で季節変動を除外し、より厳密に知ることができる。数十年もの歴史を誇る雑誌もある中で、わずか1年で数十パーセントもの下げ幅を示す雑誌も見受けられるが、それだけ雑誌業界は大きく動いていることを再確認させられる。

まずは少年向けコミック誌。

↑ 雑誌印刷実績変化率(少年向けコミック誌)(2015年4-6月期、前年同期比)
↑ 雑誌印刷実績変化率(少年向けコミック誌)(2015年4-6月期、前年同期比)

「妖怪ウォッチ」の特需効果をコロコロ3誌のうち、「コロコロコミック」と「別冊コロコロコミックスペシャル」が大きなプラス、「コロコロイチバン!」も比較的穏やかなマイナス領域に留まっている。上記で触れている通り「妖怪ウォッチ」による販促効果はすでに収まりつつあるが、年ベースではなお一部だが影響を数字の上に表している。他方「月刊少年シリウス」「別冊少年マガジン」は共に「進撃の巨人」関連の反動。これは前四半期からの継続で、年間3割から4割減はかなりきつい状態。

それら特定作品による特需やその反動を除くと「少年サンデーS」「サンデージェネックス」「週刊少年サンデー」の下げ幅が目立つ(「ウルトラジャンプ」は上記の通り、付録特需の反動が考えられる)。発売日などから対比する形で店舗に並び評される「週刊少年マガジン」と比べ、下げ率はより大きい。子供向け内容の多い「週刊少年サンデー」の方が失速度も大きいのは、雑誌業界全体の需要を示す一つのシグナルといえる。

↑ 雑誌印刷実績変化率(週刊少年サンデー/週刊少年マガジン)(部)
↑ 雑誌印刷実績変化率(週刊少年サンデー/週刊少年マガジン)(部)

続いて男性向けコミック。

↑ 雑誌印刷実績変化率(男性向けコミック誌)(2015年4-6月期、前年同期比)
↑ 雑誌印刷実績変化率(男性向けコミック誌)(2015年4-6月期、前年同期比)

前四半期比では順調だった「コミック乱」シリーズだが、前年同期比では「コミック乱ツインズ戦国武将列伝」のみがプラスでそれ以外はマイナス。こちらのグラフでもプラスに転じれば、本格的な復調が確認できるのだが。

誤差範囲を超えた5%超の下げ幅を示した雑誌は10誌。前四半期の11誌からは少なくなっているが、全体的な軟調さの雰囲気は変わるところが無い。

なお「月刊!スピリッツ」はプラスマイナスゼロで奮闘しているように見えるが、これは元々部数が1万部のため、ギリギリのボーダーライン上にあるものと考えられる。同誌は印刷実績の公開を始めた2013年第4四半期以降ずっとこの値が維持されているため、部数動向はあまり関係が無く、実験的な意味合いの強い雑誌のなのかもしれない。元々の立ち位置が週刊ビックコミックスピリッツの増刊号であることを考えれば、その仮説もあながち無理な話では無い。



記事タイトルや本文の複数か所で触れている通り、またゲームタイトルそのものや周辺アイテムの現状からも分かる通り、昨年一部の雑誌業界に旋風を巻き起こした「妖怪ウォッチ」の特需効果はほぼ勢いを止め、今はその余韻を楽しみながらいかに獲得したアドバンテージを活かし、今後の状況変化に備える、あるいは新たなけん引コンテンツを探すかの課題が突きつけられている状況にある。

一方、大きなテーマは見当たらないものの、しばらく前に手堅い動きを示していた「コミック乱」シリーズが復調の兆しを見せているのも興味深い。流行り廃りが起きにくい、堅い定番コンテンツの強みだろう。男子・少年コミックスの分野ではそのような「鉱脈」を見出すのは難しいが、試掘は常に、そして積極的に行われるべきである。

昨今ではこれまで以上に電子書籍、ウェブ漫画が浸透し始め、小規模書店の閉店、コンビニでのコミック誌のシュリンク化・棚からの撤去が続き、紙媒体を手に取る機会が減少している。漫画を提供し、市場を支えていくための仕組みも方法論が増え、領域が広がり、これまでとは異なる発想が求められつつある。これまでは馬車でしか行き来できなかった場所への輸送ビジネスが、バスや電車、飛行機などが登場し、馬車業界において顧客が奪われているような状況とも表現できる。

便宜性、利点を思い返せば、紙媒体による雑誌そのものが無くなることはありえない。しかし今後さらにビジネスの上では過酷な状況が待ち受けている。これから紙媒体の市場が広がり、売上がアップするような未来は想像しがたい。その厳しい実情の中で理性を失わず、コンテンツを提供する自らの立場を誇りとし、環境の変化に合った施策を取るかに、各雑誌社、雑誌編集部局の実力と本質が現れるのではないだろうか。


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