日本の実力:食料を自給できるか(漁業編) 衰退する魚食大国――資源管理が課題
2015年08月06日
◇魚食の普及と拡大する世界の水産物消費
2013年、「和食」が自然を尊ぶ日本の伝統的な食文化としてユネスコの無形文化遺産に登録された。和食を支えてきたのが魚食文化である。鮮魚から乾物、発酵物にいたるまで、日本人は昔から魚介類をさまざまに活用してきた。
とはいえ、日本の家庭で魚が日常的に食卓にのぼり始めたのは1950年代からだ。農林水産省が1976年に発表した「食糧需要に関する基礎統計」によると、明治末から大正初期(1911〜15年)にかけて、日本人は魚介類を1年間1人当たり3.3キロしか食べていなかった。正月や祝い事など“ハレ”の日にしか食べなかったのであろう。その後、国力の向上により昭和初期には15キロに増加し、第2次世界大戦中は10キロ前後に低下した。
戦後は、政府が食糧危機対策として漁業振興に力を注いだことと、1950年代後半から「三種の神器」の一つとして電気冷蔵庫が普及したことから、新鮮な魚が漁村でなくても食べられるようになった。これにともない魚の消費量が上昇し、1960年代には年間1人当たり25〜30キロになり、1970年代以降は30キロ台で推移、2001年には、戦後のピークとなる40.2キロを記録した(この年、日本ではBSE騒動によって肉から魚へのシフトが起きた)。その後は消費者の魚離れもあって、徐々に消費が縮小し、2013年には27キロと1960年前後の水準に戻っている。
水産物の消費は世界的に拡大している。世界の食用魚介類の1人当たり消費量は、1961年には9.0キロにすぎなかったが、50年後の2011年には18.9キロと約2倍に増えた。この背景には、先進国における健康志向の高まりや、新興国の食生活水準の向上による魚食の普及がある。とりわけ中国が約6倍、あまり魚食習慣のなかったインドが約3倍になるなど、人口大国での消費拡大が目立っている。
◇右肩上がりの世界の漁業・養殖業生産量
では、うなぎ登りの世界の水産物消費を支える魚介類生産はどう推移しているのか。国連食糧農業機関(FAO)の統計「FishStat」によると、2013年の世界の漁業・養殖業生産量は約1億9000万tだった。1960年の生産量は約4000万tなので、この半世紀に約4.8倍に増加したことになる。この間、世界の人口は30億人から70億人に膨れあがった。人口爆発が魚介類生産の拡大を導いたのだ。
生産量を国別に見ると、1972年から1987年までの16年間、日本はずっと世界一の座にあった。このため「日本=漁業大国」というイメージが定着したが、現実には1988年に中国に抜かれて2位になり、2013年には中国、インドネシア、インド、ベトナム、ペルー、米国に次ぐ7位に落ちている(2014年度「水産白書」)。
ただ、中国やインドネシアは、漁船による漁業よりも養殖業の生産量が大きく、インドやベトナムも養殖業の比率が高い。この点は、漁船による漁業の比重の高い日本やアメリカと構造が異なる。
◇衰退する日本の漁業
四方を海に囲まれた日本は、447万平方kmにおよぶ広大な排他的経済水域(EEZ)をもち、領海とEEZを合わせた面積は世界第6位になる。暖流と寒流の出会う日本近海には、冷水性・暖水性の多種多様な魚が生息し、世界三大漁場の一つ、北大西洋海域とも接続している。国連海洋法条約は、沿岸国に「沿岸から200海里(約370km)のEEZ内の水産・鉱物資源や自然エネルギーに関して探査・開発や保全・管理を行う排他的権利」を認めているが、日本もこの恩恵に浴している。
にもかかわらず、日本の漁業の生産は振るわなくなった。農林水産省の「漁業・養殖業生産統計」を見ると、衝撃的な事実がわかる。2014年の日本の漁業・養殖業全体の生産量は478.9万tだが、この数値は、じつに1956年(477.3万t)と同レベルなのだ。戦後、政府の振興支援もあって漁業・養殖業の生産量は着々と増加し、1972年には1000万tを突破、1984年にピークとなる1281.6 万tに達した。それ以降は下降の一途をたどり、2014年はピーク時の約4割弱にまで落ち込んだのである。
漁業生産量の推移を部門別にたどってみると、小型船で沿岸付近を操業する沿岸漁業の生産量は、バブル期以降、赤潮の発生など漁場環境の悪化や魚資源の減少などによりしだいに低下してはいるが、比較的安定的に推移してきた。
いっぽう、大型船で都道府県をまたいで日本近海で操業する沖合漁業と、マグロトロール漁やカツオ一本釣り漁などで1カ月〜1年半の長期にわたって海外まで漁に出る遠洋漁業の落ち込みは急激だ。
沖合漁業の生産量は、1956年には193.1万tだったが、1970年代後半から日本近海でマイワシが急増したことで飛躍的に増え、1982〜90年には連続して600万tを超えた。これにともない魚群探知機やソナーなど漁船操業の技術革新により漁獲能力が上がった。だが、これが必然的に乱獲を招き、1990年代後半、マイワシが獲れなくなるにしたがって、沖合漁業全体の生産量も急激に低下した。2014年は227.1万tと、1960年代以前の水準に戻っている。
遠洋漁業は、戦後、GHQの占領政策により制限されていたが、1952年の主権回復とともに発展し始め、1956年は80万t台だったものが1969年からの7年間は300万〜400万tで推移し、1972年には海面漁業の4割を占めるまでに成長した。
しかし、1972年のオイルショックによる石油の暴騰でコスト高になり、1977年以降は米ソはじめ各国が従来は領海の外の公海だった海域に200海里の漁業専管水域(EEZの前身)を設定したため、日本の遠洋漁船は世界中の漁場から閉め出された。さらに公海上でのマグロ・カツオ漁も国際的な規制が多くなり、生産量が大幅に減少した。直近2年間の実績では2013年が39.6t、2014年36.9万tという水準にとどまっている。
◇輸入魚が支える日本の食卓
国内の漁業・養殖業生産量が1950年代前半レベルまで縮小するなか、魚介類の消費は横ばいから緩やかな減少傾向で推移している。当然そこに需給ギャップが生じるが、その差を埋めてきたのが外国産魚介類の輸入だった。とくにバブル期の1980年代後半から急激に伸びてきた輸入は、2000年にはついに国内生産を追い抜くまでになった。
ところが、2006年以降は、長期不況の影響で輸入量が減ってきた。世界的に魚価が上昇するなか、日本の言い値で水産物を買えた時代は過ぎ去り、新興経済大国の中国などに競り負ける「買い負け」現象も珍しくなくなった。
では、日本はどんな魚をどれくらい輸入に依存しているのか。図は2013年における食用魚介類の国内生産量と輸入量の割合を示したものだ。水産物全体では、国内54.2%、輸入45.8%と、ほぼ半々。魚種別では割合が個々に異なり、輸入先国もそれぞれだが、いずれにしても日本の食卓は輸入魚に依存しているのが現実だ。
当然のことながら、輸入が拡大すれば、自給率は低下する。「水産白書」によれば、食用魚介類自給率は、前回の東京オリンピックが開かれた1964年 の113%がピークで、これ以降しだいに下降し、2013年度は60%。
ただ、ここ数年は横ばいから微増に転じている。なぜか。自給率の計算は、国内生産量を分子に、国内消費仕向量(国内生産量に輸入分をプラス、輸出分をマイナスして、さらに在庫増減分で調整する)を分母に置いて計算する。近年は分母を構成する要素のうち、国内生産量はもとより、輸入量も円安などで減少した。このため分母(国内消費仕向量)が小さくなり、自給率の数値が少し大きくなった。これは見せかけの自給率向上で、自給率を真に向上させるには、やはり国内生産量の回復が求められるところだ。
◇資源管理後進国・日本
では、どうすれば国内生産量を回復させることができるのか。ポイントは「持続可能な漁業」である。
世界の水産業先進国の事情に詳しいマルハニチロ水産の片野歩氏は、〈日本で魚が獲れなくなってしまったのは、乱獲と無秩序な管理が原因だと断言できます。それが「獲れない、売れない、安い」という状態に漁業が追い詰められてしまった最大の要因なのです。各国の排他的経済水域(EEZ)の設定は、早くから世界中に漁業を展開していた日本にとって著しく不利な制度でしたが、資源の持続性という観点から考えると、当然であったといえます。もし、最新鋭の日本の大船団が、規制なしで、あのまま世界中の海を荒らしまわり続けていたら「膨大な数の漁船と魚がいない海」という構図となり、世界の水産業に多大なる悪影響と迷惑をかけていたことでしょう〉と指摘する(『日本の水産業は復活できる!』日本経済新聞出版社)。
資源管理のお手本の一つとされるのがノルウェーである。北海のニシン漁で知られるこの国は、1970年代にそれまでの乱獲で資源が枯渇し、水揚げの激減に直面した経験がある。このとき、同国政府はほぼ禁漁に近いニシンの漁獲制限を行った。そのおかげで80〜90年代にかけて資源は回復した。
この経験から、ノルウェーの資源管理は徹底したものとなり、他国のモデルにもになった。現在、ノルウェーをはじめ、アイスランド、米国、ニュージーランドなど水産業先進国が採用しているのが、魚種ごとに漁獲可能量(TAC)を定め、それを分割して漁業者に割り当てる個別割当方式(IQ)だ。この方式のうち、ノルウェーのように漁船ごとにTACを割り当てるものを「IVQ」、アイスランドや米国のように、余った漁獲枠を漁業者間で売買できるようにしたものを「ITQ」と呼ぶ。
日本は、1997年にマアジ、サンマ、スケトウダラ、マイワシ、マサバおよびゴマサバ、ズワイガニの6魚種についてTAC制度を導入し、翌年スルメイカも加えて、現在は7魚種にTACを設定している。ただし、漁獲枠を漁業者に割り当てることはせず、総枠として管理する方式をとってきた。
◇「早い者勝ち漁業」が乱獲を招く
制度開始から18年。残念ながら日本の資源状況は好転せず、生産量も低下するばかりだ。なぜ日本のTAC制度は機能しなかったのか。東京海洋大学産学・地域連携推進機構准教授の勝川俊雄氏は次のように述べている。
<TACは各国ともに、生物資源学的に許容できると判断された漁獲許容水準をベースに決められています。日本では、水産庁系列の独立行政法人「水産総合研究センター」(現・国立研究開発法人水産総合研究センター)が調査に当たり、「漁業者の経営状況等に配慮しながら、水産政策審議会の意見を聴いて」農林水産大臣が毎年総量を決定しています。(中略)日本のTACの運用はひじょうにずさんで、とうてい「管理」と呼べるようなレベルには達していません。科学を無視して役人が漁業者団体の幹部などの意向を聞いて決めるので、誰も数字の科学的根拠を説明できないのです>(『日本の魚は大丈夫か』NHK出版新書)
漁業者の生活に配慮するあまり、漁獲規制がゆるすぎることが問題だという指摘である。
日本のTAC制度では、毎年、魚種ごとに決められた漁獲枠が都道府県に配分される(沖合で操業される規模の大きな漁業については国が直接配分する)。県は、漁業者からの報告にもとづいて漁獲枠の消化状況をモニターし、必要に応じて漁業者を指導する。この仕組みでは、県の割当量に達するまでは県内各漁業者の自由競争となり、結局は「量」を競った早い者勝ちの世界になってしまう。自分が獲らなければ誰かに獲られてしまうから、サイズの小さな若い魚もおかまいなしに獲ってしまうことになる。
個別割当方式(IQ)なら、漁業者は自分の割当範囲内で、できるだけ生産金額を高めようとするため、漁価の高い成熟魚だけを獲る「質」の競争になる。若い魚は生かされ、資源の再生産が可能になる。生産量は少なめでも生産金額が上がり、漁師の生活も豊かになるというシナリオを描くことができる。
漁獲制限を喜ぶ漁業者はいない。どの国でも、IQ導入当初は漁業者の激しい抵抗にあっている。水産庁がこれまでIQに消極的だったのも、「管理コストがかかりすぎる」とか「公平な割当が困難」といった表向きの理由はともかく、漁業者の既得権益を損なってもめたくないから、というのが本音であったろう。
だが、資源が枯渇すれば産業としての存続すらあやぶまれる。1960年には約70万人いた漁業従事者は2013年には約18万人になり、その人口構成も60歳以上が50%を占めている(農林水産省「漁業センサス」)。漁業が将来性のある産業に生まれ変わらなければ、高齢化を食い止めることは不可能だ。
2014年、水産庁はようやく重い腰をあげ、北部太平洋でサバ漁をする漁船の一部についてIQの試験的な導入に踏み切った。追い風になったのは、新潟県が2011年からモデル事業として取り組んできたホッコクアカエビ(甘エビ)のIQだった。エビは成熟するまで数年かかるため、資源の復活にはまだ時間がかかるが、すでに漁獲量のうち大型のエビの占める割合が増え、単価も上がってきているという。成果が目に見えてくれば、IQを適用する魚種は徐々に増えていくはずだ。
◇技術開発で養殖業を活性化
漁業が衰退しても、日本には養殖業がある、と思っている国民は多い。しかし現実は違う。海面養殖業は、マダイやヒラメの人工種苗生産などの技術開発により着実に発展してきたが、1990年代以降は沿岸漁業、沖合漁業の後退により安価な餌(魚粉)が入手できなくなった。このためコスト高になり、生産量は横ばいから減少に転じている。内水面漁業も、漁場環境の悪化、外来魚の繁殖などにより、1979年の23.1万tをピークに生産量が減少し始め、2014年は6.4万tにまで落ちている。
ただ、漁業資源が減少しているなかで、養殖業の重要性が増しているのは事実だ。近畿大学水産研究所が2002年にクロマグロの「完全養殖」(人工ふ化させた魚を育てて産卵させ、天然の魚を不要とするサイクルをつくること)を世界で初めて成功させるなど、明るい材料もある。クロマグロはストレスに弱く、完全養殖など不可能とされてきたが、近大の研究陣は32年をかけて難題を克服した。すでに企業と提携して事業化しており、「近大マグロ」のブランドで成魚を出荷するほか、幼魚を養殖業者に提供もしている。
同じくクロマグロの完全養殖技術を研究していたマルハニチロも、2010年に成功、2015年6月からイオンのPB(プライベートブランド)の目玉商品として出荷を開始した。
もう一つ、養殖技術の進化が期待されているのがニホンウナギである。現在、日本のウナギ生産量のほとんどは養殖だが、これらはすべて天然の稚魚(シラスウナギ)を育てたもの。国内のシラスウナギの漁獲量は、ピークだった1960年代の1割にも満たず、輸入稚魚に頼ってかろうじて養殖が成り立っている状況だ。ニホンウナギの完全養殖は関係者の悲願といっていい。
そもそもニホンウナギの生態は謎だらけで、日本から2000kmも離れたマリアナ海溝付近に産卵場所があることがわかったのさえ、ここ10年ほどのことだ。卵がふ化する水温は何度なのか、仔魚は何を栄養とするのか――気の遠くなるような試行錯誤を経て、2010年、水産総合研究センターが実験室レベルでの完全養殖を成功させた。2014年には、1000リットルの大型水槽で仔魚をシラスウナギにまで成長させることができ、大量生産の実現に一歩近づいた。
完全養殖は、天然物を育てる養殖に比べてコストがかかるため、なかなか事業化しにくい。しかし、マグロとウナギは、世界の漁獲量の多くを日本人が消費している。国際自然保護連合(IUCN)は2014年、太平洋クロマグロを絶滅危惧2類に、ニホンウナギを絶滅危惧1B類に指定した。資源量が減れば日本の食に影響が出るだけでは済まず、世界に対する日本の責任が問われることになる。漁獲量管理の徹底と完全養殖のコスト削減は、日本が今後も魚食大国でありつづけるために欠かせない条件だろう。