今期は日頃からポリティカル・コレクトネスに気を使い、ネトウヨの邪悪な思想を忌み嫌い、粗雑なプロットに怒りを覚え、作中の細かな粗探しに目が行ってしまい冷めてしまうような心正しきはてなーが見たら意識低くなるようなアニメ多いな。そういったはてなーの中のはてなーとも呼ぶべき者達はいい加減深夜アニメの無邪気さ、無知さにも呆れ果ててることだろうし、ディズニーやピクサーだけ見てるんだろうけどね。
青年漫画誌っぽい絵柄がどうも苦手だ。クローズとかテラフォーマーズとか、青年漫画系におけるフラットな画風。昔の井上雄彦にも同じような印象を受けた。そういえばホーリーランドの頃の森恒二もそんな絵だなあ。
ぜんぜん違うじゃん、というツッコミは覚悟なのだが、テイストとか空気って言うべきなのか。明文化しようとすればするほど逆にわからなくなってきた。
例えばぜんぜん違う桂正和なんかにもこの手のフラット感を感じる。
特徴として線が硬い……わけでもないんだよなああ、特に桂正和の場合。しかし明確にある硬いフラットな印象というか。
大暮維人と小畑健だったら圧倒的に小畑が努めてフラットってのはわかると思うが、これだと両者の比較でしかないからな~。
なんだろうね、あの無機質感。なんというべきかこのクオリア。
車を運転する大人が少なくとも2人以上。
体の部位を切り取ったり死後の遺体を傷つけるなど猟奇殺人特有の意味不明な儀式的行為が見られない。
遺体に着衣の乱れがなく、衣服の上からテープを巻かれた状態で発見されている。
殺すつもりであれば顔を見られていようが関係ない。
あるいは、被害者の苦しむ顔を見ることができない恐怖心からか。
わざわざ他人から見えないように服で隠せる部分を選んでカッターで切りつけた。
最初から殺すつもりであれば、そのような少女への配慮は全く必要ないはず。
拷問がエスカレートして少女を殺害してしまったようにも見受けられる。
30箇所の切り傷は異常だが、カッターで致命傷になるような場所を狙っていない。
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ポイントって見た目騙されてるだけで実際の割引にはかなわない。
僕はジョークが嫌い。そういう雰囲気でいうのはいいのだけど、人が真面目に話しているところにジョークを入れられるのがとても嫌。その都度、そのノリに乗っているけれど(僕は協調や場の流れを重視するんだ)、そのあと元の話に戻すのが本当にしんどい。なんで相手が乱したリズムを僕が修正しなきゃならないのか。ストレスでしかない。
言葉をなんども交わすことが親密さにとても重要なことなのはわかる(これでも一応ラポールトークの研究をしている)。だけど、それを真面目な話の中でいう必要はないだろと思ってしまう。
ときどきこの性癖を思い返して、女性とはなかなか話せないものだなと不安になることもある。でも、真面目な話をするときはそのとき。ラポールな話をするときはそのときで使い分けていきたい。
コミュ障なのかなぁ。
高橋源一郎の「死者と生きる未来」を読んで、途中までは神妙に「へー、ふーん、そうっすかー」て思ってたんだけど、読後感最悪だった。
なんだそりゃ。なに勝手に自分が売り物にした少女に投影しちゃってんの?きもちわりー。この上もなく気持ち悪いです先生!
過去の蓄積の上に今があるとか、そんなん当たり前じゃねーか。
これだからイヤなんだよ。
袖摺りあった他人の人生を、勝手に自分の感慨にリサイクルしやがって。
他人の悲しみや苦しみを、他人のものとしてそっとしておくこともできずに、自分の糧のように恥知らずに乗っかってくる勝ち組の畜生め地獄に落ちろ。
すくなくとも自分は燃やしたい。そうして関わってしまった過去の、出会ってきた人々の、記憶にそうして自分の残像があることが許せない。
こういう奴の、人生の回顧の、いちゲストとして都合よく登場させられて語られるとか我慢ならね~!
おれは切り離したくても切り離せない過去のせいで毎日死にたくなってる。未来なんて想像もできない。死者なんて想うゆとりもない。
むしろ憎い。この今を成立させている過去の、死者すらも憎い。「終わったこと」にできればどんなに楽か。
想像で書くことが許されるなら、おれも書くぞ。
現実に追い詰められた人間には未来を想う気力なんてねーよ。それは体力と精神が健全であってできる贅沢だ。
少女はお前が傷ついているなんてこと考えてもねぇよ。ただ自分が傷ついたことで精一杯の少女が、どうして自分を売った三十男の心に寄り添ってくれると思うんだよ。
都合のいいこと考えてんじゃねぇ。
死者も過去も、その力がないから今の自分を責めないだけだ。それは優しいからじゃない。無力だからだ。
無力だから生きた無神経の群れに、こうして何度も何度も甦らせられてはその意思を代弁されて汚される。
あーもうたくさんだよ。
なんでイケメンにそこまで敵意があるのか。
イケメン=モテるなんてわかりやすい構図は学生までだぞ。そしてヒッキーイケメンだった自分はなんっっっっっにも特典がなかった。
そりゃ掴みという意味では好印象で迎えられることが多かったけど。
わかーるわかるよ きみーのきもちー
暇すぎて脳が解けそうずらぁ
上司にスルーされることが度々あるのですがこれはパワハラと呼べるのでしょうか
私が気にし過ぎなのでしょうか
過日、ちょっとしたジョークを言った所上司の気にいらなかったらしく無視が始まったことにすぐ気付きました
今までも何度か無視されたことがあったので「またか」と思いました
前回は2週間ほど無視され続けましたが、間に長期休暇が入ったので
そこで上司の機嫌がリセットされたらしく無視されることはなくなりました
それ以降スルーされるのが怖くていつも上司の顔を伺っていましたが
少し気が緩んでいたのか、ちょっとした冗談を言った所 、上司の逆鱗に触れたらしく、すぐさまスルーが始まりました
上司とは長い付き合いなので、上手く言えませんが
もういい年の大人と言うかオバサンなのですが情けないことに本当に無視されるのが辛いです
面倒ですし仕事にも支障を来しそうなので、泣き寝入りが一番なんだろうなとは思っております
同じような経験されてる方の反応があると嬉しいです
下衆いインターネット掲示板をノータリンなひどい顔して見ていると、ポルポトは美男美女を殺したということが書かれていた。
自分はそれを見て、心が躍った。
美男美女を殺す集団というのはなんというか、自分の味方に感じた。
ポルポトが率いたクメールルージュの行いというのは有名である。
知識層から最終的には農民まで虐殺するやら、都市部の文化を否定して都市部のどんな人間も田舎に強制移住させて農業をさせるやら、親から子どもを引き離すやら、子どもに虐殺をさせるやらととても酷いことをしている。
そんなことはどうでもよかった。
とにかく、美男美女を美男美女という理由で狙って殺したかどうかが自分は知りたかった。
インターネットでいくら探してもコピーされた情報ばかりで頼りにならなかった。
もしかしたら、研究者などの人には怒られるのかもしれないが、講談社選書メチエは自分がレポートを書くときに使う。割としっかりしたように感じる本だ。
ワクワクしながら図書館で本を借りて読んだが「美男美女だから殺した」そんなこと何も書かれてなかった。
一人の美人は強制移住させられ、ダム建設をしたりと苦労したそうだが、美人なので地区幹部から強制求婚されて、逃げたとか書いたった。
自分は呆れた。
自分の美女への発情が美男美女の価値を押し上げ、自分を含む醜いすがたの人間の居場所を狭める力になっている。
大阪で中学生が酷い殺し方をされ、駐車場に捨てられていた事件があったらしい。
報ステで、肌が茶色で唇が分厚く、鼻も目も形が悪く、顔が大きな女子中学生の顔写真が放映されていた。不細工と馬鹿にされている男の芸人にそっくりだ。
どうやらその芸人に似た女子中学生が駐車場に捨てられていた女だそうだ。
一緒にいたという男の子の顔写真も見たが、可愛い顔をしていた。可愛い男の子はまだ行方不明らしい。
ポルポトはくまなく殺したが、たいていの人間は不細工を最初に捨て、美しいものは取っておくのだろう。
ポルポトがたとえもし、美男美女を美男美女だからという理由で殺してもポルポトは美男美女にはなれないわけでとてもどうにもならないことは自分はわかっている。
私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない私はお前のサンドバッグじゃない
ああもういいや
死のうかな
増田には二つある。読んだ者にとって有益なもの、または無益なものである。
有益な内容が多くの人に支持されれば自然とホッテントリに入る。当たり前の話だ。
しかしまあ、君たちの大体の増田は無益なものだろう。誰もが有益なものをぽんぽん書けるはずがないのだ。
無益な内容でもホッテントリには入る。問題は、君たちの増田が無益どころか読んだ者になんの感慨も引き起こさないことだ。
君たちは、なんでもいいから問題提起とか愚痴を書くことで共感を呼ぶとか、そんな内容でホッテントリに入ろうとしている。
一般化すると、「なぜ人を殺してはいけないのか?」類の増田である。
君たちはそういうタイトルをつけた後に、持論を展開して、なぜ人を殺してはいけないのか、または殺していいのかを語ろうとする。
そんな議論に付き合うのは甚だ面倒だ。結論が間違っていようとなかろうと、増田の価値観が社会的に共有されなければ、語る意味もない話だ。
取り扱う問題も、哲学や生物学や法学に分野横断的にまたがっていて、誰もそんな込み入った話はしたくない。
そんな増田よりは「人を殺していい理由は3つある」という内容のほうが大分良い。
3つの理由を上げて、それがいかにも正しいような態度を装いながら、頭から信じ込んでいるような文体で書くのだ。
人は、間違っている人に正しいことを教えるのが根源的に好きなのだ。理由も3つを明確にすれば、ツッコミどころがたくさんできる。
ビッチは松戸、舞浜、新浦安のどこかに一戸建てが欲しいと、それもビッチの両親&脳梗塞で倒れた要介護な婆さんを引き取れる物件が欲しいと。
直後、そのビッチは10歳以上歳上の、三河島の高架下に住んでるわけありっぽい男のところへ行った。まぁ二股掛けられていたわけだが。
実両親に報告したところ、相続税かからないギリギリの援助をしてもらった上に俺の貯金をプラスした結果、浦安あたりのマンションなら即金で買える、舞浜の戸建てでもTDRの年パスを一家全員買えるだけの余裕があるローンで済む金額になっていた。もっとも都内だからもうちょっとかかるが、そこは誤差の範囲だな。
おぃ、乳だけが自慢のビッチざまー!!!!お前は10歳以上の加齢臭漂う三河島のおっさんに抱かれてるのがお似合いなんだよ! m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーッハハハハヒャヒャヒャヒャ