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時論公論 「首相談話はアジアの平和に役立つか」

島田 敏男  解説委員

終戦の日の前日に、安倍総理大臣は、戦後70年の談話を閣議決定して発表しました。
戦後50年の村山談話、60年の小泉談話を継承するものだという説明に対し、間接的な表現が目立つ、政局運営を睨んだ妥協の産物だといった指摘も出ています。
今夜は、今回の安倍談話がアジアの平和に役立つのかどうかを考えてみたいと思います。

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▼日付が変わったので4日前のことになりますが、大事なことですので改めて安倍談話のポイントとなる表現を、過去の談話と比較して見ます。

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20年前の自民・社会・さきがけの3党連立政権のもとで出された村山談話は、我が国の「植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」として、「痛切な反省」と「心からのおわび」を表明しました。

その10年後、自公連立政権のもとでの小泉談話も、ほぼ、村山談話を踏襲していました。

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これに対し、安倍談話はキーワードの侵略について「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、もう二度と用いてはならない」という形で表現しました。

過去の出来事の評価に触れるのを避け、未来志向の文脈の中に盛り込んだわけです。

また「植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」として、こちらも過去に対する評価にはなっていません。

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▼さらに痛切な反省、心からのおわびについても「我が国は繰り返し痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきました」と、これまでの談話などをなぞる形です。

その上で「こうした歴代内閣の立場は、今後も揺るぎないものであります」という表現を盛り込むことで、「基本的に継承した」という説明に結び付けています。
     
▼この安倍談話に対しては、内閣支持率が低下し始めた状況に歯止めをかけようという、当面の政局運営を睨んだ妥協の産物だという指摘が各方面から出ています。

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☆安倍総理のもとには、支持基盤の保守層の中の特にナショナリズムに重きを置く人たちから、日本の侵略、植民地支配と決めつける必要はないという意見が寄せられていました。

先の戦争は、欧米列強の植民地支配からの解放を目指したもので、村山談話、小泉談話のような謝罪を継続する必要は全くないという主張でした。

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☆これに対し歴史学者や野党の多くは、村山談話、小泉談話を明確に継承すべきだと強く主張して、与党の公明党も従来と全く異なる談話になることを警戒していました。

また、安倍総理が検討を委嘱していた有識者懇談会も、結論としてまとめた報告書の中で、
日本が「大陸への侵略を拡大した」と明記しました。

この点については懇談会メンバー16人のうち2人が「侵略の定義は曖昧だ」などとして反対しましたが、結局、少数意見として注釈で触れるにとどめられていました。

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☆こうした全く相反する意見を受け止め、安倍総理は最終的に「歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」として、過去の談話を継承したとする姿勢を強調しました。

しかしその一方で、「私たちの子や孫に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と
強調し、支持基盤の勢力の要請にも配慮する談話としました。

安倍総理としては、内閣支持率に陰りが見える現状を打開するためにウイングを広げたい。

つまり妥協によって右にも左にも我慢をしてもらいながら足元を固めようという、権力者特有の姿が現れたとも言えます。

▼では、安倍談話に強い関心を示してきた中国や韓国はどう受け止めたのでしょうか。

安倍総理が外交スローガンとして掲げる「積極的平和主義」の旗が、今回の談話を通じて、どのように受け止められているのかという問題です。

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☆中国政府は、談話を肯定するのか否定するのか、明確な反応を示していません。

中国の外務次官が、日本の木寺大使を外務省に呼び、「侵略の歴史を直視して深く反省し、実際の行動でアジアの隣国と国際社会の信頼を得るよう促す」と述べた程度です。

国営の新華社通信は「安倍総理は歴代内閣の歴史認識を振り返り、反省とおわびに間接的に触れただけだ。戦後生まれの日本人は、謝罪の宿命を背負う必要はないとも公言した」と批判的に報じました。

全体として見ると、政府として積極的に評価はしないが全面的に批判もせず、国営通信を通じて牽制しながら様子見に入ったといったところでしょう。

この背景には、陰りの見える中国経済の立て直しのために、日本との関係を改善したい
という習近平指導部の思惑が窺えます。
安倍総理が談話の内容で妥協を図った背景にも、中国首脳との会談を積み重ね、相互訪問を再開させることが積極的平和主義の具体化になるという判断があったのも確かです。

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☆お隣の韓国の反応はどうでしょうか。

パク・クネ大統領は15日の演説で安倍談話に触れ、「われわれにとっては残念な部分が少なくなかった」と内容に不満を示しました。

過去の談話を使った間接的な表現では、誠意ある謝罪とは言えないという受け止めです。

その一方で大統領は「たとえ難題が残っていても、新しい未来に向けて共に進まなければならない」とも述べて、日韓関係を何とか良くしたいという気持ちを滲ませました。

このように中国、韓国の比較的抑制された反応を見ますと、安倍総理が対話を重視して
積極的に平和を目指すならば、それに応じたいという思いが存在している東アジアの現在が浮かび上がってきます。

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▼そこで今回の談話を足掛かりにして、安倍総理が当面の内政・外交両面の政治課題に
どう向き合って行くことになるかです。

安倍総理が今回の談話のとりまとめで政治的妥協を図った一番の理由は、先ほども触れた支持層のウイングを広げて長期政権を目指したいというのが本音でしょう。

そのためには9月の自民党総裁選挙で3年間の新たな総裁任期を手に入れることが前提ですが、それまでの間に国民の間で大きく賛否が分かれる安全保障関連法案を最終的に
どう扱うかという大きな課題があります。

衆参両院の与党の数の力だけに頼って成立を図れば、そのこと自体が国民の新たな反発を買う恐れがありますし、自民党内の力学にも微妙な変化をもたらす可能性があります。

積極的平和主義を掲げるならば、軍事的な抑止力の強化一辺倒に走るのは得策ではないという意見にも耳を傾ける必要があります。大切な局面だと思います。

TPP交渉での合意、普天間基地の代替施設の建設問題なども難題ですし、来年夏には参議院選挙、その先には消費税率10%への引き上げ、東京オリンピック・パラリンピックの準備と課題山積です。いずれも幅広い国民の理解なしに乗り越えることは困難です。

▼以上、見てきましたが、安倍総理が長期政権を目指すならば、対話を軸にして、相手の立場を思いやる精神を貫くべきでしょう。
天皇陛下が全国戦没者追悼式のおことばの中に、「さきの大戦に対する深い反省」という言葉を新たに加えられたのは、まさにそういう精神を示したものでしょう。

日本の政治リーダーには、謙虚さと、思慮深さを忘れないように希望したいと思います。

(島田 敏男 解説委員)
 

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